没作品02 御影玲王に「食事に行かないか?」と電話で誘われ、快諾したのは、丁度日本に戻ってきた当日ーー四日前のことだった。リーグ中ではあったが、パスポートの更新のため一時帰国していた。更新時期は玲王と凪誠士郎もほぼ同じ時期のため、揃って帰国していた。
凪の話は出てこなかったが、まあ、二人の間で何かしら話が通っているだろうと特に気にせず。玲王といくつかの空いている日付を確認しあった後、何故か日程と場所は後で伝えると言われ、待っているとメッセージが届き、日時と駅名、それに改札口の指定もされていた。
疑問に思いながら、当日。天気予報の通り曇天だった。厚い雲に覆われ朝から酷く暗い。時間通りに駅の改札を抜けると、やけに姿勢の良い妙齢の女性ーー玲王が以前「ばぁや」と言っていた人物と目が合った。女性はリムジンの前で一礼する。事態が掴めず、言葉も出ないまま立ち尽くした。
「お待ちしておりました。千切様。」
女性は顔を上げてにこやかに笑い「では、参りましょうか。」と告げられ、後部座席のドアが開き、座るよう促される。見える範囲に、俺を呼び出した当の本人は見当たらなかった。女性を見ると有無を言わせない圧があった。
ポツリと冷たい雫が頬に当たる。
ーー降り始めたか。
仕方なく。促されるままリムジンに乗り込むと、やはり玲王は居なかった。随分と広い車内に一人、ポツンと取り残された。ガラス張りのローテーブルの下には、グラスが並べられている。革張りの椅子の並びに小さな冷蔵庫らしき機械が置いてあった。扉が閉まって程なくすると車が発進する。
そもそもが見慣れない土地である。車窓を叩いていた雨は、天気予報の通り雪へと変わり、流れる景色を滲ませていた。
玲王にどういうことなのかを訊くために、スマートフォンを取り出した。それと同時に、玲王からのメッセージが届いた。メッセージには「迎えに行かれなくて悪かった。合流してから説明するから、そのまま車に乗っててくれ。」と共に随分と可愛らしいスタンプが添えたれていた。
ーー食事に行くだけじゃなかったっけ?
Today:2/15
昨日から降っていた雪が、今朝には数センチ積もっていた。大寒波が日本に来ているらしく、悪天候のため飛行機が出せないとのことで、否応なしに空港近くのホテルに臨時の宿泊することになった。チームに連絡すると「状況は理解した。今回のトラブルは非常に残念だと思う。明日の試合は僕らに任せて、臨時休暇を楽しんで。」と返事を貰った。
同じ便のチケットを取っていた凪も足止めをくらい、同じホテルの隣の部屋に宿泊することにしたらしい。玲王は十七日の便で戻ると昨日誘われたディナーで千切は聞いていた。
チェックインまで時間があり、俺たちは荷物だけ預けてどうするかをホテルのラウンジでスマートフォン片手に考える。
「あ。ねぇ、この映画、見に行かない?」
凪がスマートフォン差し出すように俺に見せる。画面にはミステリー系の新作映画が映っていた。主人公と思われる俳優と女優が中央に描かれている。評価の星は4つ付いていた。あらすじをざっくり読むと、恋愛要素も含まれているらしいく、評価コメントにはそのことが好意的に書かれていた。メインはミステリーなのでは、という疑問があるものの、面白そうだと判断し「良いけど。映画館の場所は?」と問う。
凪はスマートフォンを操作し、映画館の場所のリンクへ飛ぶ。リンク先のページには、ホテルからそこまで遠くない映画館で上映している事が表示された。近くにレストランやファストフード店などもあるらしく、ランチにも困らなそうだ。
「じゃあ、ここにしよ。映画館ってあんまり行かないんんだけど、カウンターで席とか決めんの?」
「WEBで席とれる。あ。カップルシート空いてる。取っていい?」
「カップルシート?」
「二人分の席で横になりながら映画が見れる。」
言いながら凪はシート席の画像を千切に見せる。黒いシックなゆったりとした二人がけのソファーと足置きの写真が映っていた。
「え。マジで? こんなのあんの?」
「らしーよー? ……で、この席、取って良い?」
「おう。」
凪は薄く笑いながらスマートフォンを操作し、予約を終わらせる。
「何時の予約?」
「一時間後ぐらいのやつ。」
「じゃあ、移動するか。」と千切が立ち上がるのを見て、ゆったりと凪も立ち上がった。
Today:2/21
ーー今年のバレンタインデー、どうだった?
そんな当たり障りのない質問に、千切豹馬は14日の出来事を話し始めた。
「で、車がようやく止まったと思ったら、玲王が立ってて、話聞いたらドレスコードのある店だったらしく、着いた店が服屋だったんだよ。お詫びって玲王が服と食事は奢ってくれたんだけど。食事のために、服を着替えさせられてさー。」
いやー大変だったと語る千切は苦笑が混じってた。話を聞きながら、潔世一は千切が土産にとくれた醤油煎餅をバリッと噛んだ。その目は既に据わっており、面白くなさそうに咀嚼する。
「そーゆー潔はどうだったんだよ? バレンタインデー。」
「俺は……何もなかったよ。試合あったし。」
「ふーん。まあ、俺も玲王に誘われなかったら、何もない一日だったし。そんなもんか。」
千切が緑茶の入った湯呑みに口つけるのを見て、潔の脳裏にふと疑問が浮かぶ。
「あれ? つか、千切、玲王と二人だけだったのか? 凪は? 帰国同じ時期だったんだろ?」
「あーそういや、十四日は居なかったな。元々誰かと行くつもりで予約してたのが、フラれたか何かで、代わりに呼ばれたのかなーって思ってたけど……。」
千切の言葉を聞きながら、潔はスマートフォンを片手にメッセージアプリを起動し、凪誠士郎に「凪、先週の十四日に予定とかあった?」と打ち込み送信する。何となくの行動ではあったが、潔はいつかの過去に、玲王のデートには何故か凪が着いてくるという話をうっすらと記憶に残っていたのだろう。
「玲王にフラれるイメージないなー。どちらかって言うと、フリそう? つか、彼女とかいんのかな?」
「彼女は多分いない。一月末ぐらいに、乙夜が現地でできた彼女に盛大にフラれたって、蜂楽からグループで連絡きてただろ? あれ見て、俺ら彼女いねぇなって話になったから。」
「だったら、千切より凪誘うかと思……いや、何でもない。」
すぐに既読が付き「なんも」と吹き出し付きのスタンプだけが返ってきた。潔は続けて「玲王から何か誘われたりとかしなかったか?」と送るも「玲王なら、大事な予定があって出かけるって。場所とか教えてくれなかった。」と。
凪のメッセージが届くのとほぼ同時に「んー玲王に直接聞いてみるか?」と千切がスマートフォンを手にとる。瞬間的に潔は千切のスマートフォンを塞いだ。
「いや。大丈夫。ただの雑談だし、聞かなくて良い。」
千切はスマートフォンを下ろし、潔を疑わしげに見る。視線に耐えきれなくなった潔は、視線を逸らしながら「もしーー仮に、例えばの話だけど、玲王の恋愛対象が千切だったら……どうする?」と尋ねた。
「直接連絡する。」
千切ははっきりと答えた。
「一応、聞くけど、理由は?」
「ちゃんと確認しておかないと気持ち悪いし。違うなら勘違いで済むけど」と言葉を区切る。
「もしそういう意味で食事に誘われてたら、俺は気づいていなかったし、そうやって今まで接して来たのは玲王に失礼だろ? それに……結論はともかく、ちゃんと考えたい。だからーーやっぱり連絡してみるわ。気になるし。」
考えながら言葉を選ぶ千切は、結論は出たと再びスマートフォンを手に持ち上げる。潔は慌てて「いや! 待って!」と勢いよく千切の手ごと掴む。
「違う。いや、違わないけど。ちょっと待とうか。」
「いーさーぎー?」
二度も電話を邪魔され、千切は少し不満そうに潔の名を呼ぶ。潔は一度大きく息を吸い込んだ。
「仮の話で、憶測なんだよ。千切は、そういう意味で誘われたと思ってないって思ってたんだろ? これは、ただの、俺の妄想みたいなモノだから。」
玲王に連絡するのは待って欲しいと息が切れる直前に吐き出した。
「……俺はそう思わなかった。でも、潔は俺の話を聞いて、そう思った。何か引っ掛かる部分があったってことだろ?」
「俺が。」と潔は観念したように口を開き「千切を好きだから。そういう意味で。」と告げる。
千切と潔の視線が合う。千切が真顔で首を傾げる。事態が飲み込めていないその様子に、潔は困り顔で笑いながら言葉を続けた。
「だから、玲王もそうだとしたらって思っただけで、あいつが本当にそうかはわからない。ごめん。今、言うつもりはなかったんだけど。シュチュエーションとか、タイミングとか、色々。ただーー出来れば、俺と付き合うって方向で、ちゃんと考えてくれませんか? 千切さん。」
言葉が途切れた部屋は沈黙の中に、こたつの稼働音が小さく聞こえる。
一拍置いて、潔の発した言葉の意味を把握した千切は、自身の髪と同じくらい顔を赤くした。二月にそぐわぬ程に鮮やかで見事な赤だった。