没作品01 頬に柔らかな感触とわざとらしいリップ音が聞こえた。
こんな事をするのは、俺の知る限り一人しかいない。それを確定するためだけに振り返ると、思った通りの人物ーー蜂楽廻がそこにいた。普段と同じ晴れやかな表情に、悪戯が成功した子供の笑みを浮かべている。今にも「驚いた?」と聞いてきそうな顔をしていた。
「驚いた?」
少し遅れて予想通りの言葉が耳に届く。
「いや。蜂楽だと思ってた。」
俺がニヤッと笑うと、それすらも嬉しげに対面の席に座る。
「潔は? 一緒にいなかったっけ?」
「そーいえば、どっか行った?」
言いながら、蜂楽はきょとんとした顔で首を傾げる。
「どっか行ったって何だよ。何で疑問系?」
思わず息を吐き出しながら笑ってしまった。
潔が蜂楽に何も言わずに去っていくことはないだろう。おそらく、潔が離れる際、何かしら一言告げているはずだ。その発言を蜂楽が忘れた可能性が高い。とは言え、聞いた本人が忘れる程度のことであれば、深く聞き出す必要はなさそうだ。
「潔がどこへ行ったかわかんないから!」
元気な返事に適当な相槌を返す。目の前の蜂楽は「あ。そうそう、ちぎりん。」と無慈悲にも別の話題が始まる。頭の片隅で潔を憐れみながら、蜂楽の話に耳を傾けた。