低反発クッションへの変更「いいか、鋼の。私は今疲れている」
おざなりな挨拶とともに神妙な顔でそう呟かれた言葉。それは言外に”だから言うことを大人しく聞いてくれ”、と言われているような気がした。
聞けば昨日は結論のでない会議がやたら長引いたというのに、そのまま当直。そしてよりにもよって、大佐が軍部にいる時にテロを企てたバカがいたんだと。当然、睡眠など碌にとれず朝日を拝んだらしい。
日頃の腹が立つほどの涼やかな顔はどこへやら。疲労と睡眠不足のダブルパンチはだいぶ堪えているようだ。
いつもなら今が好機と言わんばかりに日頃揶揄われている鬱憤を晴らそうと考えるが、その日はどうやら虫の居所が良かったらしい。エドワードはロイに“心得た”と思わせる表情をしていた。
「ふーん。ほら、とりあえず今回の報告書だ」
「あぁ、確かに受け取った」
そしてその表情はロイにも伝わったらしい。一体どんなことを言われるのか待ち構えるエドワード。しかし、顔の前で手を組み、眉間に皺を寄せるロイの口から発せられた言葉はエドワードにとって意外なものだった。
「では鋼の、いいか?肩幅に足を開いて両手を上げろ」
なんの指令がくだるのかと思えば、出されたのはその場で実行可能な指示。てっきり錬成陣の解読や遺跡の調査などを依頼されると思っていたのに。いや、待て。これには意味があって何かのヒントなのかもしれない。抜けた気を取り戻し、意を決して言われた通りにするとまた次の指示が飛ぶ。
「違うな……万歳……?そう、万歳だ鋼の。そして挙げた手を少し前に出せ」
「こうか?」
「そう、ふふ。それで完璧だ」
何がだ。
「ちなみに今上げてる手をもっと前に出すと……そこらへんだ……!あはは、コアリクイ」
だから何がだ。
「……おい、何をさせている」
「いや、一つ目がね、できればもう一度やってくれないか?それだ、それ。」
少し前のめりに挙げられた両手で表現できるポーズはそう。
「レッサーパンダの威嚇姿の出来上がり、というわけだ」
レッサーパンダ……。
手をもっと前に出すとコアリクイ……?
威嚇姿。
———繋がった。
要は小動物たちの真似事をさせられたというわけだ。誰が小さな動物たちと遜色ないドチビだ、くらいは叫んで暴れ散らかしたい。あわよくば飛び蹴りくらいかましてやりたい。しかし眼前には童顔な顔をさらに幼くさせてケラケラ笑う男。もうおっさんの領域に片足は余裕で突っ込んでるくせに、大佐のくせに、くたびれた顔してるくせに。なんでそんな男を可愛いと思っちまったんだろうな。
「これそんなに笑うほど面白いか?」
「良い、かなり満足した。満足ついでにもう一つお願いしていいか?」
要求を増やしている時点で満足とは言えないことにこいつは気づいているのだろうか。バカ大佐は眠さと疲労でだいぶ頭がイってしまっているようだが、この際、要求は聞いてやろうと思ってしまうオレも大概だ。
「最後だぞ」
腕を組んで不遜な声を出したにも関わらず嬉しそうな笑みを浮かべちまって……。間抜けな顔。
「ダブルピースをして、逆さまにするんだ。そう……それで頭にのせて」
「こう?」
「そう。ほら猫耳の錬金術師になってしまったね」
「……」
本当に何をばかなことをさせるんだろう、このバカは。威厳はどうした、威厳は。しかしまぁ、本当に満足したんだろう。周りには小さな花が舞っているように見える。
ならばやることは一つ。ここまで来たらデカい花まで咲かせてやろうじゃないか。
「にゃあ?」
ポーズを崩さず煽るような笑みを浮かべたエドワードから出たのはその一言だった。
しかし、先ほどまで幼子のような笑い声をあげていた男からのレスポンスはない。
「……ほら?これで大満足だろアホ大佐」
ポーズは崩さず、こちらは最上級の挑発的な笑みを向けてやったのだ。これでまだ足りないとは言わせない。そう思ったのに笑い声どころか音一つ返ってこない。そのままじっと見つめていると顔の前で組まれていた手は口元を覆った。さすがにやり過ぎて引かれたのかと思ったがどうやら違うらしい。頬に色味がさしている。ナニ、恋する乙女みてぇなポーズしてるんだテメェは。
「……待ってくれ。今素晴らしいことが起きたことはわかるんだが、刺激が強過ぎて記憶がない。鋼の、もう一回だ」
しばらく沈黙を貫いたくせにロイの発した言葉はエドワードの抑え込んでる羞恥心など、遥か彼方へ投げ去るものだった。
「ざぁんねん。当サービスは一回限りだ」
「なぜだ!睡魔と戦いながらお願いしてるんだぞ!!」
「やかましい!!!だったらさっさと寝やがれバカ!!!」
だからエドワードはその羞恥心をソファの上にあったクッションに込めて、ロイに投げ捨てたのである。そしてクッションの衝撃か眠気の限界か。エドワードによってロイは仮眠室のベッドに転がされた。
ふと目を覚まし、あたりを見渡すが当然周りに人はいない。
「リップサービスまでしてくれるならはじめに教えて欲しかった……あとできればクマとうさぎもやって欲しかった……」
だからそんな寝起きのロイの発言は誰の耳にも届くことはなかった。なかったのだが、その願望は九度目の当直明けに叶えられたらしい。
当然、クッションは顔面にクリーンヒットした。