三人のクリック君「えちおね審問官よ、貴方が泉に落としたのはかわいいクリック君ですか、かっこいいクリック君ですか」
「勝手に躓いて泉に落ちたクリック君を返してください」
「正直者の貴方には、泉に落ちたクリック君と、かわいいクリック君と、かっこいいクリック君を差し上げます」
「一人で充分です」

＊＊＊

「──ということで、クリック君が三人に増えました」
「そうか、と納得すると思うか？」
「納得も何も。現に目の前にいるじゃありませんか、ねぇ？」
テメノスに同意を求められ、長椅子に並んで座っていた三人のクリックはそれぞれ頷いた。
頭がおかしくなりそうなのでなるべくクリック達の方を見ないようにしていたオルトは、眉間の皺を深くした。
親友が増えた。三つ子だとしてもここまでは似ない。
三人とも同じ顔、同じ格好。副機関長の執務室で、来客用の長椅子に並んで座り、思い思いにお茶を飲んだりお菓子をつまんだりしている。どれを見ても間違いなくオルトが知るクリック・ウェルズリーであった。三人いることを除いては。
ちょっとお話が、と昼下がりに異端審問官が突然来訪してきた瞬間からオルトの悪夢は始まっていた。
異端審問官テメノスが語るところによると、ストームヘイルの近郊の、冬でも凍らない泉にクリックが足を滑らせて落ちたらしい。慌てたテメノスが引き上げようとすると、泉から「泉の女神」を名乗る女性が現れ、結果としてなぜかクリックが三人に増えたそうだ。徹頭徹尾理解できない。風邪の時に見る夢でももう少しマシな内容だろう。
「…それで、なんでこいつらはさっきから一言も喋らないんだ？」
俺の質問に、何故かクリック達は困ったような視線をテメノスに送った。テメノスが答える。
「三人とも好きなように喋らせると収拾がつかなくなるので、私が許可する以外は黙っててもらうことにしました」
三人のクリックはうんうんと頷いた。飼い慣らされすぎだろ。
「さすがに増えたまま…ということはないだろうな？」
テメノスは首を横に振った。
「わかりません。ですが、この脈絡のない摩訶不思議さを見る限り、女神とやらはおそらくシルティージの眷属でしょう。時間経過で元に戻ることを祈るしかありません。
　仮に、何らかの魔法によって三人のうち二人が生成されたのだとしたら、私のマジックスティールロッドで消せる可能性もありますが」
「「「テメノスさん！？」」」
淡々と物騒なことを口にするテメノスに、クリック達が口を揃えて叫ぶ。
「お前は人の心がないのか？」
さすがに呆れて訊ねれば、テメノスは当然とばかりに答えた。
「あります。ですのでそれは最後の手段です。
　オルト君は、クリック君にしばらく休暇を与えてください。その間にモンテワイズで解決策がないか調べます」
成程。頷いて、休暇申請の用紙を執務用の机から取り出した。
「クリック、ここにサインを……って一人でいいぞ」
三人同時に立ち上がったところで、クリック達はお互いを見あってどうする？と相談し始める。
普通に考えて自分が三人に増えたら「自分こそ本物だ」と主張しそうなものだが、何故かクリック達にはそれがなかった。三人が三人とも、お互いをクリック・ウェルズリーと認めているようだった。
その様子を見ていたテメノスが口を開く。
「しょうがないですね。じゃあ１のクリック君、代表で」
「はい！」
いつの間にか番号が振られていたらしい。呼ばれた１のクリックは、元気に返事をして書類にサインをした。
「…お前は、本当に人の心がないな？」
審問官はとぼけ顔で、何をおっしゃいますか、とのたまった。