ちおふれ 促されるままに中に入ると、壁には沢山の布が所狭しと置かれていた。巻かれたり積まれたりしているけど、そのどれもが肌触りの良さそうなものに見える。目立つ場所に置かれた一際大きな布…たしか稲妻の着物?と呼ばれる服だったか…は、一際美しく強い存在感を放っている。置いてある殆どの布地は彼女の出身地を思わせる小花や波をあしらった落ち着いた色合いの物ばかりで、一瞬ここがフォンテーヌであることを忘れてしまいそうだ。
物珍しい物ばかりの室内に目を奪われていると、こほんと目の前から咳払いをする声が聞こえて、はっとして居住まいを正す。
「あ、えっと、フレミネです。き、今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしく」
特に表情を変えずにそう返してきた彼女ー…千織さんはそのままてきぱきとした動きで採寸の準備を始めて、特に話題も思いつかなくて手持ち無沙汰になってしまったぼくはなんとなく居心地の悪さを覚えた。
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リネ魔術団の一員に…正式になるかどうかはまだ分からないけれど、リネットのようにマジックのアシスタントをしたいと伝えた時、リネとリネットは大いに喜んでくれた。
「潜水士の水中脱出ショーはどう?」「簡単な手品も練習しておくといいかな」「魔術団のロゴを作ったら…」なんて色んな話が出てきたけれど、「フレミネのステージ衣装を作ろう」という言葉がリネから出てきたのは何番目だっただろうか。
最初はわざわざ悪いよ、とか勿体ない、なんて言っていたのだけれど、2人のきらきらとした眼差しについには根負けして、ぼく用の衣装を作ることになった。
千織屋さんの採寸予約は常連としてリネが代わりにやってくれたのだけれど、当然付き添うつもりでいたのに「うるさいから」という理由で断られたらしい。リネットはリネットで千織さんに対して少しばかり苦手意識があるらしく、リネが居ないことを聞いて迷っているようだったので「1人でも大丈夫」と言ってあげた。
そもそもアシスタントをするのも、自分の引っ込み思案な性格を少しでも治したいからするのであって…これくらいのことはこなせるようにならないといけない。
そう思ったのだけど…出かける前に「絶対に服を汚さないように」「お店の備品を万が一にも壊しちゃダメ」「技術は本当に素晴らしいのだけど…怒らせると怖いから気をつけて」と心配を顔に貼り付けた2人に散々に言われて…逆にどんなに怖い人なのだろうと不安が胸に燻ることになってしまった。
「さて、そろそろ採寸を始めたいからフィッティングルームに入っててもらえる?」
「ぅ、は、はい」
またどもってしまったことを若干恥ずかしく思ったけれど、千織さんは特に気にしていないようで淡々と準備を進めている。
こんなことを気にしてちゃダメだ…と思いながらフィッティングルームのカーテンを開いて中に入ると、大きめの姿見が現れた。鏡に写る自分は見るからに不安そうな顔をしていて、慌てて口を引き結ぶ。靴を脱いで、ぺたぺたと足音をさせながら壁にかけらたハンガーを手に取って、あまり待たせてはいけないと思って急いで上着と帽子を脱ぐ。鞄を置いて、身につけた細かな装飾を外しているとコンコン、と壁をノックする音が聞こえた。
「入るわよ。…へえ」
「っ…?」
返事をする前に千織さんが入ってきて、びくりと肩を跳ねさせる。立ち止まって潜水服だけになったぼくのことを頭のてっぺんから足先までじっくりと眺めて…もしかして、知らないうちに何かしてしまったのだろうか、とまた不安が頭に浮かんだ。