ただいま「宍戸さん」
「なんだ? 長太郎」
「前から聞きたかったことがあります」
鳳はソファに腰かけている宍戸に神妙な面持ちで声をかけた。まるでこれから戦いに出るかのような顔で、握りこぶしを作って体に力の入った鳳に、宍戸は「まあ座れよ」と声をかける。
「あの……」
足早にソファに駆け寄ると、ボフ、と音を立てて座った鳳は、宍戸の左手をとって薬指を親指でさすりながら言った。
「宍戸さん、どうして。どうして……結婚指輪をしてくれないんですか?」
何を言い出すかと思えば。
眉尻を下げて今にも泣き出しそうな顔をして自身を見つめる鳳に、宍戸は「ハハッ」と思わず吹き出してしまった。
「わ、笑わないでください。俺、真剣なんです」
「悪い悪い、なんだ。そんなことか」
「そんなことって。宍戸さんにとっては大事じゃないんですか?」
鳳は少し拗ねたような、悲し気な声色でそう訊ねた。そして、両手で宍戸の左手を包み込むように握り、うつむき加減に続ける。
「俺にとってはとても大事です。宍戸さんが俺にとっての唯一の人だという、形で示すことのできるものですから」
宍戸さんは、そう……思ってくれていないということですか?
鳳は宍戸の目をまっすぐ見据えて宍戸の言葉を待った。
コチ、コチ、コチ。秒針が時を進める音が部屋に響く。鳳が宍戸からの返答をあきらめようとため息をついたとき、宍戸の右手が力強く鳳の手をつかむ。
「……理由はふたつ! ひとつめ。俺は小学校教諭。もし児童に指輪が当たって怪我でもさせたら事だ」
鳳は勢いよく顔をあげる。目が合った宍戸は、鳳が『一生ついていこう』と思ったあのときと同じ顔をしていた。
「そんでふたつめ。……大事なんだよ。俺も。無くしたり、傷つけたりしたくねえからよ……絶対に」
宍戸はだんだん鳳と目をそらしつつ口ごもりながらそう言った。
ああ、大事なんだ。宍戸さんも。大事にしてくれていたんだ。
ギュッと胸をつかまれたような感覚だ。とにかく宍戸さんを今、ここで抱きしめたい。そう思うよりも、鳳は先に行動していた。
「宍戸さん」
「なんだよ」
「……好きです」
「……おう、ありがとよ」
─────
あのあと、鳳は宍戸に提案した。
これからは家の中では結婚指輪をすること。
「これなら外で無くす心配も、児童を怪我させる心配もないでしょう?」
「確かに」
「それともう一つ……」
「なあ、これ本当に毎日やんのかよ」
「はい、毎日やります」
鳳は宍戸の手をうやうやしくとり、まるで二人が生涯を誓い合った式のときのように、左手の薬指に指輪を通す。
薬指をみて満足そうに微笑む鳳。そんな様子を見て、宍戸も「しょうがねえやつ」と笑った。
「なあ、長太郎」
「はい」
「ただいま」
「はい、おかえりなさい。宍戸さん」