おやつの時間 水心子正秀は弾むような足取りで廊下を歩き、大典太光世の部屋を訪れた。お盆に乗せている洋菓子を、最近恋仲になったばかりの相手と共に味わうのが楽しみで仕方なかったのだ。
「大典太、今日のおやつをもらってきた。一緒に食べないか?」
「……水心子。わざわざ持ってきてくれたのか。ありがとう」
部屋でくつろいでいた大典太はすぐに水心子を招き入れ、ちゃぶ台の上へとお盆を運ぶ。湯呑みに茶を入れて座ったところで、ずいと大典太の目の前に桃色で丸い形をした菓子が差し出された。
「見てくれ、これはまかろんという菓子だと聞いた。可愛らしい見た目だろう?実は先日主に同じものを一つもらって食べたのだが、とても美味しくてあなたにも食べてもらいたくて、それでっ」
そこまで一気に喋ると、水心子ははっと何かに気づいたように口を閉じ、もじもじと体を揺らした。
「その……好みの味かどうか分からないが、食べてみてくれ……」
「……ああ。もらおうか」
自分が気に入ったものについて一生懸命伝えようとする姿が愛おしく、大典太はほんの少し口角を上げて微笑む。水心子の親指と人差し指でつままれた桃色の菓子に目を向けて、そのまま口に入れた。その瞬間、大典太の唇が、わずかに水心子の指先に触れてしまった。
「……あっ!」
突然上がった声に驚き、大典太は声の主の顔を見る。そこには、右手の指先を胸に当て、顔を真っ赤にした水心子が居た。
「あ、その、変な声出してごめん。何でもなくて、あの」
自分の手を押さえながら視線を泳がせる水心子に、大典太はああ、そうか、とすぐに得心する。彼が動揺する理由に、心当たりがあった。
なぜなら、大典太も水心子と恋仲になってから、同じ事を考えていたからだ。
大典太の手が伸びて、水心子の右手首を、優しく掴む。それはびくりと震えたが、何の抵抗もなく、大典太の方へ引き寄せられていく。顔の前まで近づいた水心子の手のひらに、大典太はそっと唇を押し付けた。
ひ、という細い悲鳴は聞こえなかったふりをして、大典太は手のひらを啄んでいく。中心から、なぞるように場所を変えて何度も口を押し当てた後、親指の付け根あたりを、ちゅう、と強めに吸った。
「ひゃあっ……!な、なにっ……?なんで……」
「水心子、俺は……あんたと口を合わせてみたい、と思ってる」
指の隙間から、水心子の目を見つめる。翠の瞳が期待で潤んでいるのを確かめてから、大典太は手のひらの柔い皮膚にかぷりと軽く歯を立てた。水心子の背筋に、微弱な痺れが走る。
「……あんたはどうだ?」
「……ぼ、僕も。僕だって、あなたとしてみたいって、ずっと思ってた!だから……っ」
同じ気持ちであることに安堵し、大典太は水心子の肩をそっと抱き寄せる。二振りの顔が近づいて、触れそうになったその時。
「待って!」という静止の声が大典太の腕の中から聞こえた。
「お……おやつの後にしよう。……夢中になってしまっては、困るから」
大典太から顔を背け、ちゃぶ台の上にいまだ残っている洋菓子を指して水心子はそんなことを言う。なんてずるい男だ、と大典太は思うが、一度口付けたら、おやつ時など忘れて耽ってしまうのは明らかだった。
「あんた、それを食べ終わったら……もう逃さないからな」
「……わ、分かってる、よ……」
大典太はため息をついて、抱きしめていた水心子を解放する。洋菓子が盆の上から消えた頃、ようやく大典太は砂糖と恋刀の甘さを堪能するのであった。