Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    nemu0028

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💒 💯 💗 🎉
    POIPOI 8

    nemu0028

    ☆quiet follow

    他軍にいるヒューベルトを見たいという欲望と
    クロードとヒューベルトも支援C会話ほしいという欲望

    無双青+黄ルートのそ~へき 同盟の盟主は改めて、目の前のふたりを睥睨する。
     仕立てのいい外套は裾がほつれ、泥で汚れている。髪も膚もどこか煤けて埃っぽく、頬はじゃっかん痩け目も落ちくぼんで窶れている。――けれどその眼光だけが不似合いなくらいに爛爛とぎらついていて、まだ闘志が失われていないことを伺わせた。
     それが厄介だった。
     これがもう、やる気も生気も失われているんだったら、さっさと処分して終いにするところだ。
     このふたりは、同盟軍が陣を敷いており、幸いにしてそこに盟主がいると聞きつけて、丸腰でのこのこやってきた愚か者どもである。捕縛の際にも抵抗はなく、むしろ望んでこの扱いを受け入れたと聞いている。
     そうすればクロードは出て行かざるを得ない。ローレンツに任せるわけにもいかなかった――ひとりはローレンツと旧知の仲だったからだ。 
     こんなに忙しいのに、この期に及んで頭痛の種を増やさないでくれよ、とクロードは思わず眉間に手を当てた。そのさまを見て、ふたりのうちの一人――皇帝の腹心であった男は笑う。
    「どうやら話し合いの余地はあるようですな」
    「そうか? それなら有難い話ではあるが……」
     ヒューベルトはフェルディナントにわざとらしく耳打ちする。フェルディナントはそれにやたらと溌剌した調子で答える。
     この男どもの口も塞いでおくべきだった。クロードは深くため息をつくと、監視の兵士に外に出ているよう促す。
    「悪いが、外してくれるか?」
    「しかし……よろしいのですか? こ奴らは……」
     帝国の皇帝直轄軍の重鎮、であったはずである。
     けれどもエーデルガルトの様子が一変し、ここにいるフェルディナントの父親、もと宰相の男が恣にするようになってから、この二人はとんと戦場に姿を見せなくなった。おかしいとは思っていた。ヒューベルトがいながらエーデルガルトにあのような無体を許すはずがない。ゆえに納得はいかないが秘密裏に謀殺されたのだろう、と結論づけてはいたが……。
    「……ああ、大丈夫だ。何かあったらすぐに呼ぶ」
    「はっ」
     兵士が退室すると、ややあって、ヒューベルトがくく、と笑った。
     癪に障る嫌な笑い方だ。
    「人払い、感謝しますよ、盟主殿。これからするのは内密の話ですので……」
     やりにくい相手だとは思っていた。
     どちらかといえばクロードは腹の読み合いを得意とするほうで、こういう本心を明らかにしない手合いなどは特に容易い相手であるはずなのだ。
     けれどそれは――結局のところ大半が、根底に利己的な思惑があるから。
     それ自体を悪いことだとは思わない。利は富を生む。富は心の余裕を生む。ならば皆で豊かになればいいじゃないか。大義とか忠義とか腹に溜まらないもののために一致団結するより、そっちのほうがよっぽど現実的だ。
     だがヒューベルトは、徹頭徹尾利己的な部分がない。奴の行動原理はすべて「わが主のため」。主のためならばどんな謗りを受けようと気にもせず、必要であれば命だって捨てるだろう。そして何より、自他に対して容赦というものがない。
     そういう人間が、何を望むのか。
     クロードは改めてふたりを見遣る。……ここへ来た理由も、大体想像はつく。
     だが、さて。どう出るべきか。
    「まあ、話くらいなら聞いてやらないこともないよ。話の内容次第じゃこのまま首を落とすことになるだろうけど」
    「それで構わない。……ヒューベルト、私から話してもいいだろうか?」
    「ええ、どうぞ」
     ふたりのやりとりが気やすいので、おや、と思う。
     士官学校時代のフェルディナントについてはローレンツのおともだちくらいの印象しかないが、およそ想像されるヒューベルトの人となりからいって、相性がよさそうには見えない。戦場が育む絆というやつだろうか。クロードにも、覚えがないわけではない。
    「単刀直入に言う。私たちを麾下に加えて頂けないだろうか。一兵卒扱いで構わない」
    「……うん。まあ、だろうなとは思っていたが、一応理由を聞かせてくれ」
    「……陛下は、変わってしまわれた」
     フェルディナントはやや演技かかった調子で、いかにも悲しげに目を伏せてみせた。――ローレンツにもこういうところはある。いちいち大仰なのだが、それの何がおかしいのかを理解しない。
    「私たちはその原因を知っている。だが、そんなことは、虐げられている民には関係がない。ああなってしまった以上、陛下は暴虐の皇帝として歴史に名を残すことになるだろう――そして、帝国最後の皇帝として」
    「……」
    「道を外れてしまった陛下を私たちの手でお諫めしたい。それが陛下への真の忠心というものではないだろうか」
    「……なるほどねえ。あんたはそれでいいのかい?」
     ヒューベルトに水を向けると、彼は間髪入れずにええ、と頷いた。
    「エーデルガルト様は常日頃から、御身に何かあったときのことを仰っておりました。その始末をつけるのは、私の仕事です」
     もっともらしい理由ではある。筋は通っているので、今すぐには是非を判断できない。
    「ところで、あんたらのいう原因ってのはなんだい?」
    「貴殿もお気づきかと思われますが、フォドラには有史より以前から闇に蠢く不穏の者どもが跋扈しています。彼らはフォドラに住まう人間を獣と呼び、復讐の時を待っているのです」
    「トマシュの仲間ってことか」
     ――そしてリシテアの体に非人道的な実験を施した連中。
    「ええ。前エーギル公は連中の手引きで六貴族の変を起こし、以来宮城にはあの者どもが蔓延るようになりました。我らは二年前の政変で宮城から奴らを駆逐しましたが、こたびもまた……」
    「連中の使う術については報告を受けている。闇の魔道のようだが、通常の魔道よりも遥かに強力なものを使うとか」
    「はい。情けなくも我らも彼奴らの根城に捕らわれており、気付いたときには、もう」
    「エーデルガルトは、連中にやられたってことなんだな」
    「ええ……」
     ヒューベルトの顔色に、一瞬悲しみがよぎる。それはすぐに取り繕った笑みに掻き消されてしまったが、人間らしい顔をすることもあるのだと、意外に思った。
    「いかがでしょうか。貴殿としても連中を放置するわけにはいきますまい。奴らの本拠地はゴネリル領にあるとの情報も掴んでいます」
     そこでヒューベルトは露骨に売り込みをかけてきた。
     その話が本当ならば、同盟としても何かしらの対応は必要になる。
     だが、弱い。その情報を得たところで、帝国と向き合っている今、どうせすぐには動けない。軍内にこいつらを抱える危険性と対価がまったく見合っていない。
     クロードが考えあぐねていると、ヒューベルトが口を開く。
    「むろん、これだけでは手土産としては安いということは承知しております。私は、宮城の構造については帝国でもっとも詳しいと自負しています。皇族専用の退避路として使われる隠し通路、宮城だけでなくアンヴァルの地下通路や、帝国軍の輸送路、あらゆる地図……ほかにも欲しいものがあれば、なんなりと」
    「……ふうん?」
    「一時とはいえ、皇帝に最も近い職を授かっていたこともありますので」
     その皮肉にクロードがふっと笑うと、ヒューベルトもまたひどく愉快そうに笑った。
    「時に盟主殿。いまは王国軍と同盟を結んでおられますが、それも一時のこと……。戦後、空白となった帝国の土地が各国の貴族によって取り合いとなるのは目に見えています。さすればまた騒乱の火種になる」
    「まあ、そうだろうな」
    「貴殿が私と同じことを考えているのならば、戦後を見据えて、少しでも王国に対して有利に事を運びたいと考えているはず。あの国には、自領以外を統治できる余裕はありません。ですが貴殿の掌中ならば、或いは……」
    「……」
     ――むろん、帝国の領土が欲しいわけではない。
     盟主としてのクロードのなすべきことは、レスター諸侯同盟の領土とそこに住まう民を守っていくことだ。
     これ以上無用な戦火を拡げたくはないが……王国の厳格なやり方と、同盟のありようはそぐわない。ゆえに今少しでも王国に恩を売っておいて、同盟に有利な条件で事を進めることができれば、それからのこともクロードの手の中でうまく転がせるかもしれない。
     そういう目論見があることを、ヒューベルトは見抜いている。ベストラ家の諜報員はフォドラでも随一と聞く。ともすればクロードの出自でさえ、調べぬいているかもしれない。
     だが、王国にしてみればヒューベルトは悪の首魁の走狗だ。それも最も優秀な子飼いの猟犬。
     それを同盟の軍内に抱え込むことで、王国側からどう思われるか。
     これは随分あっさり究極の二択をつきつけられている、とクロードは考え込む。そのさまを見てヒューベルトはますます笑みを深くするので、何を考えているのかわからない。ここで斬首を決断したとて、仕方ありませんといってまったく諦めていない顔で笑いそうな男である。
     そのとき、どこかのんびりした調子で、フェルディナントが口を挟んできた。
    「ヒューベルトほどではないが、私も帝国についての情報なら提供できるものはあると思う。土地勘もあるし」
     ――こいつもこいつで、なんか不思議なんだよなぁ。
     煤に塗れても貴族らしさを喪わない。クロードの指先ひとつで首が刎ねられるかもしれないという局面だってのに、緊張感のかけらもない。そのくせ、反らしもしないその双眸からは意思の強さを感じる。
    「……そりゃおまえら、明確に帝国を売ってるってことになるが、いいのか?」
    「いいさ。何も思わないでもないが、私の愛する帝国が凋落していくさまを何もせず指を咥えて見ていることなど、私にはできない。ならば売国奴の汚名くらい、甘んじて受けよう」
    「これでもなお足りないというのであれば、……そうですね。戦争が終結したら、私たちの首も陛下の隣に並べて頂いて構いません。いえ、むしろそうして頂きたい」
    「ああ、そうだな。あわよくば、私たちはあくまで帝国軍として、最後まで陛下への忠心のために戦ったのだと歴史に残してくれ」
    「……私は歴史に残して頂かなくて結構ですが、私の仕事はあくまで後始末です。それが最後の仕事になるでしょうから」
    「……」
     クロードは黙り込み、考えた。
     こいつらを軍に引き入れることの問題。利益。不利益。影響。
     数秒の熟考のすえ、結論を出す。
    「――わかった。うちの軍に加わってほしい。けど扱いはブリギットの姫さんとおんなじ、将校だ。降将として扱うが、あんたらほどの将を一兵卒扱いできるほど、うちは人材が足りてるわけじゃないんでね」

     ふたりを引き入れることについては、いろいろな、反応があった。
     フェルディナントについては、概ね問題はなかった。既知の友人であるローレンツが、フェルディナントの人柄を担保したことと、彼生来の人付き合いのよさで、ありえないほど打ち解けてしまった。レオニーからも、あいつ、厩の掃除を率先してやるんだよ、誰もやりたがらない糞の片づけもやるし、帝国の貴族って変だよ。という素朴な報告も上がっている。
     問題はヒューベルトのほうだ。
     彼のいる風景というのは、異様だった。
     彼自身、彼に向けられる視線をよく理解しているようで、たまにペトラと会話する以外には、必要以上に誰かと交流を持とうとはしなかった。
     今のところ、怪しげな振る舞いはない。それどころか、どうにも散らかりがちな倉庫の整理など、誰もやりたがらないつまらない仕事をかって出てくれて、助かってもいる。
     ――そう、ありていに言って、ヒューベルトは仕事がめちゃくちゃできた。
     何をやらせても早い。そして質も高い。どんなつまらない仕事でも、期待以上の成果を出してくる。資料の整理を頼んだところ、何も言っていないのにクロードが必要だと考えていた資料だけ抜き出して持ってこられたときは、さすがにぞっとした。
     それを指摘すると、ヒューベルトは素知らぬ顔で「エーデルガルト様はいつも、私に必要なものを仰いませんでしたよ」と言う。
     エーデルガルトが何かを言うと、それが異なる意味をもって拡声されたり、飛び火したりするから、下手に口にすることができない。ゆえに彼女は必要なものがあれば、ヒューベルトにそっと目配せをするのだという。そしてヒューベルトはその目配せを以て、エーデルガルトの意図した通りに準備をする。
     なるほど、これが皇帝の懐刀である。
     フォドラの秩序をぶち壊そうと戦争までおっ始めた女の、腹心。
     真面目なカタブツという印象だったが、どうも違うらしいとも気がついた。必要以上に他人と交流はもたないものの、陣内で何か盛り上がっていれば野次馬をし、催しがあればフェルディナントと揃ってしれっと参加していたりもする。
     これはもしかすると――変なヤツかもしれない。
     そこで初めて、ヒューベルトという人間に興味を持った。クロード個人としては、変なヤツは好きだ。同盟に長居しようと思ったのも、変なヤツが多かったから……と言ったら言い過ぎかもしれないが、まあ、近い部分もある。
     話す機会を伺っているところに、或日、マリアンヌだかヒルダだかがしっちゃかめっちゃかにした荷物を片付けているヒューベルトに出くわした。
     ヒューベルトは存外きやすい様子てクロードに話し掛けてくる。
    「おや、盟主殿。同盟軍はいいところですな。私のように帝国出身の将には責任ある仕事を任せられることもなく、気が楽です」
    「リンハルトみたいなことを言いやがるな……。だが、よく理解できたよ。お前さんが雑用を嫌がらないのは、そういうわけか」
    「ええ。誰を殺し、誰を生かすべきか――そういうことを考えるのは、それなりに疲れます。それに比べるとこのように、まだ使える武具と、もう使えない武具の仕分けなどは……大変楽しい仕事と言えましょう」
    「ふうん……おれとしちゃぁ、あんたが誰を殺して、誰を生かしたのか、そっちの話を聞きたいけどな」
     ヒューベルトは笑みを浮かべて、何も言わなかった。
    「あんたが雑用してくれて助かってはいるけど、やっぱり、もったいないよなあ」
    「ほう。もったいない、ですか」
    「その才を整理整頓なんかに使っちまうのはちょっとなぁ」
    「使えるものは使い倒す主義、ということですかな。レスター諸侯同盟らしい柔軟な考え方ですが……こと私に関しては、変に関わらせるのは止めておいた方がよいでしょう。私ならば、無駄な動きをさせぬよう、雑用でもさせておきますがね」
    「そうなんだよなあ」
     クロードもそう考えて、こうなっている。
     それに、ヒューベルトはジュディットやホルストやローレンツ――つまり諸侯からも目を付けられている。軍議に参加させようなどとほざいた瞬間に、クロードの方が盟主の地位を剥奪されそうな勢いだ。
    「どうぞ、捨て置いてください。心配なさらずとも相手が帝国軍だろうと、同盟の将として役目は果たします。間接的に殺すか、直接殺すかの違いでしかありませんから」
    「それについては安心してくれて構わない。……おれとしても同盟の未来に必要な人材はできるだけ後方に置きたいからな」
    「でしょうなあ。私でもそうします」
     ヒューベルトは愉快そうに声をあげて笑った。
    「私が同盟軍として戦っていることで、狼狽える帝国の将もおりましょう。効果もあり、おまけに死のうが生きようがどうでもいい。最前線に置くにはこれ以上ない逸材です」
    「あのなあ、さすがにおれだってそこまでは考えてないぜ。こうしてあんたと同じ釜の飯を食ってるのも、なにかの縁だと思ってるし……」
    「ほう」
     ヒューベルトはいかにも興味なさそうに相槌をうった。作業の手も止めることはない。クロードの言っていることを端から信用していないそぶりだ。
    「なあ、ヒューベルト。もったいないって言っただろ。わりと本気なんだ」
    「本気とは」
    「あんた、エーデルガルトを討って、その後は……どうするつもりなんだ」
    「……」
    「もしあんたが本当に、エーデルガルトと一緒に殉死する気だってんなら……あんたが捨てたその命を、おれが貰ってもいいか。一緒に過ごして、エーデルガルトがあんたを重用したわけがよおくわかった。野望を抱えた人間なら、絶対に欲しい逸材だ」
     冗談半分――本気も半分くらいは、あったかもしれない。
     けれどヒューベルトは愉快そうに笑って、「承服しかねますな」と言った。
    「私の命は今もエーデルガルト様のものです。それ以外にはなり得ません」
    「……まあ、気が変わったらいつでも教えてくれよ。おれはさ、できればあんたにも生き延びてほしいって思ってるし、エーデルガルトとだって、今からでもわかり合えるって、ちょっとは思ってるんだ」
    「それは大層な野望で……」
     ですが、とヒューベルトは作業の手を止めて言った。
    「無理だと思いますよ。……エーデルガルト様が以前のエーデルガルト様に戻られることは、ありません」
     随分とはっきり言う。
     けれど、そこには悲愴も失望もなかった。
     ヒューベルトの目はひたむきで、クロードを通り越して遥か先で焦点が結ばれている。
     あのときからずっとそうだ。この男はまだどこか遠い場所を見つめている。
    「……そうかい」
     ヒューベルトは恭しく一礼すると、また武具の仕分けの作業に戻った。
    (まさかな……)
     クロードはヒューベルトに背を向けながら、一瞬過ぎった考えを、しかし振り切れずにいた。
     
     ◇

     ――獣の穴蔵で、一昼夜、泥のように眠った。
     果たして一昼夜どころだったか。フェルディナントに問うてみても、あいまいな回答があるだけだった。
     長い間、暗いところに閉じ込められていたせいで、日の元に出てもなかなか感覚が戻らない。
     近くに清流を見つけて、顔を洗って、それから夢中で飲んだ。そうしてようやく意識がはっきりして、まずはお互いの無様なさまを罵った。
     無様にもほどがある。最後に見たエーデルガルトは、連中に完全に掌握されていた。ふたりはなすすべもなく捕らえられ、闇に蠢く者どもの根城のひとつに今の今まで監禁されていた。
     特に行方のわからなかったフェルディナントの父――前エーギル公が関与していたことが、フェルディナントを深く苛んでいる。
     ヒューベルトのやり方を法に拠らない私刑だと批判したが、これではどんな方法であっても息の根を止めておいた方がよかったということになってしまう。
     けれどヒューベルトは、それ以上フェルディナントを責めることをしなかった。責める気持ちはあれど、なにかをいう気力がなかった。
     ややあって、フェルディナントが言った。
    「……これからどうする。陛下をお救いするにしても宮城の奥深くでは……」
     憔悴しきった声だと思った。きっと、己もそうなのだろう。
     ヒューベルトは水のしたたる前髪を掻き上げつつ、言った。
    「私は同盟軍に向かいます」
    「同盟軍? ……なるほど、そうか。同盟軍に身を寄せれば、闇に蠢く者どももおいそれと手出しはできやしまい。いや、しかし……」
    「我らは、全て失いました。地位も私兵も必要な財も何もかも。陛下をお救いするための手立てがありません」
    「確かに同盟軍ならば、傭兵よりはましな戦力だろうが、」
     フェルディナントらしからぬ悪い言い方に、ヒューベルトは笑う。
    「同盟軍にはペトラ殿とリンハルト殿がいると聞いています。捕らえた敵将を自軍の将校として組み込んでしまうくらいには、同盟軍の人材は不足している。ともすれば没落した帝国の宮内卿でも許されるかもしれませんよ」
    「しかし……危険な賭けだ。捕らわれて打首にされるかもしれない」
    「ええ。……けれど他によい手もありません。賭けは好きではありませんが、王国軍に降るよりは勝ち目のある賭けと言えましょう」
     フェルディナントはしばし考え込み、けれどすぐに顔を上げた。
    「よし、私も行くぞ、ヒューベルト。陛下をお救いするためだ。逆賊の謗りも、卑怯者の侮りも、甘んじて受けよう」
    「よいのですか。貴殿のことですから、お諌めするのがまことの臣下……とでも仰るかと」
    「正直、思った。思ったが、私はもう決めたのだよ。君たちとともにゆくと。それが破滅の道であっても」
     フェルディナントは疲れ切ってはいるが、どこか晴れ晴れとした、迷いのない表情だった。
    「破滅……にはさせませんよ。陛下さえいれば、我らは何度でも立ち上がれる」
    「そうだな。私もそう思う。たとえ統治する土地を喪っても、民を喪っても、陛下さえいれば、その先に道はあるのだ」
     ――ばかげたことを言っている。
     けれど、今に始まったことではない。宮城の地下から出てきたエーデルガルトの亜麻色の髪が白銀のそれに変わっているのを見て、掌に血を滲ませたあの日から。エーデルガルトが悲しみもせず泣きもせずただ前だけを見据えて、ヒューベルトに野望を語ったあの日から。
     大それた見果てぬ夢を、エーデルガルトのその向こうに、ヒューベルトは見ている。
    「きっと、私は君と同じ夢を見ているんだ」
     それはどんな形をして、どんな手触りをしているのか。
     彼にはそぐわない有様に違いない。
     けれど彼は、それでも同じ道をゆく、と言うのだ。
    「すべて失って、最後には骸を晒されるようなさだめであるのだとしても、せめてその夢の先を見てみたいではないか。君と一緒に」
     なぜなら我らは帝国の双璧なのだからな。
     フェルディナントはそう言って笑う。ヒューベルトも同じく声をあげて笑ったあと、言った。
    「妙な呼び方はやめていただきたい」





    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏👏👏😭😭👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator