くじらのひと 久しぶりの逢瀬の挨拶もそこそこに、互いの職場から程よく離れた駅前の居酒屋に入ると、店内は仕事帰りの勤め人や大学生らしいグループで賑わっていた。
「外、寒かったですね」
微笑して、平尾はゆったりとした仕草でコートを脱いだ。メニューにさっと目を通し、やがて運ばれてきた一杯目。文字どおり霜の降りたジョッキを前に、平尾は静かに瞳をかがやかせた。
当店自慢の氷点下ビール。メニューには、そう書いてある。
「寒いんじゃなかったんですか」
「こっちは別です」
琥珀色のジョッキを掲げ、平尾は眉を上げた。
「…胃袋は別、の間違いでしょう」
鍋島は呆れてみせる。
しかし実際のところ、平尾がビールを飲む姿を見るのは、結構気に入っていた。
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