とれじぇ続き ジェイドは胸ポケットに挿したマジカルペンを咄嗟に引き抜こうとしていたが、心配そうにしているトレイの姿を認めるとさっとレザーの手袋に込めた力を緩めた。
「ああ、貴方でしたか。どこぞの暴漢、いえ、この廃墟で眠る持ち主(ゴースト)かと思いました」
「とんだご挨拶だな。腹でも冷やしたのか?」
「いえ、これぐらいの気温は僕には心地良いものです。僕が見ていたのは」
と片膝をついていたジェイドが立ち上がると、足元に毒々しい赤い実の集合体がマイクのように生えていた。
「これは……マムシグサ?」
「ご名答。流石ですね」
「褒めても何も出ないぞ」
とトレイが朗らかに言うとジェイドの視線が自然、トレイが手にしていたトートバッグに移る。ベンチに置いてきたつもりだったが、うっかり持ってきていたようだ。
「これはあとで」とトレイは断りつつも本当に甘い物が好きなんだなと内心おかしく感じている。「以前サイエンス部で合宿したことがあって、あれは春だったか、あちこちに咲いてたから覚えてるんだ」
マムシグサの名の由来となったのは、茎の模様と、仏炎苞と呼ばれる特殊な葉の、前へ大きく垂れた様が、鎌首をもたげ、チロチロと舌を覗かせる大蛇を思わせるからだが、それは春から夏にかけての姿で、今はもろこし状の赤い実をつけている。火に炙られたようにとろとろと穂先から真っ赤に熟していく果実。しかし、有毒のため口にすれば消化経路に激痛が走り、重篤な全身症状を誘発し、最悪の場合死に至る。
「僕もこの花には思い入れがありまして、運命の出会いというべきでしょうか、僕が山をまだ知らなかった頃、綺麗な色だとちょっと齧ってしまいまして。お口の中が大変なことになりました」
ジェイドの突然の告白にトレイは仰天した。
「毒があるんだぞ!? 大丈夫だったのか!?」
「ええ、お陰様で。口にしたのも少量だったので、突き刺すような痛みと引き換えに事なきを得ました」
「じゃあ、この草はジェイドの天敵というわけだな」
とトレイは言ったが意を汲み損ねたのか、ジェイドは何故? と疑問符を浮かべている。
「言うじゃないですか。食べちゃいたいほど好きって。それに、食べ方さえ工夫すればこれも食べられるんですよ」
前言撤回。ジェイドは甘い物に限らずかなり食い意地が張っているらしい。
「さて、立ち話もなんですから、早速始めましょうか。更に冷える前に。何でも、ハーツラビュルの副寮長直々に折り入ってのご相談があるとか?」
とジェイドが口に手を当てて歌うように言う。トレイは彼との会話の応酬で既にどっと疲労感を覚えていたが、気を持ち直して、
「いや、これは個人的な頼みなんだ」
となるべく簡潔に答えた。余計な感情を滲ませないように。他方、なぜジェイドがトレイを見て咄嗟に迎撃態勢を取ったのかと、胸中に生じていた違和感などはすっかり忘れてしまった。