見えない攻防「食べた食べたー」
そう言ってあたしは伸びをした。
するとこつんと足が何かにぶつかった。
「いてっ」
「あーごめんごめん」
ぶつかったのは向かいの席に座っていたなるほどくんの足だったらしい。
4人掛けの小さな掘りごたつ席ではたまにある光景だ。
なるほどくんとはみちゃんの3人でやってきたのは、ファミリー居酒屋。
あたしもはみちゃんもお酒は飲めないし、なるほどくんもあたしたちの前では滅多にお酒は飲まない。
でもこの居酒屋のメニューに惹かれて、はみちゃんと一緒に頼み込んで連れてきてもらった。
「念願のローストビーフが食べられて満足です!」
隣でニコニコと話すはみちゃんは本当に嬉しそうだし、食べたいと言っていたローストビーフも気に入ってくれたようでなによりだ。
「さてさて。はみちゃん、デザートは何を食べようか?」
メニューをいそいそと取り出す。
「ま、まだ食べるのかよ……」
「あたりまえでしょ。別腹だよ、べ・つ・ば・ら」
げんなりとしたなるほどくんは置いておいて、はみちゃんとデザートメニューを物色する。
こつんと足に何かがぶつかってきた。
ぱっとなるほどくんを見たが、一緒になってデザートメニューを眺めているだけで、気が付いていないらしい。
わざわざぶつかったことを伝えることもないかと思い、メニューに視線を戻す。
「おいしそうなものばかりで、悩みますね」
「そうだねー。あ、この桃のパフェもおいしそうだなー」
「ぼくはわらびもちにしようかな」
「なるほどくん渋いね」
隣に座っていれば肘で小突くのだが、向かいの席では届かない。
そこで、言葉にあわせてとんとんとなるほどくんの足の甲を右足でつついてみた。
「ふたりみたいに大きな別の腹は持ってないからね」
そう言ったなるほどくんは、もう片方の足であたしの足を上から押さえて挟み込んでしまった。
「真宵ちゃんは何にするんだい?」
そう言って何食わぬ顔で話を振ってくる。
「うーーーーん。」
悩むふりをしながらなるほどくんにサンドイッチされてしまった右足を抜こうと奮闘してみる。
「も、桃のパフェか、な!」
抜けた!
「真宵さま、どうかしましたか?」
変に言葉に力が入ってしまったのを不思議に思ったのか、はみちゃんが顔を覗き込んできた。
「う、ううん、何もないよ。さ、注文、注文」
なんとなくはみちゃんには知られたくなくて、ごまかしながら注文のタッチパネルを操作した。
そのあいだも、なるほどくんはそ知らぬふりをしながらドリンクを飲んでいた。
デザートはすぐにテーブルに運ばれた。
「おいひー」
ジューシーな桃のパフェに舌鼓をうっていると、左足を上から押さえられた。
むっと思いながら、空いていた右足でなるほどくんの足を上から押さえた。
するとさらに上からなるほどくんの足に押さえつけられる。
あたしはむぐぐ、となりながらもパフェを頬張る。
なるほどくんは涼しい顔をしてはみちゃんとお話を続けている。
何とか一番下になっていた左足を抜いたところで、はみちゃんがお手洗いのために席を立った。
小さな個室に二人きりになる。
「ぼくの勝ち、かな」
まるでドヤァと効果音が聞こえてきそうだ。
そんななるほどくんを見て、思わず頬を膨らませた。
「なるほどくん、痛いでしょ!」
そう言って抜き出した左足を、なるほどくんの足の上に乗せた。
でもあっという間に一番下にあったはずのなるほどくんの足がするりと抜けて、さらに上に重ねられた。
「きっかけは真宵ちゃんだろ」
「ちょっとぶつかっちゃっただけでしょ」
言い合っている間も交互に足を抜いては上に重ねる。
「お待たせしました」
見えない攻防が続いているなか、はみちゃんが帰ってきた。
「よし、じゃあ出ようか」
なるほどくんはからっぽになっているあたしのパフェグラスを見てそう言った。
それぞれ帰り支度を始めるなか、ちらりとなるほどくんを見るとにやりと笑われた気がした。