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    FuzzyTheory1625

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    FuzzyTheory1625

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    バッドに入ってるアドラー

    鬱っぽいラプラス本部の夜は、冷たく静かだった。空調が低く唸る音と、遠くで機械が作業を続ける規則正しい音が、静寂の底に小さく波紋のように広がっている。

    きっかけは些細なことだった。業務用のコンソールを囲んで、冗談交じりに肩をぶつけ合って、いつものように口喧嘩をして、そして——そのまま、不意にハグをした。

    それは、どちらが先に手を伸ばしたのかも曖昧なほど、唐突なもので。だが確かに、その瞬間、互いの距離は、今までになく近かった。

    「……なんだよ、この体温のなさ。」

    アドラーは小さくつぶやいた。無意識に、ウルリッヒの胸のあたりに顔を寄せていた。額が触れ、耳が密着するほどに。

    ぴたり、と密着した義体の奥から聞こえてくるのは、人間の持つ心臓の鼓動ではなかった。

    低く、回転するモーター音。
    圧をかけて流体を送る、規則的なポンプの駆動音。

    そこには、“生きている”と感じられるような温もりも、どくんどくんと皮膚を打つ鼓動もなかった。

    ただ、精密機械としての”生命維持”が、冷たく静かに機能しているだけだった。

    「……」

    アドラーは息を殺すように、耳を離さないまままぶたを閉じた。

    (ああ、そうだったな)

    何を今さら、と自嘲のように思う。
    義体のことは知っていた。ウルリッヒが人間でないことも、意識覚醒者であることも。
    最初から、知っていた。

    だがこうして——こうして触れて、音を聞いて、改めて思い知らされる。

    (やっぱり、こいつは……“あっち側”の存在なんだ)

    自分は人間だ。
    神秘学も、神秘術も使えない。
    どれだけ理論に食らいつこうと、実践の門は開かれない。
    限界がある。生物として、遺伝子として、ただの”人間”なのだ。

    (オレは、こいつと同じ場所には……立てねぇ)

    ふと湧き上がる、理屈じゃない感情があった。

    醜い嫉妬。
    悲しい焦り。
    埋められない距離を認識した絶望。

    ウルリッヒの寿命は、明らかに長い。
    自分より遥かに。
    理論上、アドラーが年老いて、死に至るそのときも、ウルリッヒはほとんど変わらぬまま、生き続ける。

    けれど——皮肉にも、ウルリッヒの行動は、いつもその寿命と正反対だ。
    危険に突っ込み、ストームの真理を解き明かそうとし、必要とあらば自らの命すら差し出す。
    何度も、あいつの命の灯が揺らぐところを見てきた。

    (……結局、どっちが先に死ぬかなんて、分かんねぇんだよ)

    “一緒に”なんて、できる保証はどこにもない。

    「アドラー?」

    ふいに、ウルリッヒの声が落ちてきた。
    音に籠もった柔らかな磁性流体が、頭上でわずかに揺れる。

    その感触が、アドラーの思考を引き戻す。
    気がつけば、ウルリッヒの指が、自分の髪にそっと触れていた。

    繊細な手袋を外した義体の指が、まるで壊れものに触れるように、優しくアドラーの髪を梳いてくる。
    あの無機質な音のする体が、今はやけに、あたたかく感じられるのが癪だった。

    「どうしたんだい? キミ、すごく静かじゃないか。」
    「……なんでもねぇよ。」
    「嘘だね。」

    やけに断言するその声音に、少しだけ苛立って、少しだけ泣きたくなる。
    だがアドラーはそれを声に出さない。ただ静かに、目を伏せる。

    (なんでお前は、そんな顔でこっちを見るんだ)

    何も知らないくせに。
    何も感じてないくせに。
    お前は、永く生きて、俺を忘れて、ある日ぽつんと笑っているんじゃないか。

    アドラーの喉の奥がひゅっと鳴る。
    声にならない思いが積もっていく。

    ウルリッヒは、何も言わないまま、ただ優しく、指先を繰り返し髪へ滑らせていた。
    心臓のない義体の胸に抱かれながら、それでもアドラーの鼓動だけが、苦しげに、叫ぶように響いていた。




    §




    そのまましばらく、ふたりの間に言葉はなかった。

    ウルリッヒの義体の手が、静かにアドラーの髪を撫でるたび、鉄と静電気の匂いが鼻をくすぐる。冷たいはずの金属の指先が、何故だかぬくもりに似た感触を残していくのが悔しかった。

    「……なあ」

    唐突に、アドラーが口を開いた。
    声は少し掠れていた。自分でも、情けないと思うような響きだった。

    「おまえってさ、本当に、なんかずるいよな。」
    「……え?」

    ウルリッヒの返答は、いつも通りの無垢な問い返しだった。
    彼には、悪意も打算も、きっとない。
    ただ、自分の心情が読み取れないだけだ。…あるいは、読み取れすぎて、気づかないふりをしているのかもしれない。

    「なんでも持ってんじゃん、お前。頭も良いし、身体も強いし……そのうえ、死なねぇし。」

    アドラーはそう言いながら、義体の胸に額を押し当てる。
    耳の奥でモーター音が回り続けていた。
    生の音じゃない。血が巡る音じゃない。ただの、機械の動作音。なのに、やけに近くて、やけに遠かった。

    「俺なんてただの人間だ。神秘学の理論は覚えられても、使えやしねぇ。ストームにも適応できない。身体能力だって人並みだし……おまけに、寿命もおまえよりずっと短い」
    「……」

    ウルリッヒは、ただ静かにアドラーを抱きしめたまま、何も言わなかった。

    その沈黙が、優しさなのか、それとも理解できないだけなのか——アドラーには、もう分からなかった。

    「……おまえが死ぬなら、それは勝手だって思えるけどよ。もし、俺が先に死んだら……」

    そこで言葉が詰まった。
    喉が焼けるように熱くなって、唇が震える。

    「おまえは、きっと何も変わらねぇんだろうなって、思うとさ。……なんか、たまんねぇんだよ。」

    それは、悲しみだったのか。
    悔しさだったのか。
    それとも、自分だけが“生きている”ということへの恐れだったのか。

    その全部だったのかもしれない。

    ウルリッヒは、ようやく動いた。
    少しだけ腕に力を込めて、アドラーの身体を引き寄せた。
    義体の胸が、冷たい機械音を立てながらも、包み込むようにアドラーを支えていた。

    「アドラー。ボクは……キミのことを大切に思ってるよ。」
    「……ああ、知ってるよ。」
    「キミが生きてる限り、ボクはキミの隣にいるし、キミが望むなら、ずっと守る。もし、キミがいなくなったら……きっとボクは、とても悲しいと思う。」
    「“思う”、かよ。」

    皮肉げに笑ったアドラーに、ウルリッヒはすこしだけ困ったような表情を見せた。

    「ボクの感情は、ホルモンによるものじゃない。定義も、反応も、キミたちと違う。それでもね……キミを抱きしめると、少し胸が苦しい気がする。たぶん、それが“悲しみ”ってやつなんじゃないかと思ってる。」

    アドラーはゆっくりと顔を上げた。

    照明の下、ウルリッヒのヘッドタンクは相変わらず飄々としていて、中では磁性流体がうようよと動き続けていた。

    (……なんだよ、それ)

    思わず涙がこぼれそうになって、慌ててまぶたを閉じる。
    ウルリッヒの腕は、何も変わらず、ただ優しくアドラーの背を撫でていた。

    埋まらない。
    どうやったって、埋まらない隙間だ。
    けれど——今だけは、それでもよかった。

    せめてこの夜くらいは、音のしない心臓の前で、ただ静かに“ぬくもり”を偽装していたかった。
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    FuzzyTheory1625

    DOODLEpixivにある原語版のニュアンスや表現を一切拾わずに和訳した。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24412915
    公平な情報格差を味わってください。
    シュガーレスコーヒーアドラー・ホフマンは薄暗いラボの隅で、黒いロングコートの襟を無造作に掴みながら、カップから立ち上る湯気をぼんやりと眺めていた。

    「……また、苦ぇのを淹れやがって……」

    そうぼやきつつも、手元のマグを離さないあたり、文句を言いつつも味自体は気に入っているのが見え見えだった。カップの縁に唇を寄せ、ひと口だけ含むと、独特の深みと酸味が舌に広がる。

    「はぁ……相変わらず、濃すぎるんだよ……」

    アドラーは眉をひそめたが、口元にはかすかに満足げな表情が浮かんでいた。

    「そんなにボクの淹れたコーヒーが気に入ったのかい? アドラー。」

    不意に、柔らかく響く声が背後から降ってきた。

    「チッ……いつの間に……」

    アドラーは視線だけで振り向き、そこには銀色の短いジャケットを羽織ったウルリッヒが立っていた。義体の細身のラインは無駄がなく、白いツナギが彼の身体にぴったりと張り付いている。だが、目を引くのはその頭上――形を絶えず変える磁性流体が、揺らめきながら感情を映し出していた。
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