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    hoshigame6

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    信州ifつづき

    信州のおみやげ ようやく家に帰ってきたきた頃には、外はもう真っ暗だった。
     ふらふらとした足取りで、なんとかベッドまで辿り着くと、知里佳はそのまま倒れ込んでしまった。
    「……つかれた」
     ぽつりと呟く。呟いたら、また涙が出てきてしまった。
     今日は、学科の二つ上の先輩と長野までドライブをしてきた。彼は新歓飲みの頃から、端っこでジュースを飲んでいた知里佳にも優しく声をかけてきてくれて、その後もなにかと構内ですれ違っては構ってくれる人だった。
     元々引っ込み思案なこともあり、クラスなどもない大学ではどうやって友達を作っていいのかも分からず、あまり話し相手もいない知里佳にとって、ありがたい存在だった。留学をこの先考えているとなにかの拍子に話をした時、自分も以前考えて資料とかも取り寄せたからいろいろ教えてあげるよと言われた。せっかくだし、ちょっと遠出もしない? 俺、車出すからさ。ーー留学の話は聞きたかったし、なにより優しい先輩だったから、少し悩んで知里佳は「はい」と頷いた。男の人にあまりいい記憶はないが、この人なら大丈夫かなと思った。
     ドライブはそれなりに楽しかった。あまり勉強の話はできず、先輩のサークルの話とか、友達が彼女とどうとか、先輩の仕事がどうとか、そんな話ばかりだったけれど、運転してもらっているのだし、知里佳は自分から上手く話せる気もしなかったし、景色は綺麗だったし、まあそういうものかなと思った。
     有名な寺に、観光に寄った。階段が長くて登るのが大変だったけれど、景色がきれいで心地よかった。
     手を不意に握られた時には驚いた。先輩は当たり前って顔をしてたから、当たり前なのかなと、振り解くことはできなかった。
     でも、そのあと境内に入る手前の茂みに引っ張り寄せられてキスされそうになったときは、思わず突き放してしまった。抱き寄せられた時、お尻を触られたのにもぞわっとした。
     知里佳が拒否すると、先輩は大きなため息をついていろいろと言ってきた。なんだか、すごく嫌なことを言われた。そして最後は、「もうしんね」と一人で車に戻って行ってしまった。「待ってください」と言うと、「なに、やっぱホテルでも行く?」と嫌らしい顔をされたから固まってしまった。先輩はそのまま一人で下に降り、私は階段から乗ってきた車が出ていくのをぼんやりと眺め、へたりこんでしまった。
     そのとき、声をかけてくれたのが彼だった。
     驚いた。見知らぬ人なのに、すごく親切にしてくれた。飲み物まで買ってきてくれて、ちゃんとしてない自分が申し訳なくて、なによりそんなに酷い様子に見えたのかなと情けなかった。
     彼は身体が大きくて、迫力があるのに、不思議と怖くなかった。たぶん、怖がらないように優しい雰囲氣を作ってくれていたんだなと今なら思う。
     男の人で嫌な思いをしたばかりの私に、精一杯の誠意を示して友達と車に乗せてくれた。友達という人たちも、みんないい人達だった。明るくて、優しくて。素敵な人の周りには、素敵な人が集まるのだなと思った。女の子もいたから、そのうち一人はもしかしたら彼女なのかも。
     駅まで乗せてもらって、駅ではおすすめのお土産をたくさん教えてもらった。知里佳が甘いものだと知ると、りんごのスティックパイを包んだ焼き菓子を買って持たせてくれた。「地元から帰るときは、楽しかったって気持ちでいてほしいから」と、メガネの奥の目を少し微笑ませて言ってくれた。帰りの新幹線の中でかじったアップルパイは、甘くて疲れ切った身体にしみた。
    (もう……会うこともないんだろうけど)
     彼は信州の大学に通っている。自分は都内。どうあったって、そうそう会う機会なんてないだろう。なにせ、たった数時間を偶然過ごしただけの仲だ。その間に話したのも、彼の友人たちとの方が多かった気がする。
     それでも最初、途方に暮れていた知里佳に優しく声をかけてくれたのは彼だった。
     別れ際、「一応心配だから、帰ったら一言送って」と連絡先を交換してくれた。どこまで親切なんだろうと、少し驚いてしまった。ほんの少し心が躍るくらいには、その気遣いが嬉しかった。
     メッセージアプリを立ち上げる。

     無事帰ることができました。
     今日は本当にありがとうございました。
     すごく助かりました。
     アップルパイ、とても美味しかったです。

     なんてつまらない文章しか打てないんだろうと、自分のコミュニケーション力のなさに絶望する。
    (本当に、送っていいんだよね……?)
     もしかして単なる社交辞令で、送ったら迷惑だったらどうしようという思いまでがよぎり始める。いや、それなら最初から連絡先交換なんて言い出さないだろうし……。
     ぐるぐる頭の中で迷った挙句、どうせもう会わないんだし、と思い切って送信ボタンを押す。
     細い細い糸のような繋がりを伝って、メッセージが飛んでいく。
     そこで知里佳は力尽きて、スマホをベッドの上に放った。化粧を落とさなきゃ、と思いながらうつらうつらと眠気の海に沈んでいく。
     眠りに落ちる直前に思い出したのは、自分を支え起こしてくれた、大きな手のひらの感触だった。
     
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