「ウェディングワルツはニュームーンに」「ウェディングワルツはニュームーンに」
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「――結婚だって?」
暖かな昼下がりの風が吹く庭園にて。
起き上がっていたモズは隣で寝転んでいるツバメの言葉を聞き、いぶかしげに表情を歪ませた。
とても穏やかな午後だ。雨が降っているわけでもなく、雲一つ無い空でもない。戦いが始まる前の、普通の日常を送っていた頃のように。
ツバメがこちらに輝く微笑みを見せ、起き上がってきた。
「そう、結婚。……もう最後が近いから、最近結婚するペアやツガイが多いみたいだよ」
「それで? 私達もするってこと? はぁ……」
ツバメの行動と言葉には、いつも振り回されている気がする。
深くため息をつきながらも、片膝を立てて座っていたモズは芝生に寝転がった。
青臭い芝生の香りが鼻腔をくすぐる。控えめで、薄い香り。木漏れ日を浴びながら、眩しくない日陰へ寝返りを打つ。
「モズ、僕は本気だよ。本気で結婚したい。ずっとそばにいたい」
「…………」
「一生許さない。だから、ずっとそばにいたい」
何も言えず、顔をそらしているとそっと肩に温かい手が触れる。
肩を引かれ、横寝をしていたモズは仰向けになり、木漏れ日から太陽の日差しを受けて右目を細めた。
ツバメの柔らかな金色の髪が、日差しを反射しキラキラとまぶしく輝いていたためより目を細めたくなった。
「……君は何をしたいのさ」
「僕の口から言わせるのかい? もちろん、結婚式さ!」
「はぁーっ……」
「そんなに大きなため息をつかなくてもいいじゃないか! やろうっ」
きゅっ、と後ろから抱きつかれる。
いつもそうだ、何かしたいと言ってモズが聞く耳を持たないと、こうして懐柔してくる。
不機嫌な表情を作りながら、モズは後ろを振り向くが、その時唇に柔らかいツバメの唇が当たる。
短い、と呼ぶには長すぎて長いと呼ぶには短い。そんな刹那の口づけに、険しい顔でモズは唇を離した。
「その手には乗らないから。……結婚式なんて」
「僕とモズだけだよ。形だけでいいんだ。……もし、また離れても次会えるように。強い縁を結びたい」
「縁? ……呪いの間違いじゃないの? ともかく、結婚式なんてしないから」
ぴしゃりと言い放つが、胸に腕を回される。
振りほどくなど、とうてい不可能なほどの強さで。少しの隙間もなく、強く締め付けられていく。
モズは思わず口角を上げながら、ツバメと手を重ねる。本当に強引で、わがままな王子様だ。
「……キミが、僕を一時でも独りにさせた。今も苦楽を与えてくれる。わかるだろう?」
「っ……ダシにするんだ。」
「モズ……」
「……いつしたいの」
諦めてたずねると、ツバメが悲しげな表情から一転まぶしい笑顔を見せてきた。
げっそりとしながらも、頬すりをされながらモズは彼女が落ち着くのを待つ。
これではツバメの思うツボだが、心のどこかで意外にも嫌な感情がわかないのは自分でも内心驚いた。
「実はね、この間花園の水路を小舟で進んでいる時にガゼボを見つけたんだ。キミが僕の膝でお昼寝をしている時に」
「ふーん……」
「そこで二人きりでしたいなぁ! そうだ、本館のどこかに結婚式場みたいな白い場所があったよね。そこでもやりたいなぁ」
「はいはい……」
後で聞くよ、と再び芝生の上に寝転がった。
ツバメが静かになったので、ほんの少し気になったが無視をして眠りに落ちかける。
清潔な石けんの香りが鼻先をかすめ、耳元に清らかな声音が届いた……。
「おやすみ、朔――」
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翌日から結婚式の準備とやらが始まった。衣装を借りることもできるらしく、申請してみたらすんなりと通ったとツバメが報告してくる。
モズも衣装を選んでくれ! と、カタログを持ってきた時は呆れてしまった。
ドレスなんてたいそうで動きづらそうな物、着たくはなかったので適当に着やすい……チャイナドレスのような衣装を選んだ。
後付けで本館での結婚式の時は、写真に残したいとツバメが言ってきた。
撮影はカッコウとミヤマが任せてほしいと言ってきたので、首を振る前に準備が始まってしまった。
また、迎撃部隊のメンバーにも言って回ったみたいだ。口頭で祝いの言葉を伝えられたり、早い結婚祝いだとプレゼントも受け取った。
本当に外堀を埋めるのが上手なツガイだよ……。
「モズ! ふふっ……目のやり場に困るよ」
「似合わなすぎて、目も当てられないって?」
「違うよ。……今日は一段と美しいから、まぶしくて照れてしまうんだ。そのドレス、とても似合っている」
――モズが選んだウェディングドレスは、袖口の大きいチャイナドレスの形で腰の部分はコルセットで締められている。
そして首元にはダイヤ形のブローチに、タッセルのような物がついた首飾りを下げていた。
対するツバメは、純白のタキシードにウィングカラーのシャツ、銀色のアスコットタイが首元を飾り真ん中にはタイピンが差されている。
腕には、光が透き通るほど透明なヴェールがかけられていた。
「……まぁ、君の衣装も似合ってなくは無いんじゃない?」
「ふふっ、モズは本当に素直じゃないね」
苦笑しながらもツバメが優しく左手を握り、撮影スポットまで手を引く。
結婚式場のようなこの場所は、壁も床も天井も……机や花さえも真っ白で汚れ一つもなく窓から差し込む陽の光が反射する。
左眼の眼帯も白を着けることになったので、目がおかしくなりそうだと内心にこぼした。
「あ〜っ 二人とも綺麗だよ、ツバメにモズ! おめでとう……うぅ、ぐすっ」
「カッコウ……涙でレンズが汚れる」
「だってぇ!」
ずびずびと、鼻水をすすりながら涙目のカッコウをミヤマがなだめている。早く撮影してくれない? 急かすものの、なかなか撮影は始まらない。
隣に立つツバメが、微笑みをたずさえ落ち着くまで待とうなんて言い出した。
この後も花園のガゼボとやらで二人きりで誓い合うらしいが、ここまでくると現実感がまるで無くなって来ているような感覚がする。
「…………」
「……なに? お喋りなツバメくんが、借りてきた猫のように大人しいじゃないか」
「いや……。……」
ただ黙って、じっと見つめてくる。心を見透かすような青灰の瞳に、なぜかいたたまれない気持ちが生まれる。
背筋に寒気が走り、心臓の鼓動がうるさくてしょうがない。モズは顔をそらした。
「っ……、あまり見つめないでくれる? 穴が空きそうだよまったく……」
「ははっ……ごめんね」
「ずびっ、準備できたよ。さぁ、写真を撮ろう」
鼻声でカッコウが話しかけてきた。ツバメが腕にかけていたヴェールを、そっと頭上に被せてくる。
そのまま左手を持ち上げられ……、柔らかくツバメの左手に握られた。
穏やかで慈しみを感じさせる青灰の瞳が近づき、モズは眉を下げると共にいつも通りため息をつく。
パシャッ。フラッシュライトが瞬く間に数回繰り返された。
「撮れたよ……うぁぁぁんっ」
「カッコウ……」
「うるさっ……」
「モズ……」
手を離そうとしたが、ツバメは自分の世界に入ったのかこちらに視線を合わせたまま動かない。
自分の世界に入らないでよ。
うんざりとした表情を浮かべながら、離れられずとりあえず正気を戻すため彼女の耳もとに唇を近づけた。
「――陽くん」
「」
「ねぇ、次のやつは明日でもいいよね。疲れたんだけど……」
「あっ、だめ。今日の夜にやろう。だから……疲れたなら夜まで休んで。そうだ、部屋に帰ったら紅茶を淹れるよ」
重く長いため息をつく。何があっても離してくれそうに無い花嫁に、ペースを乱されてばかりだった。
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「――朔、おいで」
「はいはい……」
真夜中になり、予定通り花園に向かう小船にツバメの手を借りながら乗り込む。
水音が絶えず聞こえる中、小船は出発した。
お互いの間に沈黙が流れる。今日は新月のため、月の光はほとんどなく木漏れ日からは星の光が控えめに降り注いでいた。
周囲は薄暗く、水面に浮かぶランタンだけが頼りだ。
「……朔」
「……なに、陽くん」
二人きりの時はお互い本名で呼び合う。
“あの時”、改めてそう決めた。
ツバメが右手を伸ばし、モズの頬にあてがうとそっと顔を近づけ触れるようなキスを頬に落としてくる。
「君は少し間、待つこともできないの?」
「んっ、いいだろう? ちょっと我慢できなくなってしまったんだ」
「その口ぶりから察するけれど、もしかして誓いのキスを楽しみにしてるのかい? ふふっ」
「っ……」
頬が紅潮し、顔をそらす。
結婚の時は誓いのキスをするのが常識だろう、その常識にもとづいて言っただけだが変なところで察しの良い王子様だ。
ツバメがモズの表情に気付いたのか、クスクスと笑う。そしてまた静寂が流れた。…………ツバメが真剣な表情をして、口を開く。
「朔……キミは、舞花を殺した。僕はそれをずっと許さない」
「……」
「ずっと……許さない。だから、そばにいる。来世があるなら、またキミと出会うためにこれから誓いを立ててもらうよ」
「わがままだねぇ……っ」
にこりと優しげな微笑みを見せたツバメ。
モズの背中に腕を回し、耳元でささやきかけてきた。
――僕をここまでわがままにさせたのは、キミだろう?
――私を乱してくれたのも、君のせいじゃない。
モズもツバメにささやき返すと、彼女は目を見開いて止まる。しばらくまぶたを閉じては開けるのを繰り返し、再び微笑んだ。
「じゃあ、結婚しよう」
「なんでそうなるの……、形だけの結婚式をするつもりじゃなかったわけ?」
「え? 朔こそ何を言っているんだい? 結婚式をするなら、結婚もしなくちゃだめじゃないか」
「はぁ〜っ」
言い出したら聞かない。ツバメの性格はよく知っている。よく結婚は棺桶に片足を突っ込むのと同じ、と聞くがあながち間違ってはいないのかもしれない。
これから祝いという呪いを受けるのだから。
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体感としては十分程度が過ぎた頃か……。
花園の水路を小船で進み、ガゼボに続く小道を見つけたツバメが声をもらす。
彼女が指を差したところには、石造りの階段があり小船を停められる杭も設置されていた。
「朔……! いよいよだね。心臓がドキドキしていて、落ち着かないよ……!」
「あまりドキドキさせすぎて、くだらない理由でこんなところで死なないでよね」
「うっ……、朔はこんな時でも憎まれ口を叩くんだね!」
小船を停めるためのロープを、杭に結んで階段へ上がる。
周りに長い草が生えているので、よくこんなところを見つけたと内心驚いた。先に上がっていたモズは、小船から降りようとしたツバメの手を遠慮なく掴む。
ツバメは手を掴まれたことが嬉しいのか、よりまぶしい笑顔を輝かせながら強くモズの手を握ってきた。
「へぇ〜、案外空気もいいじゃない」
「だろう? ……それで、キミと結婚式を挙げたいと想像した。叶うなんて……夢みたいだ」
ツガイ宣誓の儀式の時とわずかに似ている。歩みを揃え、ゆっくりと灰色の石畳を素足で行く。
灰色の石畳が白へ変わり、目の前にはツタや野花でおおわれヒビも入った白いガゼボが見えてきた。
周りには芝生があり、石造りの丸いテーブルが二、三個置かれている。
柱は少々黒ずんでいるが、ガゼボの中に入るとなぜか不思議な気分になった。
「……で、何をしたいの?」
「僕と死ぬまで共にいること、来世でもまた会えるように誓うこと。指輪を贈ることと、誓いのキスをすることかな」
庭園の白い衣装のポケットから、純白のケースを取り出すツバメ。一目でそれが何かわかり、呆れるようにため息をついた。
あの時ロマンチストだなんだと言っていたが、陽くんの方こそよっぽどロマンチストじゃないか。
ケースが開けられ、中からシンプルなシルバーの指輪が現れた。小さな宝石のような物が中央に埋め込まれている。
「こんなものしか用意できなかったけれど……、最後の戦いを生きて戦い抜けたら、ちゃんとした物を用意するよ」
「これはね、カッコウさんに頼んで作ってもらったんだ。リングの裏側には僕達の名前が彫られていて、この宝石みたいな部分が本能的に僕とキミの場所と状態を知らせてくれるんだ」
「よく私の指のサイズがわかったねぇ?」
「ふふっ。じゃあ、誓いを立てよう。僕の真似をして?」
目を閉じながら優しい微笑みを浮かべ、ツバメがケースから二つ指輪を取り出す。
モズの左眼の眼帯をそっと外し、そばのテーブルに置いたら左手を掴み、一つ目の指輪を薬指にはめる前に告げられる。
「――友住朔。キミは津羽陽と一生を共に過ごすこと、来世でも再び出会えることを誓うかい?」
「……誓うよ」
「! っ……、なら指輪をはめるね」
ツバメの声が震えている。同時にモズの左手を掴む手も、指輪を持つ手も震えている。
どうにか指輪が薬指にはめられた時、ぴったりと吸い込まれるようにはまった気がした。
モズは思わず口を小さく開けて、指輪を見る。なんでこんなにぴったりなの? 顔を上げると、ツバメが涙目になっていた。
「……陽くんと同じことを言いながら、指輪をはめればいいんでしょ」
「うん……! やってくれるかな?」
静かに頷く。さきほどと同じように、ツバメの左手を掴み持ち上げる。
ツバメから渡された二つ目の指輪を薬指にはめる前に、口を開いた。
「……津羽陽。友住朔と一生を共に過ごすこと、……来世でも再び出会えることを誓う?」
「誓うよ」
ツバメの薬指に、指輪をはめる。棒読み気味に誓いの確認の言葉を並べたが、問題ないみたいだ。
とうとう、こらえきれなかったのかツバメが大粒の涙を流しながら泣き始める。思えば彼女の泣き顔を見るのは初めてかもしれない。
怒り、悲しみ、喜び、憤り……。ツバメは表情豊かだ。今まで様々な表情を見せてくれた。
しかし、悪夢をみて一筋の涙を流すところ以外でこんなに泣きじゃくる姿は初めて見た。
「……ッ」
「っ……朔?」
自分でも驚くほど、自然と手が伸びた。
泣くツバメの頬を右手で触れ、指で涙をすくう。まつ毛が涙でぬれて、こちらを見つめる青灰の瞳は溜まった涙でにじんでいる。
心臓が跳ね上がった。乾いた頬に涙が伝うと、頬がぬれると同時にモズの手もぬれた。
「……調子が狂うよ。陽くんといるとね。……誓いのキスだっけ? やってあげる」
「え……?」
早くその口が開く前に、黙らせてあげよう。
ツバメの後頭部の、刈り上げ部分に手を回し強く引き寄せた。……唇と唇が重なり合い、しばしの間彼女の唇を味わう。
重ねる前のツバメの驚いた表情が、脳裏に浮かぶ。同時に、今までツバメと重ねてきた日々の様々な出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
ツバメが背中に腕を回してきた。彼女もまた、モズの唇を味わっていた。
静かな風が吹く。ガゼボの周囲に咲く野花が揺れる。
清らかな空気が辺りを包み、どこからか少女の可憐で楽しげな笑い声が、風に乗って聞こえた気がした――。
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「モズ……」
口から真っ赤な鮮血が吐き出される。赤く、結婚式を挙げた時の白をぶち壊すような赤、赤。
ツバメと共にいることを誓ったあの日からどれほど月日が流れたか。魔獣との戦いはより激化し、最後の魔女が猛威を振るう。
“最後の戦い”に向かったカラス達のため、足止めをしていた。全員覚悟はできていた。
もちろん、自分が惨たらしく魔獣の攻撃に貫かれたこともギフトで薄々わかっていた。
「か……は……っ」
まさか、ツバメを庇ってこんな最期を迎えるとは想像もできなかった。
倒れたモズを素早く抱き上げると、魔獣達の目が届かない場所までツバメが移動する。
優しく地面に横たわらせられ、モズは吐血とせきを繰り返した。胸は赤く濡れ、まるで胸の赤い鳥のよう。
かすむ視界の中……、モズは覆いかぶさるツバメが同じく赤く染まっていることに気づき息をのんだ。
「ツバメ……くんっ、そ……れ……ごほッ」
「モズ、喋らないで。……あの時の攻撃、僕の胸まで届いてしまったみたいなんだ。でも、傷は浅いし僕はまだいけるよ」
「ちがっ、お腹の傷……」
ツバメの左の脇腹から、ゆっくりさらさらとした血が地面に落ちる。
二人の血が地面で広がり、眉を寄せながら無駄だと分かりつつもツバメの脇腹を右手で強く押さえる。
ツバメも……モズの胸を押さえ、真っ白だった手袋が赤を吸収し真っ赤に染まった。
「なんで、泣くの」
「キミが……、せめてキミだけは……っ!」
「無理だよ……もう」
泣き始めたツバメを黙らせるように抱きしめ、肩に彼女の顔を押し付ける。
口角を上げたかったのに、どうして真顔になってしまうのか。
せっかく惨たらしく死ねるのに、心が霧で包まれているように感じた。
じきに魔獣が血の匂いを嗅ぎつけ、大量にやってくるだろう……。
「陽……くん、なかなか楽しかったよ」
「最期まで……、一緒だなんて……本当に計算が狂いっぱなしだ……。来世なんてあっても……もう会いたくないね」
「離さない……朔、離さないから。ごほっ」
ツバメの口の端から、血がたれる。強く抱きしめられ胸の傷が痛い。
彼女も同じだろう……もうお互い限界なのに、どこからこんな力が出てくるのやら。
モズはツバメの頭を、優しく左手で撫でだした。
「はいはい……、言っても聞かないでしょ。しょうがない……誓いを守ってあげる。陽くん、これで満足?」
「! うん……っ、嬉しい……なぁ」
疲れた顔が、微笑みに変わり遠慮のない口づけを交わされる。
体が重たい……痛みが消えた。視界がくもりガラスのように不明瞭へ代わり、いよいよ自身の最期を感じとった。
陽くんの声しか、聞こえない。
「朔……」
「……陽くん」
再び唇を重ねた。
愛してるなんて言葉はいらない。言わなくたって想いを感じ取れる。彼女の鼓動も、体に伝わってくる。
優しい風が吹いている感覚がした。
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ピーピーピーピーピーッ。
無機質なアラームが、浅い眠りから現実へ意識を引き上げる。目覚まし時計を止めるとそっと目を開けた……友住朔は、しばらく天井を見つめた。
また不思議な夢を見た……。あれはなんだろうか?
体を起こすと、いつもの部屋が視界に入る。白い壁にモダンライク調な家具と紺色のカーテン。
隣には……大好きな恋人が寝息を立てている。
(今日は休日だからたっぷり眠ろうとしたのに、目覚まし時計をうっかり設定したままだなんて……)
思わずため息をつく。最近は不思議な夢を見ることが多い、鳥の単語とケージ?
仕事の関係で歴史のものに触れるのは多いが、あの頃の物は仕事場で取り扱っていない。
もう一度横になり、心地の良い眠りの世界へ行こうとしたら隣の恋人が寝返りをうち頬に軽いキスをしてきた。
「おはよう、朔」
「陽くん……もう少し寝かせてよ」
「だーめ。今日は公園でデートをするんだから、起きて」
「それは午後じゃない……」
毛布を被るも、剥ぎ取られる。目を開けてなに? と朔は抗議の声をあげる。
――目の前には、カーテンから差し込む朝日を受けて柔らかそうな金髪を持つ津羽陽が暖かい笑みを浮かべていた。
青灰色の両目から察するに、まだ眠たそうだ。
「朔、おはようのキス。してあげただろう? 起きようよ」
「はぁ〜」
あれが今日のおはようのキスなのか。
むっとした表情で起き上がり、陽の頬にも同じくキスを落とした。
あくびをしつつ、抱きついてきた陽をうっとおしいと振りほどこうとしたが、びくともしない。
「起きたばかりなのに、どこからそんな力が出てくるわけ?」
「朔の作ったご飯を、昨日食べたからかな? とても美味しかったよ。それに……なんだか抱きしめたくて」
「陽くんが抱きしめてくるのなんて、いつものことじゃない」
ふふっ、と羽根のように軽い笑い声が耳に入る。付き合っていられなくてベッドから下りると、陽も付いてきた。
背後から腕を回してくる。今日はとうしてしつこい。
「しつこいねぇ? なに」
「キミのぬくもりを感じたい」
「甘えるのが上手な王子様だ」
鼻で笑ってやったが、陽はまったく離れようとしない。もうすぐ同棲して半年は経つが、半年記念が楽しみなのかもしれない。
部屋のカレンダーを確認すると、今は夏。同棲して半年が経つのはあと二ヶ月ほどはかかるだろう。
明日は舞花とも三人で遊ぶ約束をしている。もしかしたらこんなにテンションが高いのは、今日のデートと明日の予定で浮足立っているからか。
「寝汗かいたから、シャワー浴びたいんだけど。離して」
「じゃあ、僕も行くよ」
「はぁ〜っ!」
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夏の日差しがおさまる午後、カフェで三時のおやつを食べた後に陽に手を引かれながら公園に向かう。
今から向かう公園は噴水や散歩コースがあり、売店などもあった。手をつなぎながら散歩をし、会話を交わす。
次のデートはどこへ行きたいのか、テーマパークもいいねと話し合う。
少しくたびれて、ベンチに座ると陽が利き手である左手に自分の手を重ねながら肩を寄せてきた
「朔、眠いのかい?」
「あぁ……ふぁっ、どこかの誰かさんのせいでね……」
「ごめんね。朔とデートできると思ったら楽しみで……。帰ったら、一緒にお昼寝しようね」
陽との昼寝は結構楽しみだ。紅茶を飲んだあとに、一緒にソファに横になってぬくもりを交換しながら眠りに落ちる。
初めてやったのは、バスケをしていた高校生の頃か……。
「……ねぇ、陽くん」
「どうしたんだい?」
「……私達、結婚しようか」
「」
声も出ないほど驚いているようだ。その顔を見たくて言ったが……、結婚したいのは嘘ではない。
陽とならいい。少し疲れるが……、これからも一緒に暮らしていきたい。驚いたまま止まってしまった陽が、なんだか笑えてくる。
口の端を上げながら、にやにやと笑っていると突然陽がポロポロと涙を流し出した。
「嬉しいよ……っ、とても。ごめんね……泣くつもりはなかったんだけど、なんでだろう……嬉しくてたまらないんだ」
「……で、婚約してくれるの? それとも私と結婚するのは嫌なの?」
「! もちろん、婚約したい。これから先もずっとよろしくね朔」
抱きしめてくる陽を、離すことなどできず受け入れた。気まぐれに背中を撫でてやると、より強く抱きしめられた骨が折れそうになる。
さすがにこの強さは息苦しい……、背中を叩いて離してと呟いたがまったく耳に入っていないみたいだ。
しかたなく諦めて好きにさせる。
しばらく離してもらえそうには無いだろう、彼女が離してくれるまで地面に咲く野花を見つめることにした……。
Fin.