会いたい気持ち会える…………、会える、会える!!
抑えきれない逸る気持ちを少しでも鎮めようとするが、自然と足が速くなってしまう。
冷静になろうとしても気持ちは高揚してしまう。
今日のことをジェシカに伝えた際も
「そんなに嬉しいならさっさと自分から会いに行けばよかったのに」と呆れられるほどだった。
自覚はなかったが、そんなに表情に出てしまっていたのだろうか……シーフとして情けない。
今はそんなことよりも、早く港へ向かいたい。
サルタンの街を走り抜け港へ着くと、フォルセナの国旗を掲げた軍船が目に入る。
その船の貨物付近、部下だろうか……指示を出す見慣れたが、久しぶりに目にした仲間の姿を確認する。
早くそこに向かいたい気持ちをここは理性で押さえて、何度か大きく深呼吸をする。
鼓動が早い。
緊張なのか興奮なのかわからないが、手が少し震えている。
『落ち着け……落ち着けよ……俺……』
外は砂漠を照りつける太陽の光で暑いのに、指先が少し冷たい。
……よし、行こう。
すっ……とスイッチを入れ、その仲間のところへゆっくりと向かう。
「……デュラン!」
ホークアイが呼ぶと、手を止めてその声の方へ顔を向ける。
「おお、わざわざ来てくれたのか、ホークアイ」
穏やかな表情を向けられ、ホークアイの心臓がギュッとなる。
変わってないなぁ。見たかったその笑顔。
抱きつきたい、もっと話したい。
それらの感情を全部抑えて、全力で「いつも通り」を演じる。
「手紙をもらっておいて、来ませんでしたなんて、そこまで俺、薄情じゃないんですけど? 隊長さんの姿も見てみたかったしね」
手の平を上に向け、冗談混じりに答えてしまう。
「お前相変わらずだなぁ……まあでも、元気そうで安心したぜ」
眉をひそめ、小さくため息を吐いたデュランだったが、変わらない仲間の様子に安堵した様子で答えていた。
「隊長! 少しお時間よろしいでしょうか!」
部下らしい男が、デュランに声をかける。
「ああ、今そっちへ行く!」
答えると、デュランはホークアイの肩を叩き、手を振った。
「会えてよかったぜ、またな! ホークアイ!」
「……え?」
デュランが部下に付き添われて、船内に向かって行ってしまうのを、ホークアイはただ茫然と見送るしかなかった。
数ヶ月ぶりの再会は、こうして呆気なく終わってしまったのだった。
マナの剣をめぐる戦いから数ヶ月が経ち、3人の勇者はそれぞれの故郷へ戻り、各々の生活を送っていた。マナの減少による生活の変化は著しく、しばらく慌ただしい日々を過ごしていた、そんな折、珍しく手紙を頼まれたと、ニキータから受け取ったその内容は、デュランからの手紙だった。
そこには、自分が今小さな部隊の隊長をしているということ、自分の家族のこと、フォルセナの今の状況など、淡泊かつ端的にデュランらしい内容で書かれていた。
その最後、いつ受け取るかわからないけどと前置きがあった上で、今度環境調査のために「そこ」に行くと書かれていた。〇〇の刻、サルタン港到着予定、と。
その手紙を読み返して、ホークアイは大きくため息をついた。
そこまでしっかり書かれてしまっていたら、会いに来てくれと言っているのと同じだろ、とホークアイは思っていたが、どうやら向こうは違っていたらしい。
懐にその手紙をしまうと、さらに奥の貨物の陰に隠れ、デュランの姿が確認できる場所まで移動をし、船内を観察する。
100人前後くらいだろうか。そこまで大きな船舶ではなかったので、短期滞在なのだろう。荷の数も少ない。武装はしているが、そこまで重装備ではない。マナが減少したとはいえ、まだ沖ではモンスターが出るのだろう。おそらくその対策だ。
『って、そうじゃないだろ俺』
隠密行動の如く観察してしまっていたが、目的はそれではない。
そっけなく別れてしまった後、このまま真っ直ぐに帰る気になれず、思わずデュランを追いかけてしまったわけだが……
確かにこれでは、フォルセナ船を偵察にきたナバール兵の図式が成り立ってしまう。
この状況が見つかりでもしたら、自分の立場はもちろんのこと、国交問題になってしまうだろう。
ジェシカに申し訳が立たなすぎてしまう。
物陰からちらっ、とデュランの様子を見る。
さらに少し逞しくなったのだろうか……体格が一回り大きくなったように感じる。先ほど会った時も思ったが、態度も大人びたように感じた。立場がそうさせているのかもしれないが、物言いが変わるだけで印象はだいぶ違って見えた。部下と話している姿も様になっている。
『……まあ、こっちも元気な姿だけ見られただけでよしとするか……』
一応、恋人同士なんだけどなぁ……という言葉は飲み込んで、気づかれないよう身を屈ませる。
その際、腰のナイフが箱に当たりわずかな金属音が出た。
「誰かいるのか!」
フォルセナ兵の声が聞こえてくる。
さすが強国の兵士、しっかり訓練されている。
足元の小石を指で弾き、反対側でこつんと音を響かせると、そちらへ兵士たちが移動していく音が聞こえた
『少し落ち着いたらいくか……』
その中、明らかに確実にこちらに向かってくる足音が聞こえる。
しまった……とりわけ優秀な奴が居たか……
どう言い訳するか思考を巡らせ、ホークアイは息を潜める。
近づいてくる足音に、はっとすると、ホークアイは外をちらっと見る
この足音は……
「……何してんの、お前」
呆れ顔のデュランがホークアイを覗き込んで見ていた。
「……かくれんぼ?」
「もっと広いとこでやってくれないか」
大きなため息を吐いたデュランの元へ、数人の兵士がやってくる。
「隊長、何かありましたか?」
「ああ、ネコだネコ。迷い込んでいたみたいだ。こっちはもう大丈夫だから、君たちは先に行っててくれ」
デュランが言うと、兵士たちは敬礼し奥へと去っていった。
「誰がネコだよ……」
「似たようなもんだろ」
デュランが笑って言うと、人が居なくなったことを確認してホークアイを引っ張りだす。
「で、ホークアイさんは、なぜ危険な真似までしてここにいたんでしょうか?」
腕を組み、少し強めに問いかけてくる。
「怒ってるよなぁ……」
「怒っちゃいないが、呆れてるよ。らしくねーなって」
普段なら、慎重に物事を判断し、その責任が自分がだけなら無茶をするが、大きな問題になりそうな場合は冷静になるホークアイが、単身でここにいるというのが不自然で、デュランも少し困惑していた。
「ナバール関係ってわけじゃないってことはわかるが……何しにきたんだ?」
「あーーー言わなきゃダメだ……よな」
デュランは無言で、視線を泳がすホークアイを見つめている。
少し下に視線を落として、右手で左腕を押さえ、ぽつりとように口を開いた。
「もう………だけ、……に………かったから……」
あまりにも小さな声だったので、ところどころしか聞き取れなかった。
「きこえねーって、もう少し大きな声で……」
デュランが手を伸ばすと、その手から逃げるようにするりと体制を変え、いつの間にか反対側へ移動している。
「本当、なんでもないから……! ちょっとだけ軍船って言うのが気になっただけさ、迷惑かけて悪かったな! 仕事がんばれよ! じゃあな!」
「おい! まてホークアイ!」
デュランが何か言いかけていたが、振り向くのが怖かった。
少し先のデッキまで走り抜け、そのまま飛び降りて港を駆け抜け、脇目もふらずに街の入り口まで逃げるように出てきた。
歩みを止め、呼吸を整えようとするが、目尻が熱くなってくる。
「ちょっと……浮かれすぎたな……」
楽しみにしていたのが自分だけだったのかと思うと、なんとも言えない空虚感が体の中を埋め尽くすようだった。
目から何か暖かいものが流れた気がしたが、汗だと思うことにして、乱暴に手で拭ってそのまま街を後にした。
「そんなに落ち込むなら、ちゃんと話してくればよかったじゃない?」
自室の机に突っ伏しているホークアイを仁王立ちで見下ろしているジェシカが、呆れた声で話しかけた。
「……落ち込んではいない……」
気力なく答えるホークアイに、大きくため息をついた。
あれから、ホークアイは逃げるようにナバールへ戻ってきており、他の団員の前では普通に振る舞っているものの、明らかに負のオーラを纏っているホークアイに尋問したジェシカは、理由を聞いて呆れていた。
「ナバールのシーフも落ちぶれたものねぇ、欲しいものを手に入れ損ねるなんて」
「……なんとでも言っててくれ……」
嫌味にも全く反応を示さない。
ここまで重症かと、ジェシカは再び大きく息を吐く。
そんなやり取りの中、部屋をノックする音が聞こえる。
「ジェシカさん、アニキ、お客様ですにゃ」
ニキータがひょこっと顔を出して2人に声をかける
「ああ、やっときたのね」
ジェシカは来客が誰かわかっているようで、肩をすくめた。
「ホークアイ、あなたのお客さんよ」
「は? やだよ……今、誰とも会いたくねーって……」
「じゃあ後悔しても私しらないからね」
ジェシカの言葉に顔をゆっくりとあげる。
一体こんな時に誰なんだ……とドアを見やると、ニキータに連れられ、見慣れた姿の男が部屋に入ってくる。
「よお、ホークアイ」
「デュラン!? なんで、お前ナバールに……」
甲冑ではなく、だいぶ軽装になっているデュランが、手を挙げて挨拶をしてきた。
唖然としているホークアイの反応を見たデュランは、何かを確信したのかじっとジェシカを見た。
「……ジェシカさん、やっぱりホークアイに何も言ってなかったのかよ……」
「あら、だって手紙にはナバールにくるしか書いていなかったもの、伝える義務は私には無いでしょ?」
「公文書にそんなこと書けるわけねぇだろ」
「じゃあ、ちゃんとホークアイ宛の手紙に確実なことを伝えなかったあなたのせいじゃない」
「そんな私信の手紙に公なことが書けるかって……」
のらりくらりと、ああいえばこう言うところは……まるでホークアイのようで、確かにこいつは妹だなとデュランは心の中で呟いた。
状況が飲み込めていないホークアイは、口を開けたままその2人のやりとりを交互に見ている。
「まだ公になってないが、フォルセナがナバールへ何か支援ができないか、視察も兼ねて数日ナバールに滞在することになったんだ。いくつかの国はまだナバールに対して不信感があるから、俺の部隊が数日休暇になったからその間に、表向きは俺が友人に会いにきたってことにしてな……対外担当にはちゃんと伝えていたんだがな……」
対外担当……ジェシカをじっと見てデュランがホークアイへ伝えた。
腕を組んだジェシカは少しむっとした表情をしたまま、その視線を睨み返す
「うちの宝、ナバールの鷹の目を奪った人をまだ許していないんだから」
「……まだ言うのかよ、それ」
デュランが大きくため息をついた。
「ナバールはほとんど来客なんてないから、客室なんてないわよ、ホークアイ、この人ここでいいかしら?」
ジェシカが部屋の下を指さしてホークアイに尋ねる。自室に泊めろと言っているのだ。
二人のやりとりを聞いていたホークアイは、突然名前を呼ばれ小さくうなずく事しかできなかった。
「話し合いは明日よ、それまではのんびりしていてくださいね、デュラン様」
スカートのすそを持ち上げ、令嬢のように挨拶をして外に出ていくジェシカを見送って、デュランはもう一度ため息を吐いた。
「あーゆー、冗談なのか本気なのかわかりにくい物言いは、お前らやっぱり兄妹って感じだな……」
自分の部屋にデュランがいるという光景が不自然で、未だ状況が飲み込めていないが、二人きりになってようやく実感が湧いてきた。
実感が湧いてきたと同時に、鼓動が早くなり、顔が熱くなってくるのも感じてしまう。
デュランから顔を背け、顔を見られないようにする。
『……やばい、嬉しすぎる…………』
外に音が漏れ出てるのではないかと思うくらい、心臓が大きく音を立てている。
「ホークアイ」
デュランに呼ばれたその名前は、先ほどまでの乱暴な言い方とははっきりと違い、優しさと甘さが込められている。
小さく息を吐き、顔を向けると、顔を真っ赤にして両手を差し出しているデュランが立っている。
「ん」
こっちにこいと、呼ばれている。
ふらふらと吸い込まれるようにその腕に体を預けると、デュランが力強くそのホークアイの体を抱きしめる。
「……昨日はごめんな……会いたかったよ、ホークアイ」
デュランの鼓動が聞こえてくる。おそらく自分の鼓動も聞こえているのだろう。
会いたかったと思っていたのが自分だけじゃなかったと、安堵したホークアイはデュランの腰のあたりを抱きしめ、体を預けるように抱きつき返す。
「……俺も、会いた……かった……」
小さく、ぽつりと、けれどもはっきりと聞き取れる声で答えると、顔をあげたデュランが嬉しそうに微笑んでいた。
「昨日、変な形で逃げられたから、嫌だったのかと思っていたぜ」
「……いや、こっちこそ迷惑かけて……すまなかった……」
まだ顔を直視できず、視線を少し下に落としてホークアイが続ける
「もう少しだけ、一緒にいたかったから……思わず入り込んでしまった……迂闊なことをしたと思っている……ごめん」
「そうか、昨日はきてくれてありがとな」
下を向いているホークアイの顔をこちらに向かせ、デュランが親指でその唇を優しくなぞる。
視線は変わらず下を向いたままだ。
「……キスしていいか」
デュランの問いかけに、視線を合わせ、そのまま静かに目を閉じる。
触れ合うだけのキスをして、互いに顔を離したが、デュランがさらに顔を赤くして、抱きしめる手に力を入れる。
「ちょ、ちょっとまて! これ以上は今はダメだって!」
なんとか両腕を使って、デュランを引き離し拘束を解くと、不満そうなデュランの顔が目に入る。
「……少しくらいいいじゃねえか」
「キスしただろ! それで今は我慢しな!」
数ヶ月ぶりのキスは、あまりにも気持ちが良すぎて、自分でもよく抑えられたと高鳴る心臓をホークアイは抑えた。
こちらだって、抱きしめたかったしそういうこともずっとしたいと思っている。
不貞腐れながら、自分が持ってきた荷物を整理し始めたデュランを見て、ホークアイは小さく笑った。
「……何笑ってんだよ……」
「いや、なんでもない。安心しただけだよ」
そのデュランの頬にキスをして、素直に優しく微笑みかける。
「ようこそ、ナバールへ」