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    ながめ

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    ながめ

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    タル蛍騎士パロその2 前回のつづき
    タルの格好はオケタルで想像してください
    性癖ぜんぶのせ 書きたいとこだけ スローペース
    捏造しかない ここじゃないどこかのお話
    そのうち支部にも載せます

    Untitled 2 かつて世界は混沌に塗れていた。混沌を正すために神が己の領地を定め、やがて国が興り始める。風、岩、雷、草、水、火、氷──そして、星。
     その国は神が存在しなかった。天からの授かりものであるとされる流星を崇めた彼らは、やがて星からの授かりものによって国を興すようになった。授かりものである剣の腕を磨き、信仰の対象に騎士を選んだ。やがて騎士の国となったその国は今なおその名を轟かせている。流星が降る夜は新たな王族の誕生とされ、それと同時に御子は生まれる。
     そんな幻想的な伝承を持つ第一王女の栄えある専属騎士となったタルタリヤは、衝撃の現場を見て放心していた。

    「あ」

     見つかった、と顔に書いてある。まさに、塀を飛び越える瞬間。塀の外は森が広がっていて、それを抜ければ城下町へと辿り着く。お忍びどころか抜け出そうとしている瞬間を見てしまった。
     ズルッと主君が足を滑らせたのを見て、タルタリヤは慌てて自身も塀を飛び越える。高さはそれほどない、けれどそのまま落ちれば当然怪我は免れない。空中で蛍の腕を捕まえて、そのまま無理やり抱き上げる。両足でダン、と着地してなんとか事なきを得た。

    「あ、危ないだろ……」

     思わず上擦った声が出た。初日にして、大事な主君を傷つける不名誉な専属騎士になるところであった。
     腕の中にいる蛍はポカン、とした顔をしていて放心している。間抜けな姿に安心しながらも、悪戯っ気のある主をどう言い含めるべきかタルタリヤは迷う。最初から距離を詰め過ぎて嫌われるのは御免被る話だが、この主君は己に何を求めているのだろう。それによって対応が変わってくる。

    「バレないと思ったのに……」
    「まさか、常習?」

     ふい、と視線を逸らされる。これは図星の顔だとすぐにわかった。己が主君は自身の価値を理解していないらしい。タルタリヤはため息が出そうになったが、無理やりそれを飲み込む。注意したところで、今度こそタルタリヤにバレないように抜け出すだけだろう。
     蛍を地面に下ろして乱れた前髪を直してやると、己の手を差し出した。

    「ほら、行きますよ。姫様」
    「え……連れ戻すんじゃ、ないの?」
    「用があって抜け出したんでしょう。護衛がいればいいので、今度から俺も共犯にしてくれ……ください」

     止めたところできっとこのお転婆はお忍びを続けるに違いない。目の届かないところで何かに巻き込まれるくらいならば、当事者になったほうがいくらかマシだし対処のしようがある。

    「……慣れてないなら、敬語はいらない」

     聞こえてきた台詞に苦笑いを浮かべる。じゃあ、遠慮なく。
     乗せられた手のひらは随分と小さくて柔らかい。お姫様の手だな、と思いながら主君の手を離さないようにぎゅっと握り込んだ。
     お忍びスタイルの格好ははたから見ればどこかのお嬢様だ。そしてその隣に立つタルタリヤは、騎士団の制服こそ着ていないけれども見栄えはとても良い。つまりどこからどう見ても「お忍びのお嬢様と恋人の騎士」になる、のだけれど……訂正するのも面倒くさくなって、蛍は放っておくことにした。訂正して詮索されてはたまったもんじゃない。
     身近な人間以外にこうして面と向かって心配されるのは少し心地いい。兄はびっくりするくらいに心配性だけど、それがたまに鬱陶しく思うこともあって。正直言ってしまえば侍女や護衛騎士たちの心配も本心かはわからない。わがままな自覚はあった、それでもその寂しさを埋めてくれるタルタリヤのことを、蛍はほんの少しだけ好ましく思い始めていた。なにせ、この男はこれから運命共同体になるのだから。

    「それで? 姫様が街に降りてまで叶えたい願いは何?」
    「……お兄ちゃんの、誕生日プレゼントを探したくて」

     突き抜けるような青い空は春を連れてきている。庭先のプラムの花も蕾をつけていて、もうすぐ花盛りだ。確かに、この季節は双子の王子と姫の生誕祭がある。毎年国をあげて盛大にお祝いしているし、騎士団は毎年警護におおわらわだった。

    「今年は姫様の警護だけで良いと思うと楽だなぁ」
    「あなたに楽をさせるために騎士にしたんじゃないんだけど……」

     今までは会場全体が警護対象で常に気を張っていたけれど、専属騎士となった今では警護対象は主君である蛍のたった一人となった。
     「騎士団の激務からの解放だ」と喜びながら、今年齢14になる少女を見る。そう、まだ14歳なのだ。この小さな体で、柔らかな手で、騎士団の若手をバッタバッタと薙ぎ倒していったのだ。先日大聖堂で佩剣の儀をしたときはとてもじゃないが年相応には見えなかったが、こうして城を抜け出す素振りを見ているとただの少女に見えてくる。

    「姫様はどうして剣術を学んでいるの?」
    「……べつに、力があるのはいいことでしょ」
    「確かにね。でも、そのわりにはみんな姫様が強いって知らないから」
    「お父様が戒厳令を敷いているの。私も限られた場所でしか剣を握ることはできない」
    「可憐なお姫様が剣を振るなんてとんでもないって?」
    「王族は面倒臭いという意味なら、そうね」

     森を抜けて大きな公園へ出る。穏やかな昼下がりにはそれなりに人がいて、タルタリヤはほんの少し心臓が跳ねるのを自覚した。公道以外から出てくるいかにもな二人組は怪しいことこの上ない。
     けれど主君である蛍はなんてことないように振る舞いながら、タルタリヤの腕を引いて歩き出す。周りの探るような視線はすぐに霧散して、彼らは日常へと戻っていった。堂々としていれば、案外誰も気に留めないらしい。

    (……さては、いままでこうやって切り抜けてきたな)

     兄である空とは違って、蛍はあまり民草に知られていない。双子の妹姫がいることは知っていても、どのような顔立ちかまではあまり気にしていないのだろう。実際蛍に話しかける人はいないし、見まわした限りでは怪しい人間もいなかった。
     人気のない夜ならともかく、城下町の治安はいい方だということをタルタリヤは身を持って知っている。騎士団の巡回でも城下町では中々諍いは起きなかった。とはいえ最悪を想定するのが護衛というものだ。タルタリヤは蛍の少し後ろを歩くように自然に移動する。

    「男の人って何を貰ったら喜ぶの?」
    「可愛い姫様から貰えるものならなんでも」
    「そういうことが聞きたいんじゃない」

     主君からの質問に笑顔で答えれば、腹部に軽いパンチが飛んでくる。腰の入っていない腑抜けた拳はポスン、と間抜けな音を立てるだけだった。どうやらまだこれくらいの軽口は許されていないらしい。
     とはいえ、嘘は言っていない。兄という生き物はどうしたって妹という存在に弱いものだということを、タルタリヤは当事者として知っている。兄の誕生日に向けて健気にプレゼントを探す弟や妹は可愛らしいものなのだ。そう言ったところで、主君はそれを信じないだろうけれど。信じてもらうための信頼値が二人の間にはまだなかった。
     時計、ガラスペン、ブローチ、スカーフ。蛍はタルタリヤを連れ回しては「大人の意見」を聞いてくるものだから、タルタリヤも真面目に答えざるを得ない。とは言ってもタルタリヤと空──蛍は年齢が3つほど離れている。それだけ歳が離れていれば嗜好も違うのでは……と言いかけてやめた。それを言えば今度こそ本気の張り手が飛んでくる気がしたから。
     ならば、己が齢14だった頃のことを思い浮かべて──やめた。あの頃の己は国境に放り出されてすぐ、生きるために騎士の道を選ばざるをえなかった時のこと。欲しいものなんて思い浮かべている余裕はなかった。

    「あとはそうだなぁ、誰かから流行りのものを聞くとか」
    「流行り……」
    「心当たりが?」
    「うん」

     明確な目的もなくフラフラと歩いていた蛍は、急に目的地を目指して歩き始める。さっきまで目についた露店を冷やかすのはやめて、大通りを迷いなく歩き始めた。
     中央広場から東の通りへ。多くの店を通り過ぎて、一際大きな看板を掲げる二階建ての建物の前に辿り着く。掲示板にはたくさんの貼り紙が集まっていて、新商品入荷のお知らせや、ショーステージのタイムスケジュール、果ては探し猫のお知らせもあった。

    「『エンジェルズ・シェア』……?」

     吊るされた看板にはカクテルグラスの絵柄が描かれている。メニューを見なくてもわかる、この場所がどういう場所かだなんて!

    「昼間っから酒場に行く令嬢がいる!?」

     タルタリヤの止める声も虚しく、カランとベルを鳴らして蛍は店の中へと入っていく。慌ててそれを追いかけて、ドアを蹴り飛ばす勢いでタルタリヤは店の中へと飛び込んだ。

    「……はぁ、また君か。それにもう一人」

     バーカウンターに立つ麗人が二人を見てため息をつく。店内はカウンターに立つその人と、向かいのカウンター席に座るもう一人だけだった。
     赤い瞳と青い瞳がこちらを見る。招かれざる客を出迎えるように、カウンターに立つ男の赤が翳った。

    「こんにちは、ディルックさん」
    「こんにちはお嬢様。準備中クローズの看板が出ていたはずだが?」
    「今日はここにいるって知っていたから」

     勝手知ったる様子で主人がカウンターに腰掛けるのを見て、タルタリヤは静止しかけた手を止めた。「心当たり」としてやってきたこの店ならば、今日の目的地と言っても差し支えない。変に邪魔をして不興を買うのも嫌だし、この二人に害意があるとも思えなかった。
     街で流行りのものを教えてほしくて、と会話をし始めた二人を一歩後ろで見守る。それにしてもこのカウンター奥にいる男、どこかで見たことがあるような気がする。どこで見たのだったのかと記憶を探るタルタリヤに、同じように二人を見守っていた男が声を掛けた。

    「アンタが、姫さんの護衛?」
    「……そうだけど」
    「いやぁ、良かった。お目付け役がいれば、しばらくは抜け出したりしないだろう」

     一安心だな、と呟く男の様子にタルタリヤはため息を吐きかけた。バレてるじゃないか。お忍びがお忍びになっていないのなら意味がない。

    「そんなに、わかるもん?」
    「ん? あぁ……まあ、なんだ。俺たちは王宮にツテがあってね」
    「はぁ……」
    「俺はガイア。向こうの旦那、ディルックの……仕事仲間だ」
    「俺はタルタリヤ。先日付けで姫様の専属騎士になったばかりだ」

     よろしく、と差し出された手に応えて握手をする。手袋越しだが、その手が商人のものではないことはすぐにわかった。おおかた護衛だろうか、節くれだった指と手のひらには剣だこがいくつもある。となれば、カウンター奥のディルックという男はそれなりに名の知れた大商人だろう。だから見覚えがあるのかもしれない。

    「……なにか?」

     穴が開くほどに視線を送っていたからだろうか、気付いたディルックが澄ました顔で問いかけてくる。成程、姫様はこういった男が好みらしい。

    「……いや、どこかで見た顔だなと」
    「そうか、商売をしている家だから家族が会ったことがあるのかもしれないな」

     うまくはぐらかされてしまい、真意を確かめようとするがカウンターに腰掛ける男はひら、と手を振るだけ。ディルックはといえばそのまま蛍に袖を引かれて会話に戻ってしまう。

    (よくもまぁ、仲の良いことで)

     離宮に引き篭もりがちの蛍が兄以外の人間と一緒にいる姿はほとんど見たことがない。社交の場であればまた別かもしれないが、警備に駆り出されていたタルタリヤには知る由もなかった。
     なにせタルタリヤは市井について詳しくはない。王都に来てからは訓練と訓練に身を窶してばかりいたし、騎士団の人間に連れられて街に繰り出すことはあれどそこまで興味もなかったのだ。

    「気になるか?」
    「なにが?」
    「旦那とお姫さんの仲について」
    「……まあ。でも俺は姫様の騎士になったばかりだし。あの様子じゃ、姫様は結構な頻度でここに来ているんだろ」
    「ご明察。ま、姫様にとっちゃ俺たちは情報屋みたいなところなのさ。閉じ籠り姫様が市井を知るには、こういう伝手を使わなきゃな」

     だからといって護衛の一人もつけずに抜け出すのを止めはしなかったらしい。或いは国王にはとうに伝わっていて敢えて目を瞑っているとか──いや、それはない。だとしたら直属の騎士団であるタルタリヤたちに監視のための白羽の矢が立つはずだ。
     けれどガイアはにやにやと笑うだけで、確信犯だと気が付いた。咎めるように少し睨めつければ「おお怖い」と肩をすくめる。絶対にそう思ってない。

    「タルタリヤ、お待たせ」
    「……もう用事はいいの?」
    「うん、商人を手配してくれるって」
    「王宮に?」
    「うん」

     ほくほくとした顔で隣に戻ってくる主君の姿は知らないもので、チリ、と胸の奥が焦げる感覚がする。お姫様の姿しか知らないからこそ、普通の少女のような表情に驚く。同時に、こんな表情を向けられるように信頼されたいとも思った。下心ではない、決して。
     じゃあね、と二人に向けて手を振る主君に続いて会釈をする。カランと退店のベルが鳴って、二人はエンジェルズ・シェアから出発した。

    「……これで、満足した?」

     城を抜け出してから数時間は経っていた。そろそろ帰らないと、離宮のメイドたちにどやされる。というか、蛍のお忍び外出がバレる頃合いだろう。まるで最初からその予定でしたけど?という素振りをしたところで怒られるのは目に見えている。となれば、帰宅は早ければ早い方がいい。
     そのことは蛍もわかっているはずだ。けれど蛍は首を横に振って「まだ」と溢す。これ以上どこに向かうのかと思いもしたが、諦めて今日は付き合いきると決めることにした。


    ◇◇◇


     王城の外壁近く、周りを囲う森を歩いて少し。王家の墓所が近いため禁足地とされるその場所の近くをタルタリヤと蛍は歩いていた。
     そういえば己がこの国に来るきっかけになったのもこんな森だった気がする。犬に追いかけられて転がり込んだそこは、どうしてか見知らぬ土地だったけれど。
     街の喧騒を離れた森の中はとても静かだ。碌に整備されていない獣道を易々と歩く主君に続いて、足音だけが響く森の中をそれなりの時間歩いていた。そして歩き続けて数分、深く生い茂る森を抜ければ緑一色だった視界が一気に広がる。

    「壮観だな……」

     目も眩むような白と橙が視界を埋め尽くす。傾いてきた日差しが空を夕暮れに染め上げ、咲き誇る白を黄昏に染めていた。インテイワットの花が至る所で咲き乱れている。国花であるインテイワットは国のさまざまなところで見ることができるが、こんなに群生しているのはタルタリヤも初めて見た。

    「秘密の場所なの」

     少し開けた場所、花が咲いていない芝生に蛍が立ち止まる。ざぁと風が吹いて、彼女の髪を巻き上げた。白い花びらが一緒に舞い上がって、蛍の金糸の髪を飾る。そこでようやくタルタリヤは、主君の髪を彩る髪飾りがその花であることに気が付いたのだ。

    「姫様の秘密の場所に連れてきていただけるなんて、光栄だね」
    「そうでしょ。……ここはね、私とお兄ちゃんの秘密基地。城内じゃ全然会えないから、こうやって抜け出してよくここで遊んでいたの」

     花畑は禁足地の近くなのもあって、城からはほど近い場所なのだろう。よくよく見れば、森の少し奥から覗く塔は蛍の離宮にあるものと全く同じだった。
     今よりもずっと幼い二人が花畑で遊ぶ姿を想像する。きっと可愛らしい光景なのだろう。
     そんな経緯があれば、城を抜け出す姿も様になるというもの。そういえば先輩騎士であるダインスレイヴは、いつ空の専属騎士になったのだろう。その頃にはなっていたと信じたい。流石に護衛としていてほしい。

    「でも、それももう終わり。今日でここは見納め」
    「えー、どうして? せっかくこんなに綺麗な場所なのに」
    「お兄ちゃん、遊学に行っちゃうから」

     生誕祭が終われば蛍の兄である空は騎士を連れて諸国へ遊学に出てしまうのだと、貴族社会に疎いタルタリヤへ蛍は説明する。およそ四年という時間をかけて、第一王子はテイワット大陸を遊学して回るらしい。
     蛍は思い出ごとこの場所を封印すると決めた。そうやって箱に入れて、あるいは額縁に入れて、触れないものとして美しいままにすると決めたのだ。遊学から帰ってきた兄は、もう王になってしまう。そうなれば、もう蛍だけの空ではなくなるのだ。

    「じゃあ、本当は今日も殿下と一緒が良かったんだ?」

     その言葉に蛍の肩がぴくりと跳ねるたのを、タルタリヤは見逃さなかった。どうやら図星らしい。タルタリヤを振り返った蛍はどこか寂しげな表情でぽつりぽつりと話し始めた。

    「昔はお兄ちゃんとここでいっぱい遊べた。でも最近は会えなくて……ここで会うチャンスは、今日が最後だったのに」

     手紙を出していたのだという。ここで会えるようにと祈ったという。それでも、会えなかった。タルタリヤの横で寂しそうにしている蛍が何よりの証拠だった。

    「どうして会えなくなったの? 姫様たちは双子だろ」
    「……この国が水面下で二分化しているのは知っている?」
    「あー、なんとなく……。確か派閥とかって話だよね」

     それはタルタリヤが騎士団にいた頃に何度も聞いた話だ。この国の貴族には次期王位継承権を持つ第一王子派閥と、それを良しとしない第一王女派閥が存在するのだと。騎士団は国に、王家に剣を捧げる人々の集まりだ。言ってしまえば中立派。けれど貴族出身の同期や上司には、それなりに家のことで雁字搦めになる人間もいる。貴族って大変だなー、とその時のタルタリヤは呑気に他人事でいた。

    「お兄ちゃんが先に生まれたから、次の王位はお兄ちゃんのもの。私も王位に興味はないから、それで構わないんだけど……それじゃ都合の悪い人たちがいるの。その人たちが、私に王位をって動いている。水面下で争っている彼らが、私とお兄ちゃんを会わせないようにしているんだ」

     旗印と掲げる未来の主君の言葉を無視して、お互いの陣営のために主君の行動を邪魔している。そこに蛍や空の意思などないのだ。
     きな臭い話であることこの上ない。結局は主君が王となったときの権力のために動いているに過ぎず、忠誠心なんてものは欠片もないのだ。騎士の国と謳われたこのカーンルイアの臣下でありながら、そこにタルタリヤが憧れた忠義など見当たらなかった。

    「万が一私が王位を継ぐことになったとしても、それでもいい。でもそれが、お兄ちゃんが死んじゃった事で転がり落ちてきた王位なのは嫌。だからもしそんな未来になりかけた時、全部を『欲しい』って言えるような力が欲しかったの」

     夕焼けを背負って一人の少女が嘯く。言葉は宙に溶けてしまいそうなほどか細い。そこにいたのは苛烈な王女様でも、お手本のようなお姫様でもない。兄の静穏を祈る一人の幼い少女だった。

    「それが、姫様が『自分よりも強い奴を騎士にする』って息巻いていた理由?」
    「そう。見極める必要があった。誰が敵で、誰が味方か」

     あの日と同じ、強い意志を宿した琥珀の瞳。王たるインペリアルトパーズがタルタリヤを射抜く。いつだってまっすぐで、美しくて、彼女の心のようなそれが、夕焼けの光が反射して本物の宝石のように煌めいた。

    「確かに私は騎士なんて選び放題だけれど、その派閥から選ぶわけにもいかなかった。そうしてしまえば、継承権争いを肯定してしまうようで……火に油を注ぎたくもなかった」
    「まあ確かに俺には関係ないもんね」

     タルタリヤは言ってしまえば部外者だ。国境将軍であるスカークに拾われた、外の国の人間。権力争いからは一歩外れたとこにいるし、保護者であるスカーク自身も政争にはまったく興味を示さない。実際タルタリヤ自身も、そういった会話になった時は適当にはぐらかすばかりだった。だって実際、興味も関係もないのだし。
     だからこそ──まるで蛍が望む力こそが己であると肯定されたようで嬉しくて仕方ない。騎士になることができるか不安だった、砦にいた頃の自分が救われていく気がした。

    「……怒らないの? だって私、派閥を鑑みて貴方を選んだ。前に言った、保身を気にしないのも理由の一つだけれど……私は国のためじゃなくて自分の我儘で貴方を騎士に選んだ。残り物のように扱ったのに」

     無難の中から最高を選ばなければいけなかった蛍にとって、あの場で唯一自我を剥き出しにしていたタルタリヤは渡りに船だった。タルタリヤ以外、選択肢がなかった。選ばざるを得なかった。

    「なんで? それだって立派な選択じゃないか。俺は姫様に選ばれたことを誇りに思っている。誰よりもね」

     タルタリヤは己が「あまりもの」である自覚があった。なにせ異邦人、カーンルイアにおいて地位もない。そんな平民あがりの人間が、貴族の誰かを主に戴くことができるかなんて怪しい。とうの昔に騎士の在り方は形骸化されていた、それでもなお誰かを守る剣にならなければ師匠に殺される。本物の騎士にならなければいけない。焦りと不安の中で出会ったのが、蛍だったのだ。

    「……変なの。私は縋るような気持ちであなたを選んだっていうのに」

     傷付いた素振り一つ見せないタルタリヤを見て、蛍は思わず呆気に取られてしまった。橙を受けた蒼の瞳は中庭で会った時も、寮舎で剣を交えた時も、そして今この時も、純粋な瞳で蛍を見ている。幼い頃に将来の夢について話していた時の兄と同じ瞳だった。
     家族の元を離れてこの国に騎士としているタルタリヤの背景を、蛍はよく知らない。ただ己の最良の騎士の条件にタルタリヤが合致していたから、選んだだけに過ぎない。
     だからタルタリヤを騎士に選ぶことで、彼から家族という存在を奪っていないかとか、それなりに気にしていたのだけれど。何故って、蛍自身がタルタリヤを騎士に望む理由が他でもない蛍の家族のためだから。けれどそれも完全に杞憂だったらしい。なんだか気が抜けてしまって、蛍は芝生にへたり込んだ。

    (……力、抜けた)

     そうして花畑に腰掛ける蛍の隣に、同じように腰を落ち着ける。あたりに咲く花を適当に摘んで、兄想いの可愛いお姫様のためにタルタリヤは花冠を編み始めた。花弁を落とさないようにして、その軸に次々に結いていく。段々と花束が輪になっていくのを横目に見ながら、蛍は感心したように声を上げた。

    「器用ね」
    「妹がいたからね。それに俺の故郷は氷の国と呼ばれるけれど、年中雪が降っているわけでもないし。花だって咲くよ」

     タルタリヤの故郷のスネージナヤは雪原だが、全てが雪に包まれた場所ではない。場所や季節によっては雪が降らないところもある。そういったところには花が咲くのだ。一年のうち雪が降らない季節のときは、妹にせがまれて指輪や冠を花で編んでいた。

    「ねぇ、あなたは故郷に帰りたい?」
    「んー? んー、まあ、ここに来たばっかの頃はそう思っていたけど。やりたいことを見つけて、叶えたから」
    「やりたいこと?」
    「ハハっ 秘密だよ」

     騎士にならなければいけなかった。そうじゃなきゃ間諜の疑いで殺されてしまうから。生きるために騎士にならなくちゃいけなくて、だから騎士学校に入って、惰性で主人を待っていた。そこで運命に出会って、運命に選ばれた。この国で生きる意味を見つけて、与えられて、許されたのだ。
     生涯の果てを、この少女に定めたのだ。
     でもそれは、きっと生涯このお姫様には秘密。理由は簡単、恥ずかしいので。年下のご主人様には格好つけていたいのだ。

    「ほら、出来た」

     完成した花冠に、今日の旅程で手に入れたリボンも一緒に飾る。リボンの色はインテイワットの白の花弁に隠れたもう一枚の花弁と同じ、ベビーブルー。きっと蛍に似合うと思ったからこそ、タルタリヤはこの色を選んだ。タルタリヤからお忍びをしたがるお転婆な主君への、ささやかな誕生日プレゼント。
     リボンで飾られた花冠を持ち上げて、隣に座る蛍の頭へ載せた。

    「姫様が被るのが幸せな花嫁のヴェールなのか、茨の王冠かはわからない。でも、俺は姫様の剣だから最後まで一緒にいるよ。今日みたいに抜け出したい日は何も言わずに一緒に逃げて共犯者になってあげるし、殿下に言えないことがあるなら全部俺に吐き出せばいい」

     タルタリヤは立膝をついて蛍と目線を合わせる。インペリアルトパーズは変わらず煌めいていて、ずっと見ていたいくらいだった。

    「……生意気」

     王族である蛍は視線を浴びるのは慣れている。けれど謀略に満ちた王宮ではその視線は気持ち悪いもので、タルタリヤのような下心のない視線は中々慣れない。それに同じ位置に瞳があるのはなんだか新鮮で、蛍は照れ隠しにその視線を逸らした。

    「ハハっ! 良く言われるよ。ほら帰ろう、姫様」

     「お手をどうぞ」と手を差し伸べれば、蛍は片目を閉じてこちらを伺う。そうしてため息を吐いて仕方ないとばかりにタルタリヤの手を取った。
     ふわりと風が吹きつけて、花々の花弁が空へと巻き上がる。頭上の花冠が飛んで行かないように反対の手でそっと押さえて、蛍は真横に立つ騎士を見上げた。
     赤茶の髪、スッとした目元と人懐こい笑顔。外の国の人間のくせに、この国の誰よりも騎士に飢える男。騎士団きっての問題児、増やした規律は数知れず、ついた渾名は『狂犬』。蛍は主君としてこの男の手綱を握り、全ての命令に「御意はい
    と言わせなければならない。
     課題は未だ山積みだ、それでも一先ず「お互いを知る」というはじめの一歩を踏み出せただろう。
     そっと息を吐いて一安心する。けれど油断はできない。次なる目標は己の生誕パーティーでの騎士のお披露目。それまでにこの狂犬を立派な第一王女の専属騎士にしなければならないのだから。
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