桑さに「そんなにがっちりほーるどされたら動けないよ」
桑名は困ったように振り向いた。布団の上に座っている彼の背中にはくっつき虫のように主が腕を回して抱き付いている。更に桑名の背中に顔を埋めているおかげで桑名にとって立ち上がるのも動き出すのも出来なかった。
「行かないで」
駄々をこねる幼子のような彼女にため息をついた桑名。回された腕を丁寧に剥がし、くるりと彼女の方に体を向けて抱き上げた。すぐにぎゅうと桑名の首に抱き付く彼女。ふわ、と香る彼女のシャンプーの香りが桑名の鼻をくすぐる。
「すぐ戻ってくるから」
「そう言ってこの前夕方まで来なかった」
「それまだ覚えてるのぉ…」
呆れた口調の桑名は、彼女をぎゅうと抱き締め返す。先日、非番だった桑名は彼女の部屋にいたが蜻蛉切に手合わせをしてもらえるからと、夕方まで戻って来なかったのだ。自分と約束していた訳では無かったけれど、彼女はひどく寂しかった記憶が甦った。
「こんなにくっつかれたら夜の続き、してしまいたくなるのだけど…」
もう明かりもいらないくらい外は明るいよ、と少し意地悪な声音で問うと、彼女は桑名の前髪を分けて額を露にさせた。普段は隠れている黄金色の瞳が現れ、彼女をじっと見る。強い視線に負けないように、彼女も黄金色をじっと見つめ返した。
「うん、いいよ」
見つめながらそう言った、とろんと蕩けた瞳の彼女に見つめられ、欲情が刺激されたように胸が疼いた。桑名はぐっと喉をならして咳払いをする。
「…そんな目で見ても駄目。僕は用事を済ませてくるからね」
「…」
ちぇ、と小さく舌打ちをした彼女はぱっと桑名から離れる。やはり幼子のように唇を尖らせてじとりと桑名を見ていた。そんな彼女を肩を竦めて見ていた桑名だったが、ふ、と口元を緩める。
「主」
「ん?」
桑名が優しく呼ぶ。珍しいな、と彼女が一瞬桑名から目を離した。
その時。
ちゅ、と桑名が額に口付けをする。小鳥の啄みのような、くすぐったい口付けに彼女も笑った。
「今日はちゃんと戻ってくるよ。約束。一刻後にね。だから主は仕事、終わらせててねぇ。続きをしてあげるから」
じゃ、またね。
そう言って桑名は彼女の部屋から出ていった。残ったのは敵わないな、と笑っている彼女だけだった。