でも心地よい温度だった。「あ"ーっ、あ"っちぃ…」
俺はドット・バレット。極々フツーの高校生だ。
まぁ、フツーとは言うが1個だけ普通じゃない点があるとすれば前世の記憶があるということ。
前の人生で生きてた世界は今の世界と正反対で、今の人生からすると漫画の世界のようだった。でも全部本当の出来事で、証明することは出来ないけど俺はちゃんと覚えてる。
閑話休題。
で、今は俺は夏真っ只中の炎天下の下を歩いている。
夏休み中だというのに制服を着て、だ。
声に出すと余計に暑くなるような気もするが、文句の1つも出てきてしまうほどここ連日の暑さは異常だった。
「……そんなに暑いのが嫌なら、学校に出てくる必要など無かっただろう」
数歩後ろから暑さに似合わない涼やかな声が聞こえてくる。俺は立ち止まって振り向き声の主を見る。
「たしかに暑いのは嫌ですけど、嫌いではないですよ?それにオーターさんに会いたかったし…」
折角同じ学校に通っているのに。夏休みに入ってしまって、毎日は会えないのは少し寂しかった。
前世での師匠で想い人であるこの人と少しでも同じ時を過ごしたくって、図書委員の当番で登校しているこの人の傍にいたくて……
太陽が照りつけているにも関わらず第1ボタンとネクタイをしっかり閉めて汗ひとつかいてないように涼しそうにしているオーターさん。
前世では俺の師匠で、今は2つ上の先輩。
直接聞いたことはないけど、多分この人も前世の記憶があるんだと思う。じゃなきゃ何の関わりもない後輩に付き合ってなんかくれない。
「……そうか。」
「……うす。」
思わず口にしてしまった言葉に今更照れてきて、横に並んで歩くオーターさんの顔が見れず俯いたまま歩みを再開した。
「あっ」
しばらくの間無言の状態で歩いていたが、ふと目に付いたものを見て立ち止まる。
俺が止まったのに気づいたオーターさんも止まって俺の視線の先にあるものを同じように見た。
「…バスケコートか」
「はい。この時間に空いてるの珍しいなって…そうだ!オーターさん1on1やりません?」
無料で解放してる小さなバスケコートに誰かの忘れ物だろうかバスケットボールがポツンと置いてあるのを見て、俺はオーターさんに提案してみる。
「しない。」
案の定というか、予想通りの返答が来たがこんなことで諦める俺じゃない。
「えーっ、やりましょーよー!」
「先程暑いと喚いていただろう。何故更に暑くなるような事をしようとする」
「それとはちょっと違うっつーか…体動かせば暑くても楽しいじゃないですかー!」
「分からん」
「もうー!あっ、俺に負けるの嫌なんでしょ」
「なに?」
「オーターさん見るからにインドアっぽいし?細いし運動苦手なんじゃないですか?」
ニヤニヤしながらわざとらしく煽ってみる。
無表情の鉄仮面の眉がピクっと反応したからもう少し押せばいけそうな気がする。案外負けず嫌いな所がある人だから。
「体育の成績はそこそこだ。運動は苦手ではない」
「じゃあやりましょうよ」
「やることに理由がない」
「んー…じゃあ負けた方はアイス奢るってことで!」
「断る」
「あーっ!じゃ、じゃあ!やってくれるんなら俺のとっておきの秘密教えますから!!やりましょうよ!!」
カチャと眼鏡をかけ直しスタスタと歩いていきそうになるオーターさんの肩を慌てて掴み最終手段としてとっておいた言葉を出す。
その言葉を聞いたオーターさんが訝しげな顔で振り返る。
「秘密だと?」
「そうです!しかもとっておきの」
「……興味無い」
「興味無いなら今の間は何ですか」
「……」
フーッと長いため息をついてまた眼鏡をかけ直す。
前世から変わっていない癖を見てちょっと嬉しくなる。
「…少しだけだからな」
「やったぁ!」
お許しをもらえて嬉々としてコートへと踏み出す。
誰のか分からないがボールを手を合わせて断りを入れて拝借する。
2.3度地面に叩きつけて空気漏れしてないか確認する。…うん、大丈夫そうだ。
「んじゃあ負けた方アイス奢りですからね!」
「…あぁ」
そこから何度かやって結果はなんとか俺の勝ち…。
いやマジで危なかった…めちゃくちゃ動けるじゃんこの人…途中からネクタイ引き抜いてマジモードになるし…
2人して地面に大の字で倒れ込み息を整える。
始める前とは比べ物にならないほど汗だくだ。
パンツまで濡れてんじゃねぇか?
「はぁーっ、はぁーっ…おれっの、かち、ですね…」
「はぁ…っ、は…そう、だな…」
「へへっ…やった、オーターさんの奢りアイス〜」
俺はまだ息を整えてる途中だが、オーターさんはもう起き上がり座ったままシャツをパタパタとして少しでも風を感じようとしていた。顎から首筋へと汗が伝い落ちるのを見て、
あぁ…この人もそんなことするんだぁ、とか
えっろ…とぼんやりと見ていたらオーターさんがジトッとこちらを見つめていたのに気づいた。
「?…何です?」
「…秘密」
「へっ?」
「付き合えば、秘密を教えると言っただろう。
約束通り付き合ってやったんだ、お前のとっておきの秘密とやらを教えろ」
思わず目を見開く。
えっ、ホントに知りたかったの?と驚いた後、おかしくて吹き出してしまった。
「ははっ…!オーターさん、そんなに俺の秘密知りたいんですか?」
「…そうだな。知りたい」
茶化す俺とは反対に真剣な眼差しで見つめられ、あぁ…この人本気だなぁと感じる。
勢いをつけて体を起こし、俺もちゃんとオーターさんの目を見る。
「……好きですオーターさん。前の…あの頃からずっと好きです」
「……知っている」
初めてのキスは随分としょっぱい味がした。