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    yu__2020

    物書き。パラレル物。
    B級映画と軽い海外ドラマな雰囲気になったらいいな

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    yu__2020

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    とある街で怪異専門探偵事務所を営むアズと、押しかけ助手の双子の調査録。
    5話。ヴィ様の元に届いた不穏な荷物と吸血鬼と特訓したり過去の話が出たりあの子が出たり。パート3。
    ※アズが女体化してる。

    ##アーシェングロット探偵事務所怪異調査録

    銀幕のメトセラ 三話目特訓

     ヴィルの屋敷の一角には、それこそ家から出なくても全てのトレーニングが出来るとも言われるほどのトレーニング施設がある。一体いつの頃からか、少なくともアズールがそこにいた頃から、小規模なボールルームは存在していたが、更にグレードが上がっていた。
     手拍子の音と共にヒールの靴でまっすぐ歩くという訓練を、アズールはひいひい言いながらこなし、時折転びかけたりしながら練習を続けていた。
    「もっとしゃっきりしなさい! 内面から自信がにじみ出るように! 顎を引きなさい!」
    「あ、顎を引こうとすると足がもつれるんですよ!」
    「頭を使って歩いているからよ。まだ身体に歩き方が馴染んでないわね」
     二人の様子を、ジェイドとフロイドは壁に寄りかかって眺め、ルークはアシスタントのようにテキパキと動き回っていた。
    「はあ……、はあ……」
     休憩になり、靴を脱いでふらふらと部屋の隅に倒れ込んだアズールに、ジェイドとフロイドはお疲れ様、と労い、タオルで顔の汗を拭いてやり、水を渡して甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。
    「ちょっとそこの二人。甘やかしすぎよ。アズールが駄目になったらどうするのよ」
    「まさか、アズールですよ?」
    「そうそう。今回の特訓だって、ただで出来る! ってめっちゃ喜んでいたし」
    「ちょっと! そういう事は言わなくて良いんですよ!」
    「……相変わらずの強欲振りね。かえって安心したかも。あんなにとげとげしく他人に恩を売るなんてとか、背中を預けるなんて、みたいに言ってたくせに、同族を手元に置くなんてどういうことかと思ったけど」
    「勝手に二人が転がり込んできたんですよ」
    「そんな! 契約書まで交わしているのに勝手に、だなんて」
    「ひどーい傷ついちゃう」
     嘘泣きをして顔を覆うジェイドとフロイドに、アズールは思わず小突いて起き上がり、水ぶくれが出来た足を見下ろした。
    「とはいえ、以前の時のような絶望感は無いですね」
    「あの時は陸に上がってきて重力にも慣れてなかったし。そもそも、美しい歩行を最初に仕込んだのはあたしだもの。基礎がちゃんと出来ていれば、あとは靴への慣れがメインよ。ヒールのある靴は、重心の位置が通常の靴とは違うから、その辺を掴んでしまえばどうにかなるわ」
     ヴィルはそう言って腕を組み、でもねぇ、とため息をついた。
    「あんた、しばらく離れた間に歩き方の癖が変に出てるのよね……。そんなせかせかした歩き方、どこで覚えたのよ。講師のあたしのレベルが疑われるわ。後で元の姿に戻ったときには補講だからね」
    「ぼ、僕の歩き方のどこがおかしいんですか!」
    「全体的にせかせかせせこましいのよ! せっかくの顔と身体を無駄にしてるんじゃ無いわよ! ジェイド! あんたちょっと歩いてみなさい!」
    「は、僕、ですか」
     突然話を振られ、ジェイドは目を瞬いたが、すぐに頷いて立ち上がり、鏡の前に立って歩き出した。
    「そうそう。ジェイド、あんた一体どこで歩き方を覚えたの。歩幅も重心も見事な物よね」
    「フロイドも僕も、家族で陸に上がったときに自力で覚えたんですよ」
    「なるほどねぇ。フロイドは一見ふらふら所在ないふうに見えるけど、その実重心にブレは無いのよね。ふらふらしているのはあんただけよアズール」
    「ぐ、ううう……」
     立ち上がって靴を手にしてアズールは胸を反らし
    「良いでしょう。僕だって意地があります。完璧なダンスと歩行を見せて差し上げますよ」
    「ふん、その根性は相変わらずね。さあ、そうなら続きよ」
    「望むところですとも」
     ペタペタふらふら、鏡の前に立つアズールを、ジェイドとフロイドは手を振って見送り、指導の様子を眺めていた。
    「やあ二人とも。努力の君の様子はどうかな?」
     仕事で抜けていたのか、部屋に戻ってきたルークがジェイドとフロイドの側にやってきて、彼らに水を渡した。
    「パーティまでにはなんとかなると思いますよ。アズールですからね」
    「ていうかさ、ウミネコ君なんでアズールの事そうやって呼ぶの?」
     雪山でもそう言ってたよねー、とわずかに警戒するような顔をするフロイドに、ルークは理解しているような素振りで頷いて
    「ああ、以前別の用事であったときに、彼に助けられたんだけどねぇ。これが執念とも言える努力で。私も努力は惜しまない方だけどもね。彼のそれは本当に、人間ではなしえないなと。そういう彼だから、陸に一人で上がるという決断を下せたんだろうと思ったんだ。彼は私をあまり信用する様子は無かったし、まあ今もやはりそうなのだろうとは思っている。でも、それは差し置いても敬意を表すべきと思ってね」
     ジェイドとフロイドはお互い顔を見合わせてから、ルークに顔を向けた。
    「それ、そのまま伝えたりした?」
    「ああ、私は賞賛の声は惜しまないのでね!」
     輝くような笑顔を浮かべたルークに、ジェイドとフロイドは思わず苦笑いをして
    「アズールは……、混じり気の無く毒も無い賞賛はなかなか受け入れてくれないところがありますからねぇ。恥ずかしいというか、自己評価の問題か」
    「それは昔からなのかい?」
    「……ええ、そうだと思います。何しろ、僕達が一緒に遊ぼうと声をかけてもあの長い足で放り出されてしまいましたから」
    「なんと、意外にアグレッシブなんだね」
    「というか、元々めちゃくちゃ警戒心強かったし。蛸の人魚って個体数が少ない上に、生き物の蛸自体普通の魚とは違うからねぇ」
    「そうなのかい」
    「ええ、蛸の人魚は芸術家や学者になるような人も輩出していました。海で最も偉大な魔女も、蛸の人魚でしたからね。そういう種でしたから、やっかみや不気味に思う人魚も多かったようです。子供の頃よく狭い暗がりに潜っていたのを見てましたから」
    「まあ元々オレらはウツボだからさ、警戒されるのはある程度予想してたけど、他に対してもそんな感じだったからねぇ」
     フロイドはヒールに躓いて派手に転ぶアズールを眺めて肩をすくめた。
    「アズール君は陸に行くのに君たちを誘わなかったのかい? 随分仲が良かったように聞こえるけど」
    「ふふ、そう見えますか。いえ、一言も相談はありませんでした。あの頃は……そこまで仲が良かったわけでも無かったですし」
     わずかに眉を寄せるジェイドに、フロイドも同意するように頷いて
    「人魚は割と享楽的というか、まあ、その日暮らしみたいなところがあるしなぁ。先のこととかあんま考えないっていうか。オレもまあそうだけど。だから、先のこと考えて対策しようとか、陸に上がるなんて事、そうそう言える感じでも無かったし。言ってたアズールは学校とかでも変な奴扱いされていたし」
     フロイドの言葉にジェイドは頷いて、アズールの方に目をやった。
    「なるほど。色々あるんだね」
     何かを察したのか、偶々ヴィルに呼ばれたからか、ルークは二人から離れてヴィルの方に水とタオルを持って行き、残されたジェイドとフロイドは、壁に寄りかかったまま彼らを眺めていた。
    「……ねえジェイドさぁ」
    「はい」
    「もしオレたちが今みたいなさ、こういう感じだったら、アズールはオレらを誘ったと思う?」
     ジェイドは、珍しく言いよどんでから
    「さあ、どうでしょうね」
     と肩をすくめていた。


     歩行練習が終わり、アズールはあてがわれた部屋へ入ってベッドに倒れ込んだ。
    「アズール、まだ終わってないでしょう」
     着替えてください、と言われたアズールは顔をさびた機械のようにゆっくりと動かし
    「僕は寝ます」
     と呟いてクッションに埋もれた。普段ならば、それで一時間は遊べるが、今は流石に層も言っていられない。フロイドはアズールの肩を揺すり
    「だーめ。次は食事時の女の子っぽい仕草の練習ってベタちゃん……先輩が言ってたじゃん」
     ヴィルが懇意にしている芸能事務所から借りた衣装を何枚か取って、フロイドはどれにする? と問いかけた。ひらひらと心許ない布の群れを眺めて、アズールは適当な物を指さし、フロイドがジェイドに服を放り投げた。
    「さあアズール。着替えてください」
    「ちょっと休んでから」
    「駄目です。あなた今も船漕いでるじゃないですか。そのまま休憩したら本当に寝ますよ」
     ぐう、と呻いてのろのろと上半身を起こしたアズールはおもむろに着ていたスウェットを脱ぎ始め、ジェイドとフロイドはさりげなく視線を逸らした。
    「別に、そんなことする必要あります?」
     目を合わせない二人に、アズールはもぞもぞとワンピースを頭からかぶり、ジェイドがもたもたするアズールを手伝って頭と腕を通した。
    「一応、僕らもそういう体で対応する必要があるかと」
    「オレらがいつもと同じ対応してたらまずいって、言ってたじゃん」
    「まあそうですけど」
     ――どうにも、違和感が……あるな
     あまりベタベタとしてこない二人に、アズールはいやいや、と途中で気付いて
     ――それが普通!
     と思い直してから、意を決してベッドから降りた。
    「メイクと髪を少し弄りますね。フロイド、メイクのほうお願いします」
    「オッケー」
     椅子に座らされ、髪を櫛で梳かしてアップスタイルにまとめ上げるジェイドと、メイクをするフロイドにアズールは思わず眉を寄せた。
    「どこで覚えたんですか」
    「ベタちゃん先輩とウミネコ君。アズール、眉動かさないで。あと口少し開けて」
    「あー……」
     かぱっと口を開けるアズールの顎を固定し、フロイドは紅筆で丁寧に唇のラインにそって線を引いて、筆を走らせた。
    「……んー。こんな感じかな」
     フロイドはジェイドを呼んで、二人でアズールを見つめてから
    「ええ、良いと思います。さすがはフロイドですね」
    「でしょー。はい、アズール鏡」
    「ええ、はい」
     見慣れない自分の見た目に、アズールは若干薄目で鏡を見つめてから頷いて
    「相変わらず器用ですね」
    「後ろ髪は編み込みも足してクラシックな感じにしてみました」
    「……本当に器用ですね」
     鏡で後ろを写され、アズールはきっちりと作られた編み込みに呟いた。
    「では、食事ですね」
    「ええ、分かっています。まあ、食事で流石に歩行訓練よりもダメ出しをされることは無いでしょうけど」
    「どうかなぁ」
    「ですねぇ」
     ジェイドとフロイドはなんとも言えない顔をしたが、アズールはふふんと胸を張り
    「食事作法は完璧ですよ! まあ見てなさい!」
     と宣言をして食堂に入った。

    「全然駄目」
    「何故⁉」
     席についた瞬間、鋭い口調でダメ出しをしてきたヴィルに、思わずアズールは叫んだ。後ろではジェイドとフロイドが腹を押さえてうずくまっていた。笑いすぎて妙な音が出そうになるのを必死でこらえているのだが、アズールはまだ気付いていなかった。
    「まだ席に着いただけですよ⁉ 何がおかしいんですか!」
    「最初から何もかもよ! あんた、自分が今どういう人間として入ってきたの」
    「それは、普通に」
    「良い事アズール。あんたが実際にパーティ会場に行く場合、パーティ会場の扉の中から役を演じるわけではないのよ。そこは理解しているでしょうね」
    「勿論です」
    「なら、ドアを開ける前、つまり、パーティならば車のドアを開ける前から、その役を演じなきゃ駄目でしょう。車を降りようとしたところで男みたいに足を広げて降りるわけ?」
    「……う」
     思わず何も言えなくなって黙ったアズールに、ヴィルはもう一度やり直し、とドアを指さした。
    「アズール。事前に決めたあんたの設定は覚えてるでしょうね」
    「ええ。名前はアゼリア。年齢は十九。ヴィルさんのお母様のいとこの子供で、山の向こうの国から出て来て、パーティに行きたいとヴィルさんにお願いをして、一緒に来たという設定です」
     すらすらと答えるアズールに、ヴィルはよろしい、と頷いてから
    「そう。最低限の設定はね。で? アゼリア。貴方の好きな物は?」
    「え、それは勿論おか」
    「素が出ているでしょうが! どこにお金が好きって平然と答える十九歳のガキがいるの⁉ アゼリアという女の子の気持ちで答えないとすぐにぼろが出るじゃない」
     思わず叫ぶヴィルに、耐えきれずにジェイドとフロイドが吹き出して壁に向かってずるずるとへたり込んだ。
    「そこ! 笑いすぎですよ⁉」
    「いや、だって……お、お金……ぐ……っ」
    「お金が好きって、答えるアズー……、いやアゼリアすげー良い笑顔で……っ、お、面白すぎて腹痛い」
     ひいひいとそのまま呼吸困難にでもなりそうな勢いのジェイドとフロイドに、アズールは顔を赤くして二人に掴みかかろうと立ち上がった。
    「アゼリア? どこに行くのかしら?」
     ぱん、と手を叩いて座りなさい、と微笑むヴィルに、思わずアズールは顔を引きつらせて思わず呟いた。
    「お、お母様……」
    「誰がお母様よはっ倒すわよ? ヴィルと呼ぶか、お兄様でしょ」
     にや、と意地悪そうな笑みを浮かべるヴィルに、アズールはいつもの負けず嫌いが顔を出し、拳を握りしめた。
     ――こんな事でこの僕が負けっぱなしになってやる物か
     アズールは、すうっと息を吐いて顔を上げてヴィルを見上げ
    「はい、お兄様」
     とにこやかに微笑んだ。
    「そうこなくちゃ、面白くないわ。さあ、入るところからもう一度よアゼリア!」
     どこか嬉しいのか、あるいは楽しいのか、ヴィルは明るい表情で答えた。


     パーティ会場とその周辺の地図を画面に映し、リドルは手元の紙を見ながら説明をした。
    「テネーブルの広報担当と話が付いた。彼らの警備担当とも今調整をしている所だ。詳細はこれからだが、パーティの会場は中央区にあるホテル・ルッツの三階。フロア図で言うなら、この中央階段を上がった左側の部屋だね」
    「かなり広いホールですね」
    「ええ、それこそ俳優に音楽家、作家やら何やらありとあらゆる著名人が集まるわよ。勿論、テネーブルが招待した人たちばかり」
    「招待客のリストはこちらで確認して一人ずつ身辺を調査中だ。だが、その話の感じでは恐らく何か出てくるかというと望みは薄いだろうね」
     リドルはそう言って画面を変え
    「こちらは現時点で考えている警備の体制だ。ここから大きく変わることは無いと思うが……。見ての通り、僕やデュースは招待客に紛れてフロアに。万が一犯人が何もしないで逃走する場合を考えて、出入り口には特殊部隊を待機させている。ルーク・ハント、君は元々ヴィルの付き人だから彼の側。それと、ジェイドとフロイドも、アズールから適当な場所に配置してかまわないと聞いている」
     ジェイドとフロイドは頷いて
    「はい、僕達もそう聞いています」
    「それで俺達はどこにいれば良いの?」
    「フロイドはBチームと一緒に行動してくれ。このチームはカウンター周りの給仕として張り込んでいる。ジェイドはCチーム。フロア内を給仕として自由に移動して見て回る役割だ」
    「なるほど、それぞれ的確な配置ですね。さすがはリドルさん」
     ジェイドは感心したように頷き、フロイドはふーんと若干興味なさげに画面に目をやった。
    「まあ、アズールがいるからやるけどさぁ」
     制服やだなぁ、と露骨に嫌そうな顔をするフロイドに、リドルはしょうが無いだろう、と眉をひそめた。彼は説明は他に無いかを確認するように書類に目をやってから
    「今のところ、話は以上だ。他に何か質問は?」
    「話とはあまり関係無いですが、捜査の方はどうなっているか、アズールが気にしていました」
     ジェイドの問いに、リドルは苦虫をかみつぶしたような顔をしてから
    「アズールが? まあ、良いけど。えーっと、包装紙やリボンは量販店で大量に出回っている物で、この街の中で購入した人間を全部洗い出すのはほぼ不可能だった。頭蓋骨の方は、情報提供のあったダリアス・クレイグ氏の物で間違いが無いことをが確認された。死因は撲殺ではないかというのが検視官の見解だ。加工された頭蓋骨の後ろ頭にわずかにヒビが入っていたそうだ。ただ、加工段階であらかた削られたんじゃないか、という話だったな。だから、身体の方にあった胸の杭は殺されてから穴を開けられたのが確定だ」
    「頭の方をヴィルさんへ送ったと言う事は、身体の方、杭で胸を打ったのはヴィルさんへ何かメッセージだった訳では無いんですね」
    「ああ、恐らくだが……練習台、だったのじゃないかな」
    「あー……。確かに普通やったことの無い人間があんな物で人に穴開けるなんて一発じゃ無理だもんね」
    「そうだね。心臓は大事な器官だ。だから肋骨と筋肉という何重にも重なったガードがあるし、杭を一発で心臓の位置に、しかも肋骨の合間を探って打ち込むなんて、私でも出来る気がしないな。元々吸血鬼映画とかでも、大体寝ているところを打ち抜いているだろう」
    「ああ、全く。正気とは思えない」
     リドルは首を振って、ゆっくりと部屋の中のルーク達に目をやった。
    「……ところで、アズールと、ヴィルがいないのは何故だい?」
    「ええ、それは先ほども言いましたが、ヴィルさんとアズールはボールルームで特訓中です」
    「特訓……何の?」
     嫌な予感がしていたが、リドルは型どおり、聞かなければと頭を押さえながら問いかけた。
    「はい、完璧な女性の仕草の特訓です」
    「……やっぱり意味が分からないよ」
     リドルは急に疲れが出て来た気がして、思わず頭を抱えていた。

    「あら、確か……リドル警部、だったかしら?」
    「ああ、お邪魔しています」
     リドルはボールルームに顔を出して、ヴィルに軽く会釈をしてから、何という顔をすれば良いのか分からないままアズールの方に目をやった。
    「……で、そっちはどうなんだい」
    「……」
     リドルは、多分アズールかなーという少女をもう一度眺め、デュースは何も知らない僕は何も知らない、と天井に視線を向けた。魔法という物の滅茶苦茶さに思わず頭が痛くなってきた。
    「ふふふ、どうですか皆さん。見事な物でしょう?」
     高いヒールの音をさせながらアズールは胸を張り、優雅に腰を折った。
    「素晴らしいですねアズール。ほんの少し前まですぐに地面に転がっていたとは思えません」
    「頑張ったねぇアズール」
     手を叩くジェイドとフロイドに、アズールは得意げになってそうでしょう! と答え
    「どうにか当日までには間に合いそうですね。あとは当日の警備の方ですが」
    「それはさっき説明したよ。どうにも、手を尽くしているがこのままだとパーティ会場で相手を待つしか無いようだ」
    「まあ、しょうがないわね。相手も相当に慎重みたいだし。あれから、あたしも仕事で何度か外に出てみたけど、少し前まであった細かい事故みたいな物がここの所ぱったりやんでいるのよね」
    「そうらしいね。犯人がここの所の被害について色々確認を取ったのが警戒させ閉まったのか」
     ルークは若干申し訳なさそうに首を振ったが、リドルは考えるように俯いて
    「いや、それはどうだろう。そもそもあの頭蓋骨を送るタイミングで既に犯行予告をしたような物だ。となると、その日まで犯人は尻尾を出すようなことをしたら危険だ。そこからたどられて一番大事な犯行が失敗してしまうからね」
    「……ああ、だから大人しくしている、と言う事かな」
    「ああ。そういう事例は案外多い。ただ、問題が一つある。この手の事件だと、場合によっては……」
     リドルの言葉を遮るように室内に電話の音が鳴り響き、思わず全員顔を見合わせた。
    「ああ、あたしのね。ちょっと失礼するわ」
     ピアノの上に置いていたスマホを手に、ヴィルは窓辺に移動して電話の向こうの相手と会話を始めた。
     最初は穏やかな話しぶりだったそれは、徐々にイライラと、最後にはなんですって⁉ と声が漏れ、その場の全員が思わずヴィルに注視した。
    「……ヴィル、どうしたんだい?」
     ルークが電話を終えたヴィルに近づくと、彼は深々とため息をついて
    「……例の犯人が、マスコミにパーティ会場であたしを殺すって予告を出したらしいわ」
    「何だって? そんな連絡僕の所には……」
     間を置かずリドルのスマホが鳴り、彼は何かブツブツと悪態をついてからボールルームから外に出た。
    「……丁度今来たみたいですね。しかし、そういう方向に持って行きましたか」
    「らしいわね。今、メールで内容を送ると言っていたわ」
     ヴィルはそう言って、着信音が鳴ったスマホを見下ろし、アズール達が見えるようにスマホの画面を向けた。
    「……告発……。ヴィル・シェーンハイトは人間では無い……」
    「神の鉄槌を下すべき……か。なんとも」
    「一番なって欲しくないパターンになってきたよ」
     部屋に戻ってきたリドルは、肩を怒らせ大股で歩いてくると
    「……こういうタイプの犯罪で起こるのが、このマスコミへの犯行予告だ。正直、なってほしくないと思っていたんだけど……。デュース、今のうちに僕達は一度署に戻ろう」
    「あ、はいわかりました!」
     リドルの声に背中を伸ばして走り寄ってデュースに
    「君は今後ここに来るときは私服だ。制服だと目立ってマスコミが追い回すかもしれないからね」
    「あ、そ、そうですね。分かりました」
     リドルはヴィル達に向き直り
    「僕達は一度署に戻って、マスコミ対策をしなくてはならない。こんな事になったら、どうあってもパーティの警備はやらなければいけないし」
    「ええ、わかったわ」
    「また作戦が確定したら改めて説明しよう。では」
     立ち去るリドル達を見送ろうと外に目をやったルークは、小さくため息をついてカーテンを下ろした。
    「……外にもうパパラッチがいますね」
    「うわ、マジか」
     ジェイドとフロイドがそろりと窓の外に目をやり、
    「困ったわね。あと明日辺りまだ仕事で外にでないとなんだけど」
    「それはまずいね……っと、ヴィル、また電話のようだよ」
     ルークの声に、ヴィルははあ? と思わずピアノの上のスマホに目をやり、う、と呻いた。
    「ヴィルさん? どうしました?」
    「……いや、ああもう……何なのよ一体」
     珍しく狼狽えているヴィルに、ルークは苦笑いをして様子を見守った。
    「なんです?」
    「ああ、ヴィルの……うん、友人、かな?」
    「違うわよ」
     鋭い声でヴィルはルークの台詞を否定して、電話に出た。苦笑い、とも取れるルークの表情に珍しく、アズール達はヴィルの方に目をやった。
    「ヴィー君! テレビ見たよ! 大丈夫⁉」
     よく通る青年、だろう声がスマホのスピーカー部から、アズール達にも届く勢いで響いた。思わず目が点になったアズール達に、ヴィルが苦々しげな顔をしながら
    「大丈夫よ。騒ぐほどのことじゃないわ。電話ありがと。じゃ」
    「えええ! だって最近お仕事でも全然顔合わせてないのに!」
    「……そりゃ、貴方とあたしじゃ元々の分野が違うでしょう」
    「そんなー、僕、てっきり今回の役も受けると思ってたから楽しみにしててたのに」
     音だけでもしょげ返っているのが分かる相手の声に、ヴィルは観念したのか
    「……この問題が落ち着いたらいろいろ考えているわよ……」
     とぽつっと呟いて電話を切った。向こう側では何か盛んにまだ声がしていたが、ヴィルは気にしないでスマホをピアノの上に置いて、深い深いため息をついた。
    「ヴィルは相変わらず彼が苦手なんだね」
    「……五月蠅いわね」
     ルークを睨んだヴィルに、アズールは珍しい物を見た、という顔で
    「どなたなんですかヴィルさん」
     と、問いかけた。
    「……知り合い」
    「いや、それはそうで無いと電話は出来ないと思うのですが」
    「彼はネージュ・リュバンシェだよ」
    「ああ、聞いたことはあります」
    「テレビのCMとかに出ているのを見たことがありますね」
     アズールとジェイドの言葉に、ヴィルはため息をついて
    「少し前からやけに仕事で顔合わせるようになったんだけど、なんか知らないけどやけに馴れ馴れしいというか……」
    「懐かれてるって事ー? 良いじゃん別に」
    「苦手なのよああいうタイプ……。あたしの性質的に、あまり深入りされても困るし」
     嫌だ嫌だと首を振ったヴィルは、気持ちを切り替えるため深呼吸してからアズールに向き直った。
    「あたしの話は終わり! さあ、特訓再開よ」
     ヴィルは高らかに宣言して、力強く手を叩いた。
    「ジェイドとフロイド、ダンスの相手役を順番にしなさい。あたしも含めれば、タイプが違うから合わせられるようになればある程度の人間のステップに対応可能な筈よ」
    「はい先生」
     異議あり、と手を上げたアズールに、ヴィルは指さし
    「何? どうでも良い事だったら物差しで叩くわよ」
    「……いえ、あの。元の僕の身長ならまあなんとかなるでしょうけど。今のこの二人と踊れる気がしないです」
     ヴィルはアズールとジェイドとフロイドを順番に眺めてから
    「大丈夫よ。それくらいならなんとかなるわ」
     多分、と小さく付け加えたような気がして、アズールは思わず
    「いや、今多分って、多分って言いましたよね⁉」
    「大丈夫ですよアズール。貴方が転びそうになっても僕は上手く出来ますから。ええ、貴方がうっかりでも」
    「オレもアズールほど足もつれることないし、大丈夫だってぇ」
     にやぁ、と面白がる二人の言葉に、アズールは思わずかちんと来て
    「上等じゃないですか! 華麗に決めて見せますとも! ……あと、僕が足もつれるのは足が減ったからであって! お前達は足が増えたから僕とは全然」
    「はいはい、じゃあルーク、音楽流す準備を」
    「ちょっと待ってくださいヴィルさんこの二人にまずは所長である僕の」
    「良いからさっさと踊りなさい」
     無情なヴィルの言葉に合わせて、ルークが朗らかな顔で音楽をスタートさせた。


     メトセラ

     一生で、というとひどく長く感じるから、ある所から演じた人間事に一生を区切ることにした。
     それは今の、ヴィルという名前で活動する前、人の世代で言うなら三世代ほど昔だった。
     ヴィルジール、と名乗った彼は、花の都でも有名な俳優となって、当時もそこそこ人気になっていた。王侯貴族からも、身分違いと馬鹿にしておきながら彼の芝居にはこっそり見に来て手紙を託してきたりもしていた。
    「ヴィー! 聞いてくれ!」
     興奮したように、あの時親交のあった男から呼び止められた。何かと言えば、映像を撮るカメラを手に入れ、ついでに面白い事を思いついたからと思い立ってきたのだと言う。映写機の映像は見かけたことがあったが、魔性であるヴィルからすると、その仕組みの方が魔法のように見えたもので、興味はあったからつい話に乗っていた。
    「今、お芝居をこれに収めて、他の地域にも見せて回るという構想があるんだ」
     夢想家ではあったが、それを実現させるための行動力と、資金力、辺りの人間を引き込む力を持った面白い男だった。その時も、単純に面白い話をしていると、ヴィルは友人のよしみで聞いてやっていた。
    「面白い話だね」
    「そうだろう。こういうのは設備のある都会だけでしか見られないからね。今は。移動の劇団やサーカスというのは、娯楽の提供者としてありがたいところなんだが……。常に歓迎されるわけでも無いだろう?」
    「そうね。よそ者にくれてやる食べ物も無いような所だと、殆ど娯楽なんて……」
     ヴィルは黙って映写機の方に目をやった。旅一座、サーカス、旅する占い師達が、自分のような存在と疑われて焼かれ、沈められた事を思い返し、ヴィルはため息をついた。
    「成功するといいね」
    「ああ、それで、まずはカメラの扱いに慣れたくて! ヴィー! 今君がやっている舞台、試しに撮ってみても良いだろうか」
    「駄目」
    「即答、いっそ清々しいね。君くらいだよそんなこと言うの……」
    「君こそ、あた……私を気味悪がらないでよく付き合っている物だね」
    「ん? 君が人間じゃ無いと言っている輩か。なるほど。まあこのご時世、色々な事を思う人も居るだろうね。迷信深いのも、ある種人間が独り立ちするようになったから、と考えるとそれもまああり得ることだ」
    「独り立ち?」
    「ああ、だって神にずっと祈っていれば良いと思っていたんだぞ。我々の先祖は。それが科学の力で自分たちで歩くのだから、それはもう独り立ちだろう。僕らも独り立ちする時が来たんだよ」
    「なるほどねぇ。偶にまともなことを言うね」
    「偶に……」
     肩を落とした彼に、自分が出ている舞台は撮ることは駄目だがと条件を付けて、ヴィルは彼の願いを当時の劇場の館長に相談はした。
     その後、彼が実際に何かを撮影したのかは分からなかった。ただ、ヴィルの過去の姿について、分かるとしたら恐らくその頃の物だろう。
     ベッドに腰掛け、ヴィルは記憶をたどりながらため息をついた。サーブしていた最低限必要な血液を、パックから少し飲み、気力が少し戻るのを感じる。
     ――別に、血である必要は無いんだけど
     ようは人間の生命力が力になるという話なのだが、循環する物、命がある証拠として、血はやはり象徴ではあった。
     今なら、犯人をプレゼントにあったかすかな痕跡で追いかけて、終わりにする事も出来るかもしれない。ふと思ったが、ヴィルは首を振ってベッドに潜り込んだ。
     人の世界にいる限りは、人のように振る舞うと自分に課したのだ。
     夜は正直寝る時間では無いけれど、これも仕方が無い。
     ガタガタと屋敷のどこかが騒がしいが、ヴィルは思わず頭を押さえて、結局そのまま寝ることにした。
     あの三人の面倒くさい成り行きを、一々どうにかしてやるほど自分は暇でもない。
     ――というか、自分でなんとかしなさいよねアズール……
     彼のあの、全方位への頑なさに、ヴィルはどうしようもない、とため息をついた。


     特訓期間中、アズールはずっと姿を変えた状態だった。
     理由は実に単純で、くだらない物ではあった。
    「……はあ」
    「まだ怒ってんのー?」
     フロイドはふくれっ面をしてベッドに転がっているアズールの足をマッサージしながら、様子を伺うように問いかけた。
    「でも、毎日身体を戻すのはどうかと思いますよ。ヴィルさんも身体に相当負荷が掛かるから止めた方が良いと言っていたし」
    「そうですけど、だからといって解除薬を落として割った事はチャラに出来ないでしょう! 作るの大変なのに!」
    「だからぁ、ごめんってばぁ」
     アズールの横に寝転んで、見るからにしょげた目つきでフロイドはアズールを覗き込む。
    「全く……なんですその顔」
     軽くフロイドの額を小突いて、アズールは顔を上げる。
    「会場の方の警備についてはルークさんの方にメールが届いていました。警備員と警察の警備の最終的な配置と、パーティの予定も一通り入手できました。明日目を通してください」
     ジェイドがベッドの反対側に座り、ぐったりしているアズールを見下ろした。
    「明日? 大丈夫なの?」
    「明日は一日休みと、ヴィルさんに言われましたので。彼もパーティに行くための準備がありますし」
    「まあ、ここの所ずっと特訓ばかりでしたしね」
     二人はベッドから降り、アズールは思わず起き上がって呼び止めた。
    「ちょっとどこに行くんです?」
    「どこって、部屋」
     当たり前の事実に、アズールは何故かむっとしてベッドの上にあぐらを掻いて腕を組んだ。
    「お前達、普段はあんなに僕が言っても出て行かないじゃないですか」
     どういうつもりだと、詰め寄るアズールにジェイドとフロイドは思わずええ……と顔を引きつらせた。
    「だって、それは……」
    「アズール、今はほら」
    「……見た目が違うとお前達はそうやって態度を変えるわけですか。ふーん。分かりました。お前達が僕のベッドを使わない、良い方法が分かったという物です」
     胸を張って高笑いでもしそうなアズールに、ジェイドとフロイドはどうしたものかと考えた。
    「だって今のアズール、ちっちゃくて潰しそうだしさぁ」
    「別にそう変わらないでしょうが」
    「んー、でもどこも柔らかいので骨も弱いのではと思うと……。いつも注意はしていますが」
    「弱かったらとうに転んでるときに折れているでしょう。本当に……」
     黙りこむアズールを、二人はお互い目配せし合って、小さくため息をついた。ベッドにそれぞれ腰掛けてアズールに手を伸ばす。
    「なんです? 僕もう寝ますよ」
     しっしと手を振るアズールに、二人は思わず笑みを浮かべて顔を寄せ
    「そうだねぇ。今日も頑張ったもんね」
    「電気を消しますね」
     ジェイドは明かりを消して、暗い中をベッドに戻ってきてアズールの横に横になった。
    「え、あれ」
    「さみしがり屋なアズールのために、いっしょに寝てあげますとも」
    「そうそう。お休みアズール」
     腕で押さえ込まれ、アズールはそのままずるずるとベッドに横になり、あれ? と首をかしげた。
     どうしてこういう展開になったんだ?
     思い返しても、何故自分が出て行く二人を引き留めたのかが全く分からず、幾分自分の言動に混乱したまま、アズールは天井を見上げていた。
     ――なぜ?
     自問自答しても答えは出ないまま、アズールは結局特訓の疲れで、そのまま眠り始めていた。


    +++++++++++++++++++++
    いよいよミステリーの振りもしなくなっている
    アズはちっちゃくなったことでなんか更に蛸壺感が増して熟睡できてしまってしばらくへにょっとなってたかもしれない。
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