指先の魔法「とっておきの手品をお見せしましょう」
そう言われ、和仁(なぎと)は困って口を噤んでしまった。自身の抱えるハンディキャップについて、乱歩が知らないはずもないと思ったからだ。
「あの……でも、僕は……」
言いかけた和仁の唇に、そっと乱歩の人差し指が添えられた。
「!」
「おっと……失礼致しました。無礼講ということで、お許しを」
「は、はい」
再び距離をとって、乱歩は和仁の手を握る。
「ご心配には及びません。ワタクシを信じてください」
「それは……もちろんです」
「ありがとうございます。では、始めましょう」
乱歩がポケットを探り、何かを取り出す。手のひらの上に、柔らかいものが載せられるのがわかった。
「どうぞ、ご自由に触ってみてください。これが何か、わかりますか?」
「はい……ボールが、1つ……ですね。ふかふかしてます」
「では、それをしっかりと握っていてください」
和仁の右手に、手袋で覆われた手が重ねられた。その手に導かれるまま、手の中のボールを握り込む。
「このボールに、ワタクシが魔法を掛けますよ……一、二、」
ぱちん──と指が鳴らされる。が、特に変化は感じられなかった。何かが変わったのだろうか、と和仁は首を傾げる。
「さあ、手を開いてみてください」
言われたとおりに握った手を緩めると──
「あ、あれ? えっ?」
手の中から、ひとつ、ふたつ、みっつ。ボールが転がり落ちた。何が起きたのか理解できず、和仁は目をぱちくりとさせる。
手の中にあったボールが1つだったのは間違いない。それが、なぜか3つに増えていた。
「わあっ……す、すごい……!」
目を丸くする和仁の反応を見て、乱歩は満足そうに微笑んで、今度はハンカチとスプーンを取り出す。
「これで終わりではございませんよ。さあ、もう一度お手を拝借致します」
手に持っているスプーンがいとも容易く曲がる、握ったロープが突然切れたり繋がったりする、袋の中身の重さが変わる──そのどれもが初めての驚きで、和仁はひとつひとつに感嘆の声をあげた。乱歩が手品を嗜むことは知っていたが、実際に体験すると、その面白さと不思議さに心が踊る。
すっかり興奮した様子の和仁に、乱歩は目を細めた。
「フフ、楽しんで頂けましたか?」
「はい……とっても!」
「それはよかった。アナタのそのお顔が、ワタクシにとってなによりのお代でございます」
主役は乱歩であるはずなのに、逆に自分が喜ばされてしまった。和仁は、ほんの少しだけ罪悪感を覚える。
(……あ、でも、春夫先生が仰ってたな)
──「江戸川は、人を楽しませるとき一番いきいきしてる気がするな」
つまりそれが、乱歩の望みであって、一番の贈り物になるのだろうか?
乱歩は、人が驚いたり喜んだりする顔が好きなのだと、和仁は理解していた。だから、乱歩の「贈り物」を受け取れば、彼は喜ぶ。たとえあべこべであったとしても、喜んでくれるのならば、それでいいのではないだろうか?
そうして、思い至る。これがきっと、このひとなりの感謝の表現なのだ、と。
「乱歩先生」
「はい。なんでしょう」
「お誕生日、おめでとうございます」
乱歩は瞠目し、そうしてどこか照れくさそうに、やわらかな笑みを返した。