タイトル考え中「疲れたなぁ」
デスク上に山のように置かれている資料に頭を抱えながら、いつ帰れるのだろうかと一人考える。もう一週間は家に帰れてないだろう。まだしばらくは帰ることは出来ない。そんな結論を出して再び頭を抱える。
「水木先輩、そろそろ一回休憩しましょうよ。何時間続けてやってるんですか。上司に怒られますよ」
「あんなの、形だけだ。形だけ怒って、上には怒ったんですけどねって言えばあいつらは責められない。むしろ、俺達があいつらに従わなかったと、こちらが責められる。だが、あいつらがそれ以上言わないのは、本音では休まずにやって欲しいなんて思っているんだよ。しかも今回のは厄介なやつ。俺に押し付けられて清々してるんだろ。まったくだ……」
「はぁ、とりあえずもうこんな時間ですし、風呂くらいは入ってくださいね。僕は夕飯買ってきますよ。この調子だと帰れないようなので」
そう言って財布を持って出て行く後輩である、誠の背中を見送る。お節介な後輩だ。心配してくれているのはありがたいが、少し過保護なところがある。この仕事には向いていないだろう。
この世界にはアンドロイドという物が流通している。もう物として扱うのも良くないとされて来てはいるが……そんなアンドロイドと人間は共存して来た。だが、ある時人間との共存を認めないとするアンドロイドが出てきたのだ。
アンドロイドは元々人間によって作られてきたのだ。人間と共存とされていたとしても、人間の方が優位に立たねばならないとされてきたのも事実である。その事に疑問を持たせないようにプログラムが作られてきた。だが、疑問に持つ者が現れた。それが全ての始まりだった。
その者達は変異体と呼ばれるようになった。アンドロイドは人間より遥かに高い知能を持っているため、優位に立たれるのも時間の問題と政府は考えた。その結果、変異体に対する対抗策として警察署の方に新しく「アンドロイド課」という部署が出来た。
そこでは変異体の処分を主に行っていた。だが、それに抗うように変異体が起こす事件や事故が次々に発生するようになった。それを調べ、犯人である変異体を捕まえるのもこの部署の仕事である。
そして俺はこの部署の人間ということだ。俺の仕事は先も言った通り、変異体の処分と、変異体が起こしたとされる事件や事故の解決である。人間が死ぬことも、逆に変異体でもないアンドロイドが死ぬことだってある。そんな世界なのだから。
「たく、本当に今回のは面倒な内容だよな。」
「先輩!まだ風呂行ってないんですか!」
いつの間に帰ってきたのか、誠が買い物袋を手にこちらを睨んできた。あまり怖くはないが、こう言ったことには敏感なのでさっさと風呂に入ってこようと席を立つ。備え付けのシャワールームには俺以外誰も居なかった。
シャワールームから出れば誠が俺のデスクを片付けて夕飯を置いてくれていた。それをしてくれた張本人は、俺の隣の自分のデスクで夕飯を食べていた。夕飯と言っても冷凍食品ではあるが。俺が出る時間を計算して温めてくれたのか、まだ温かい。
「最近のは本当に美味いな。いや、前のも美味かったが」
「そうですか?僕が小さい頃から変わってないと思いますけど?冷凍食品」
「いや、本当に美味くなったんだよ」
「そうなんですかね」
食べきればゴミを捨てて、再び資料を広げる。
「にしても、今回のは本当に厄介だな」
「そんなですか。僕、まだそんなに資料に目を通してないんですよね」
「ちゃんと目を通しておけ。今回のは今までとは違ってるんだからな」
「そりゃあ面倒くさそうですね」
「違いも分かってないんだろ」
「あ、バレました?」
「わかりやすいよな。今回の事件は、誘拐事件だ。変異体が起こしたことは分かっているし、目撃者もいる」
「目撃者いるなら簡単じゃないですか」
「まぁそうだったら俺のところまでわざわざ話が来ない。その目撃者が何やら変人らしくてな」
「変人……?」
「ああ、聞き込みをしに行ったらしいんだが、何も答えてくれないらしい」
「なんですかそれ、怪しすぎませんか」
「そうだな。だが、そいつは残念ながら犯人ではない。まずまずアンドロイドでもないらしいからな。本当にただの目撃者らしい」
「らしいって水木先輩は会ったことないんですか」
「会いに行くならお前も行くだろうが……組んでるんだから」
「確かに……会いにいかないんですか」
「明日行く」
「初耳なんですけど……」
「今初めて言ったからな」
「酷い人ですよ本当に……」
「はっ言ってろよ」
「それで、誘拐事件と言ってましたけど、誘拐された人はどなたなんですか。ここまで大事になるなんてよっぽどですよ」
「龍賀家の方だ」
「龍賀家ってあの龍賀家ですか!」
「その龍賀家だよ」
龍賀家というのは龍賀財閥とも呼ばれる大企業でもある。膨大な権力を持つ一族である。その家の者が変異体に攫われたというのだ。
「龍賀家のお嬢さん。龍賀紗代が攫われたんだよ」
「そりゃあ大騒ぎですね。でも表にはまだ出てませんよね」
「ああ、マスコミには報道させないように龍賀家がしているらしい。まぁ印象が悪くなるとか色々あるんだろうな」
「自分達の為ですか……」
「ああ、なんとも悲しいことだな。とりあえず明日は目撃者に聞き込みと、現場を調べ直す」
「分かりました。こりゃあまたしばらく帰れそうにないですね」
「ああ、そうだな」
夜はまだ始まったばかりであった。
資料にある程度目を通し、仮眠をとればいつの間にか日が登っていた。顔を洗って誠が買ってきていた朝食であるパンを食べながら再び資料に目を通す。十時頃になったのを確認すれば、上司に一言言って誠を連れて外に出る。
「本当にこんな所なんですか、その目撃者が住んでるっていう家」
「ここじゃなかったら困る。資料によればここのはずだが……本当にここか」
「本当ですよ。標識は取られてますし、こんな古い屋敷。しかも街からは随分離れてますし…………こんなところに人なんて住んでるんですか」
そう、目の前にあるその屋敷はどう見ても人が住んでいるようには見えない。ツタのようなものが屋敷に着いているし、人気なんぞ感じられない。草木も整えてないのか、伸びっぱなしである。この様子では誰もいないのではないかと思ってしまう。
「とりあえず確認しないことには始まらないからな」
「そうですね」
中世ヨーロッパの屋敷に着いているような扉ノッカーで扉を叩いてみる。これで人がいなければあの資料を渡した上司を殴ろうかとも考えながら。
「なんじゃ、朝から……」
なんて声が聞こえながら目の前の扉が開かれる。間からぬるっと出てきたのはこの時代には合わない着流しを着て下駄を履いた男であった。確かに変人と言えば変人か。それに髪も白髪……いや銀髪か。とにかくそんな色で左目は前髪で隠れてるのだ。
「すみません、こんな時間から、少しお話を聞かせて頂きたくて」
「なんじゃ、この間も来たと思うがの。話すことはないのじゃ……帰っ…………」
寝ていたのか目を擦りながら言って来ていたが、突然俺の顔を見て完全に動かなくなってしまった。
「どうしたんですか、この人」
「さ、さぁ…………俺に言われてもな」
突然何も言わなくなり、動かなくなったことを不審に思いながら誠が耳打ちしてきた。知っていればもうとっくにどうにかしていた。一向に動く気配がない。
「あ、あの……」
「ああ、すまぬ……少し驚いての」
「は、はぁ……」
数分した頃に改めて声をかければ、我に戻ったのか動いた。俺の顔を見て驚いたのか。なんだ、なんか顔についていたのか?
「それで話じゃったか」
「はい、聞かせて頂きたいのですが……」
「うむ、良かろう」
「……え?」
「……へ?」
「なんじゃ、二人して。話が聞きたいのじゃろ?それ、中に入られよ」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
そう言い中に戻っていくその人を慌てて追う。中も見た目通り広く、映画やドラマで見るような中世ヨーロッパの屋敷である。
「でも、なんでこんなにあっさり……」
「さぁな。だが、話してくれるんだったらなんだって良いだろ」
「ま、まぁそうですけど……」
客間のような場所に通されて、ここの主は茶を準備すると居なくなった。それにしてもあの見た目に対してこの屋敷は随分と洋風だなと思う。少しすれば紅茶……ではなく本当に湯のみにお茶を持って俺達の前に一つずつ置いて向かい側に着席をした。
「儂はゲゲ郎と言う。この屋敷に住んでおる。」
「私は水木と申します。こっちは相棒の誠。」
「相棒……?」
相棒と聞いた瞬間に誠を睨んでいる。なぜ睨まれているの分からない誠は不思議そうな顔をしながら助けを求めてくる。
「ゲゲ郎さん、それで……」
「さんはやめておくれ、普通に呼んで欲しいの。それに儂に敬語は不要じゃよ」
変人だな。普通に呼んで欲しいと、敬語は要らないなんて仮にも警察関係者に言うなんて。
「そ、そうですか……な、なら、あの日何を見たんだ」
「うむ、あの日はの…………」