2024/12/9up「三井さん、ウチにアイス食べに来ません?」
「…コンビニ行くとかじゃなくて?」
「はい、ウチに、あるんで」
「いいの?なんで?」
「うまいっすよ」
「うん…なにアイス?」
「オレ本当は兄貴いて」
「…へぇー?」
「兄貴いるんです。今ちょっといないんですけど」
「おぅ」
「会いますか?」
「…会えるなら」
「じゃ、アイス食べにいきましょ」
なんで12月にアイスの話なんかすんだろうな、よっぽど良いやつなのかな。家族で食べればいいのに、消費しきれない量なのかな、とか考えながら初めて宮城の家にはいる。今の時間は家族が帰ってきていないらしい。そういう誘い方かわいくて良いな、と思いながらちょっと浮かれて靴を脱いだ。ダイニングテーブルには写真が数枚飾られていた。どれも最近のものでもなければ家族の集合写真というわけでもなかった。ただ1人だけ、どの写真にも写っている少年がいた。それが宮城の言う兄なんだろうなとすぐにわかった。ボーッと写真を眺めるオレをチラッと見て、いろいろと察したことを察した宮城が困ったような顔をしながらカップのアイスを2つ差し出した。コンビニでもスーパーでもどこでも手に入るものだった。
「バニラとチョコどっちがいいですか」
「宮城どっちがいい?」
「三井サン決めてよ」
「お前んちのだからお前が決めろよ」
「…じゃあチョコで。あ、適当に座って。あ、そこオレの席」
「適当に座れって言ったろーが」
「もういーよそこで」
向かい合わせに座ってフタをあける。2人してカチカチと音をたててアイスの表面をつついた。思い立ったように兄貴がいると言い、今ちょっといない、と言った宮城の心情を考える。いつからこの話をしようと考えていたのだろう。カップの側面を左手で温める。
「…これ兄貴?あ、いただきます」
「…うん。ソーちゃん。ソータ」
「ソータさんね。ソータ、いくつ?」
「…12歳」
「今いくつ」
「…ハタチっス」
「ふーん、オレの2個上か。兄貴カッコいいな、いいな」
「そっスか」
「オレバニラのほうが好きだからありがとな」
「…うん」
「これ宮城だよな?かわいい」
「は?別に可愛くはないでしょ」
「可愛いだろ」
「…オレはチョコのほうが好きです。ちょっと得した感じするんで」
「同じ値段でオプションついてる感?」
「そうです。ナッツもはいってますよ」
「だったらイチゴとかのほうが…」
「オレ最期にソーちゃんにね、もう帰って来るなって言っちゃったんですよ、ちょっと喧嘩して。だから、帰ってこなかったんだと思います」
カップのフチのほうから器用にアイスを削り取っていく。宮城は手元から目を離さないまま話していた。なんでもない話をしているときと同じように淡々と。
「……そうなのかな」
「いや、まぁ、わかんないですけど。でもオレはもう、そう思っちゃったんで、そうなんですよ」
「…ふーん」
「もう後悔とか…なんであんなこと言ったのかなーとか、もっとちゃんと引き留めたらよかったなーとか、今更思ったところでねぇ…って…思うけど、ま、でも、なにも12歳で死ぬことなかったよなぁって思います」
お前のせいじゃない。って言われたくないだろうな、と思った。本当にそうでも、誰も悪くないとか、避けられないことだったとか、そういうのうるせぇなって思ってるだろうな。自分のせいにしたほうが楽なこともあることを知っている。まだ硬いアイスを無理矢理に、溶けるのを待たずに宮城は力を込めて削り取っていく。目線は相変わらず動かないままだ。
「…うん」
「母親の方がたぶん、つーか絶対、長男だったし、悲しかったと思うんですけど、もっと言うとその前に親父も死んじゃってて、だからオレら兄弟で…で、ソーちゃんが家族支えるよって言ってて、言ってたんですけど、オレは…なんかずっとフワフワしてて。悲しいとか寂しいとかよくわかんないままでソーちゃんもいなくなって、気が付いたらオレの方が年上になってて、ちゃんと悲しいって思ったことなくて、謝んなきゃってずっと…、あの日から、いなくなって、いないっていうのが、ずーっと、毎日続いてる感じで。春ぐらいに1人で沖縄行ったんですけど、なんか秘密基地?みたいなとこがあって、洞窟なんですけど。そこにソーちゃんの荷物がまだ残ってて、で、なんか色々あって…まぁ色々、疲れてたからなんでしょうけどオレソーちゃんがいればなぁって、そこでやっとソーちゃんがちょっと前からいないってことに、気付いたっていうか…?やっと悲しくなって泣いて、それまで泣いてなかった気がするんですけどちょっと覚えてないくらい」
「……。」
「ずっと本当は思ってたことが、自分でもわかってなかったんですけど、オレはずっとソーちゃんに逢いたくて、ソーちゃんのほうがバスケ上手かったし、背ぇ高くて、かっこよかったし、でも生きてるのがオレで…」
「あ?」
「うん?」
スプーンをくわえながら宮城はひさしぶりにオレの目を見た。なんで?って顔して。
「…なんかね、みんな生きてて当たり前じゃないですか。学校にいるやつらって。当たり前に明日も生きてるって感じじゃないですか。じゃないですか?」
そう聞かれて、うまく答えられなかった。そうだと言えばそうだし、そうでもないとも思う。明日死んだりしないけど、死んだように生きたこともあったので。
「死ぬことなんか考えないじゃないですか。なんか他人事っていうか、生きるとか死ぬとか全然知りませんって。そういうのも腹立つときとかあったんですけど…あっ、ごめんなさい」
「うん?」
「……そういうのはもう考えてないです」
「うん」
「うん。それで、オレがね、この先、生きていく覚悟?みたいなのが、なんかやっと…あ、母親に手紙も書いて…書いたんですけど、ちょっと内容あんまりちゃんと覚えてないんですけど、夜中に書いたんで。それでなんか…」
宮城は考え込むように下を向いた。少し前のことを思い出しているようだった。オレは宮城を待った。カップの中のアイスはみるみる溶けている。
「ソーちゃんめちゃくちゃ1on1強いんスよ」
「おう」
「…まぁ、そんな感じです。オレにバスケ教えてくれた人です」
「…うん」
オレの目をまっすぐに見て、宮城は照れながら笑った。つられて笑うと、宮城もそれにつられてまた笑った。
アイスは溶けて液体に近かった。それを飲み干したらもう、なんでもない顔してた。三井サン、みんなの前で泣いてましたねって。あれすごいことですよ。オレちょっとね、それが羨ましかったんですよ。だからね、好きになりました。これ、話飛躍してませんからね。本当ですからね。って。
12月になるとそれを思い出す。宮城がどこにいても。