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    なるなり

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    なるなり

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    (バビデビ1220)鍋平SS 
    平尾さんはビールを美味しく飲みそうだな…という妄想による居酒屋デート話です。

    くじらのひと 久しぶりの逢瀬の挨拶もそこそこに、互いの職場から程よく離れた駅前の居酒屋に入ると、店内は仕事帰りの勤め人や大学生らしいグループで賑わっていた。
    「外、寒かったですね」
     微笑して、平尾はゆったりとした仕草でコートを脱いだ。メニューにさっと目を通し、やがて運ばれてきた一杯目。文字どおり霜の降りたジョッキを前に、平尾は静かに瞳をかがやかせた。
     当店自慢の氷点下ビール。メニューには、そう書いてある。
    「寒いんじゃなかったんですか」
    「こっちは別です」
     琥珀色のジョッキを掲げ、平尾は眉を上げた。
    「…胃袋は別、の間違いでしょう」
     鍋島は呆れてみせる。
     しかし実際のところ、平尾がビールを飲む姿を見るのは、結構気に入っていた。
     彼女はほんとうに美味しそうにビールを飲む。
     それは、飲むという言葉が無粋に思えるほどのなめらかさで、大抵、一息で半分から三分の二ほど干してしまう。細身の身体に、琥珀色の弾ける液体が瞬く間に吸い込まれ、ゆっくり、広がっていく。その様が目に見えるようだった。
    「よくまあ、そんな一気に飲めますね」
     いつだったか、平尾に言ったことがある。それは皮肉でも何でもなく、単純な驚きからこぼれ出た感想だった。
    「ビールは新鮮さが命ですから」
     空のジョッキを手に、そのとき平尾は先輩らしく、そう嘯いた。このようにして飲むのが作法というものです、と。
     テーブルの脇を、ダウン姿の来店客が通りがかり、だし巻き玉子や、焼き鳥のにおいで温まっていた席に、さっと、冬の外気のにおいが流れ込んだ。
     師走。
     今日も平尾は変わらない飲みっぷり。
     白い喉をすっくと伸ばし、顎をやや持ち上げると、さらさらと、ジョッキの中身を身体に落としていく。
     ふっ。
     かすかな吐息とともに、唇が離れる。
     その、小さいけれど、うっとりするような響き。
    「泡、ついてますよ」
     平尾の口もとを指差し、鍋島は言った。
     おや。という顔をした平尾は、悪びれもせず桜色の舌をのぞかせると、ちろり、と、白い泡を掬いとった。まるで雪を溶かすように、そっと。
     濡れた唇。あたたかな舌ざわり。吐息の温度。
     それらすべてを感じさせるような平尾の仕草に、鍋島は口の中に生唾が湧くのを自覚した。
     まったく、このひとは分かってやっているのだろうか。
    「どうかしました?」
     きっと今、自分は不機嫌な表情しているに違いない。顔を覗き込んだ平尾の様子に、鍋島はそう思った。
    「まだ、ついてます?」
     このひとはどの程度、俺のことを見透かしているのか。
     ――あまり、俺以外の相手の前でそんな風にビールを飲まないで下さいよ。
     喉元まで込み上げた言葉を、鍋島はなんとかやり過した。忘年会の時期。こんな幼稚な独占欲を、先輩相手に見せるわけにはいかない。
     だが、せめて。
    「…別に」唇を湿らせると、鍋島はゆっくりと口を開いた。思い描いたものより遥かにぶっきらぼうになった声に、首の後ろが熱くなる。
     だがせめて、これだけは言っておきたい。
    「ただ、見惚れていただけです」
     そう、続けた。
     相変わらず不貞腐れた声ではあったが、その瞬間、平尾の瞳が大きく見開かれた。
    「…あんたが、あんまり美味しそうに飲むので……」
    「ふっ…、そうですか」
     だんだん言い訳めいてきた言葉に、平尾がとうとう吹き出した。
    「可愛いことをいいますね」
     しんから愛しそうに、鍋島を見つめる。
    「からかわないでくださいよ」
     居たたまれなさに耐えかねて、隠れるように口をつけたハイボールは、氷が溶けてずいぶんと薄くなっていた。
    「褒めてるのに」
     そう言うと、平尾はほとんど聞き取れない声で、ぼそりと呟いた。――それなら私も、甲斐があるというものです。
    「今、なにか?」
    「いいえ。何も」
     すずしげな微笑み。雑然とした店内で、そのひとの美しい瞳だけが、冬の夜空にまたたく星ように、さえざえと輝いていた。
    「今度こうして飲むときは、はじめから君の部屋で飲みましょう」
     ここは、人目がありすぎますから。
     そう、囁いた。


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