カラオケキスはゲロの味カラオケキスはゲロの味
「おいトールマン!カラオケ行こうぜ」
そんな気安い声かけで誘われたカナリア隊の飲み会にカブルーは付き合っている。
初っ端からミスルンがかっ飛ばしており、国歌斉唱から始まった。
「カナリア隊、起立!」
「おいまじかよ、この曲18分あんだぜ?割り込みしねえ?」
「国歌長すぎだよね〜歌ってる間にトールマンが寿命迎えるって」
「いやそこまでではないですけど……」
「お前たち、起立して斉唱なさい!」
なぜかカブルーも歌わされた。なまじ知っていたために18分間つきあわされる羽目になった。
順繰りにカラオケが進んでいく中、いつの間にか、レモンサワーのピッチャーとビールのピッチャーが空になっていた。
横を見ると案の定ぐびぐびと許容量もわからないまま飲んでいるミスルンがいる。
「飲み過ぎですよ……!」
「へいきだ」
「酒クッサ……!絶対吐きます絶対吐くからトイレに行きましょう。今すぐ」
「だいじょうぶだ。だいじょうぶだ」
「2回言うあたり全然大丈夫じゃないから言ってるんです……!」
「おー、トールマン隊長の世話よろしくな」
「はいはい!」
部屋から数本持ってきていた綺麗なおしぼりを幼児のスタイのようにする。ミスルンが着ている服はいかにも上等で、ゲロまみれになったらクリーニング代に幾らかかるか想像もつかない。
便座をあげ、便器の前に顔を近づけさせてもしゃっくりのような音ばかりが聞こえてくる。
「すみません。ちょっと指いれます」
「ぐ、ぇっぉ……ッ」
小さな口の喉奥に指を突っ込む。
呼吸に気をつけながらしばらくかき回していると、えづいてきたので手を離し、背中を支えた。
吐瀉物が雪崩のようにミスルンの口から溢れ出してくる。この体のどこに収まっていたのか不思議になる。ほとんどが水分とはいえだ。
「げほっ、げほっ……」
「もう出ませんか」
「う、ん」
「なら、口をゆすぎましょう」
さり気なく口をぬぐい、服に飛び散った吐瀉物を拭きながら洗面台へ導く。
ごろごろ、と水で口を洗い吐き出すのを何度か繰り返させた。再度口をぬぐう。
カブルーはミスルンを上から下まで見た。顔がずいぶんと赤いのと目つきのおぼつかないのと以外は問題がなさそうに見える。
自身の足で立っているし、もつれていることもない。崩れ落ちることもなさそうだ。
そのあたり、酔ってもこの人は軍属の特殊部隊隊長なのだと思わされる。
あらゆる場面に対応した特殊訓練がなされているのだろう。
「大丈夫そうですね。部屋に戻ってソフトドリンクでも飲みましょう。もうお酒は駄目ですよ」
「カブルー」
「は、い……っ」
キスだった。胸ぐらをつかまれて、唇が合わさった。
……ゲロの味がした。
「カブルー」
甘えるような声音で、頭をこすりつけられる。
ゲロを味わわされても愛しいと思ってしまうくらいカブルーはミスルンに参っている。
「ミスルンさん」
「うん」
「とりあえずこれをよく噛んで飲み込んでください」
常備しているブレスケアを数個わたして食べさせた。少しはマシになるだろう。
ゲロとミックスされてなんとも言えないものになる可能性もあったが。
「カブルー……」
再度甘えたような声が聞こえた。キスを強請られているのだと思った。
いつもこうならかわいいものを、と思いつつ、カブルーはミスルンにキスをした。
やはり、というべきか。ミントの爽やかな香りにゲロが混じったいいようもしれない匂いがした。
「げー!お前よくゲロしたあとちゅーできんな!くっせー!ゲロゲロ〜」
「隊長って恋人に対してはそんな感じなんだ〜意外〜」
気づけばフレキとリシオンが携帯端末のカメラを向けながらトイレの扉から顔を出していた。
撮影されていたのがわかると、一気に気恥ずかしさやら情なさやらがカブルーをおそった。
「俺だってしたくてしてるわけじゃないですから!」
「私としたくないのか」
「物事には!タイミングが!あるんです!とりあえずその撮影データは消してくださいね!」
「いやこんなおもしろいもん消すわけねーって」
フレキは素早く部屋まで走り去る。リシオンもその後を追って戻っていく。
「ああ、もう……」
「困るか」
「困るというか、恥ずかしいというか……」
「ならば消させよう」
ミスルンはつかつかとしっかりした足どりで部屋へ向かう。
ばん!と豪快にあけるとフレキに近寄る。
「先程の動画及び画像データをすべて消せ」
「ほんの冗談じゃないすか〜もちろん消しますよ〜」
フレキは携帯端末を操作し、ほら、とミスルンに見せつける。その後ろからカブルーが声をかけた。
「クラウド上にあるもの、SNSや共有サービスにアップしたものもすべてですよ」
「げ」
「こういうものは自動でバックアップが取られます。他にもSNSサービスやデータ共有サービス上でやり取りされている可能性が高いでしょう」
「そういうものがあるのか。ではのちほどフレキの携帯端末とインターネットアクセス履歴と個人端末内の情報を確認してみよう」
「えぇっ?!」
「お前たちの端末情報は常に管理され離反の意や問題のある言動がないか監視されている。私がお前の携帯端末及びインターネット履歴の閲覧、第三者とのやり取り、個人端末情報を見ることは職権上なんの問題もない」
「え、まじ?」
「お前のSNSアカウントを全て消して現在の私用端末をPHSに変えることも可能だ」
「ぴ、ぴっち…?!」
「ポケベルでもいいが?選ばせてやろうか」
「消します消しますぜんっっっっぶ消します本当に消しますもう消しました!ほら!ね?ね?だからPHSはご勘弁を〜」
「わかればいい」
先ほどまでゲロを吐いてキスを懇願していたとは思えない表情で、ミスルンはカブルーの横に着席した。
ブレスケアのおかげか表立ったゲロくささはない。
ドタバタしていたが、次の曲が流れ始めるとパッタドルが恥ずかしそうに流行りの曲を歌い始めた。エルフだけあって、歌はうまい。
ミスルンはしばらく歌声を聞いていたが、指をゆっくり絡めて、カブルーの耳元へ口を寄せ、呟いた。
「さきほどので、我慢ができるか」
やっぱりこの人はまだ酔ってるいるのかも。
酒でしたたかに酔ったセックスにいい思い出はない。そう思いつつ、この人とのセックスに比重が傾いた。カブルーがミスルンの手をとって部屋を出る際に、
「会計はすませておく」
と、ミスルンが部屋に声がけすると、カナリアの面々は各々目を丸くしたり面白そうに笑った。
夜の街がまぶしく光っている。
人工的で、ひとの欲望をかき立てる色をしている。
ミスルンはゲロを吐いて子どものように駄々をこねたことなど忘れたように平然としている。
「この辺のホテルは、詳しくないんですが」
「お前でも知らないことはあるか。色男」
「ありますよ。なんだと思っているんです」
「駅直結のシティホテルでいいだろう」
「いや、おれあんな高いところ泊まれませんって。ふつうの大学生なんですから」
外資系企業の中でもラグジュアリーが売りのトップホテルだ。当日泊でダブルなら、ふつうのラブホテルとは桁がひとつふたつ違う。
「金なら心配するな」
「いやそういうことじゃなくて……まあ、いいか。じゃお願いします……」
ミスルンは携帯端末を取り出して、予約の電話をしている。
「ケレンシルのミスルンだ。スイート一室、今から行く」
「は?!」
「行くぞ」
説明を求める言葉は消えて、諦念と期待に変わる。こうなったら、初スイートの分、思いきりセックスしてやろうと。
後日、その部屋が一泊百万以上すると聞き、カブルーは金銭感覚の違いによる恋人の破局率という論文を至極真面目に読むことになった。