異国の踊り子1、21
マナの消失は著しく、日を追うごとに人々もそれを感じ始め、それでも国を盛り上げようといつからか始まった「豊穣祭」が今年もフォルセナで行われようとしていた。
他の国々と比べ、幾分かマナの影響がまだ深刻ではないフォルセナに頼り始める国もあり、今年はその流れからか各国のさまざまな楽団や芸団が招待され、見たこともないほど華やかな祭りになりそうだった。
その後、順調に経験を詰んだデュランは、現在は王側近の衛兵の一人である。本日の任務としてアルテナからの招待客である次期王女を出迎えるべく、国門に出向いていた。
その間も、着々と外国の一団が入国を済ませるため、検問を行っている様子が目に入る。
そのうちの一団、煌びやかな装飾と、ここでは見慣れない薄手の布を幾重にも体に纏い、刺繍がふんだんに施されたショールで顔を隠し、神秘的な魅力を持った芸団が入国手続きを行っているところが目に入った。
そのうちの一人が、明らかに自分を見るように視線を送っている。
「……なんだ……一体……」
デュランが目を凝らして見ると、その人物ははっとした表情の後、視線は流し目と変え小さく手を振っている。
その姿に一瞬見惚れてしまい、こちらもはっとして視線をわざとらしく逸らしてしまった。
『な、なんだ今の……』
これではいけないと、気を取り直して門の方へ向き直ると、肩をつつく何かを感じる。
「ねえ、気づいてないの?」
かけられた声に反応し、勢いよく振り向く。
青紫の髪に褐色の肌、琥珀に輝く瞳。しかしそこには艶やかに化粧が施されて、その化粧に匹敵するほどの装飾と、髪も高く結いあげられている。
どう見ても、異国の踊り子だが、その声ははっきりと男性の声だ。
「……ホークアイかっ!」
「やっと気づいた? 久しぶりじゃないか、デュラン」
ともにマナの剣を求めて旅をした仲間の一人、ホークアイが今まで見たことのない姿でそばに立っている。
男性らしい部分が装飾で隠され、逆に女性らしく見える部分が強調された衣装のせいか、仲間として一緒にいた頃とは思えない姿に、おもわず上から下まで思わずじっくりと見てしまい、ホークアイがニヤニヤとデュランを見ている。
「そんなにじっくり見ないでくれよ、えっちだなー」
「そ、そんなんじゃねえよ! というか、お前なんでそんな格好でここにいるんだよ」
「そりゃあ、異国の芸団として招待されたからだよ。俺もそのメンバーの一人ってわけさ」
くるっと一回りしてポーズを決める。ふわっと広がる布と、シャランとなる装飾にデュランのみならず近くにいた他の人たちの視線も一瞬のうちに集めている。
「ね? どう? 様になってる?」
「なりすぎてて注目されてるぞ……お前。というか、なんでわざわざ芸団になってくるんだよ……」
「そりゃあ君を驚かせようと思って? じゃあサプライズは大成功したわけだ」
ケラケラ笑ってデュランの肩を叩いてくる。
その様子に大きくため息をついて、怪訝な表情でデュランはその手を払った。
「タチの悪いサプライズをどうもありがとうございました。ほら、さっさとお前も行けよ」
「ええ、つれないなぁ。ま、お互いの仕事の邪魔になっちゃいけないもんな」
踵を返して戻ろうとしていたデュランの肩を再度掴み、耳元へそっと顔を近づける。
「本当は君に会いに来たかったんだ、遅くなって悪かったな」
ふわっと風が横切り、振り向くとその姿はもう遠くへ消えており、先程の一団の一番後ろからこちらにウインクを向けている。
「……っ、あんのやろ…………!」
囁かれた耳を押さえ、歯を食いしばってデュランはそれを見送るしかなかった。
門の方から一際大きな鐘が鳴り、来客が来たことを知らせている。
「くっそやろ……あとで仕返ししてやる……」
後頭部をぐしゃぐしゃと掻きむしり、門の方へと走って向かっていった。
2
フォルセナ城の訓練場を兼ねた広場の階段上で警備をしていた兵士と、時期黄金の騎士になるだろうと名高い栗毛の剣士が、お互い神妙な面持ちで話し合っている。
「デュラン、頼むもう一回言ってくれ……」
若い兵士が、頭を抱えて手のひらを突き出している。
デュランは首の後ろへ手を回し、少し頬を赤く染め、ため息をつく。
「だから……明日、恋人が芸団のひとりとして踊るから、お前と俺の警備の時間を交代してくれ……」
「……恋人? 芸団……?」
剣が恋人というくらい剣術馬鹿だと思っていた同僚の、予想外すぎる頼みに、何度聞いても頭に入ってこない。
「おい、嘘だろ!? お前、恋人いたのかよ!?」
「ばっか! 声がでけぇよ!!」
思わず出た大きな声に、周辺にいた兵士がなんだなんだと集まってくる。
「お前、恋人いるって本当なのか?」
「芸団? 踊り子? 嘘だろ?」
「おい! どんな子なんだよ、紹介しろよ!」
など、同僚たちの好奇心の的となってしまい、デュランは頭を抱えた。
普段浮かれた話が出てこない、剣術一本だと思っていた男からの思いがけない話に、祭りの雰囲気も相まって周囲のテンションも高くなっている。
「恋人の姿見せろよ! そうしたら代わってやるよ」
「どこにいるんだ、教えろよ!」
勢いに負け顔を顰めていると、見下ろす広場に噂の一団が入ってくるのが見えた。
視線をそちらに送っているデュランに気づき、兵士たちが一斉に広場を見下ろしている。
「おい、どの子だよ?」
「…………一番後ろにいる、長身の紫髪のやつだよ……」
言われた人物を確認できると、向こうもその兵士たちの視線に気づいたのか、小さく手を振ってウインクを飛ばしている。
サービス精神が旺盛すぎる恋人の行動に、デュランは大きくため息をつくしかなかった。
「……めちゃくちゃ美人じゃねーかよ」
「色気半端ねーな」
気づけば周囲にはどよめきがおきており、皆口々にその踊り子の容姿を褒めている。
恋人がそういう目で見られていることに気づき、デュランが思わず兵士たちの前に出る。
「み、みるんじゃねーーーーーーっ!!!!!!」
デュランの心からの大声が広場に響き渡った。