神様爆×ショタ島くん じゃらり、じゃら。
一つ動作をすれば鎖が鳴る。首に、手首に、足首に重たい枷がついていた。もう幾つ刻が過ぎたか分からない。
切島鋭児郎は暗い部屋に囚われていた。
◆それはきっとしあわせ
(嗚呼、ようやく手に入れた!)
鋭児郎はごく普通に生きてきた、齢十にも満たない男の子だった。大好きな両親に愛され育ってきた。それでも、村の中での切島家の位置はとても低いものだった。なんせ、切島家は村の中でも唯一の『硬化能力(異能)持ち』だったからだ。
外を歩けば遠巻きに見られ、まともに買い物すら出来やしない。両親は職に就くことすら困難だった。鋭児郎だって例外ではない。村の子供たちに虐められる始末だ。
それでも鋭児郎は気にしたことはなかった。両親が懸命に育ててくれたのを知っているから。愛情を目一杯注いでくれているのを知っていたから。
小さな村だったしなに不自由なく暮らしているとは言えなかったが、鋭児郎はそれでもよかった。その暮らしに満足していた。幸せだった。でも、両親は死んだ。鋭児郎一人を残して、大好きだった家族はみんな消えてしまったのだ。
◆
その日鋭児郎は一人で出掛けていた。前に少し遠出したときに、森の奥に色とりどりの花が咲く綺麗な花畑を見つけたのだ。その時見た光景が忘れられず、再度鋭児郎はそこへ訪れていた。
前に見たときと変わらず綺麗な花畑に鋭児郎は感動すらも覚えた。満天の青空とそよ風に合わせて踊るように揺れる花たちに、数秒立ち止まり見惚れていた。自然と鋭児郎は笑みを浮かべ、知れず心臓がそわりと弾んだ。少しだけ花畑から花をもらい、家に帰ろうと来た道を小走りで戻る。
お父さんとお母さんにプレゼントしよう、きっと喜ぶぞ。今度来るときはみんなで来よう。こんな綺麗な景色、共有しなくちゃ。速る気持ちがあふれてこぼれ落ちぬように、鋭児郎は早く早くと森を駆け抜けて行った。
森を抜け家までの道のりを走る。もう家は目と鼻の先だった。けど何故か、手に持っている花の匂いの他に、仄かに血の臭いも鋭児郎の鼻奥を刺激した。小さな不安を胸に抱きながら鋭児郎は急ぐ、走る。
「ただいま! あのな、さっき―――」
急く気持ちを抑えられず開けた扉の向こうは悲惨だった。夥しいほどの血、血、血。家族全員分の大量の血が壁や天井に飛び散り、床には足の踏み場などないのではないかと言うほど広がっていた。血と死臭の臭いが鋭児郎の鼻を襲う。強烈な臭いなのにも関わらず、鋭児郎は鼻を押さえることも忘れ、その場で動くことが出来ず立ち尽くしたままだった。
―――そうして、鋭児郎は独りぼっちになった。
◆
それからというもの、独りぼっちになった鋭児郎は、あれからまだ幼かったこともあり、様々な家を転々とした。それでも『硬化能力(異能)持ち』な所為かどの家も受け入れてはくれなかった。ついに村最後の家へ訪れても、鋭児郎の引き取り手は見つからなかった。家を転々としているうちに、次第に鋭児郎の表情は死んだように徐々に消えていった。
きっかけは何だったか。
あるとき、誰かが言った。作物が育たない、これでは村が死んでしまう。
村の長が言った。ならば贄を捧げよう。身寄りのいないあの仔を、神様に捧げよう。
そこからの村人たちの動きはとても早かった。鋭児郎が自分たちとは違うとよく理解している村人たちは、様々な武器を片手に昼夜問わず鋭児郎を捕らえるために村中を手分けして駆け回る。鋭児郎はそんな村人たちから捕まらないようにと逃げ回る。まだ小さいながらも窮地に立たされた鋭児郎の五感は発達していたおかげで、村人たちの居場所を突き止め捕まる前に場所を移すというのを繰り返していた。
だが、鋭児郎はまだ齢十にも満たしていないのだ。多少なりとも頭を働かせても小さな脳味噌にだって限界はある。体力だってそんなにあるわけではない。とうとう全身で疲れてしまった鋭児郎は、疲れた身体と頭を休めようと木陰で気絶したように寝入ってしまった。近くに村人たちがいることに気付きもしないまま。
―――そうして、切島鋭児郎は贄となるべく暗い部屋に囚われた。逃げ出さないように首や手足に枷をつけられて。
―――おい、起きろ。
頭の中で声がする。この声は、誰の声だったっけ。鋭児郎は閉じていた眼をゆっくりと開けた。視界は微かに霞んでいた。
「ばくご………?」
爆豪勝己。
いつだったか家族が死んで間もなく、鋭児郎は哀しみや孤独に押し潰されそうになりふらりと森へ足を向けたことがあった。帰る場所などとうになくなってしまった。いっそこのまま死んでしまえれば。大丈夫、哀しむ人なんて誰一人いないのだから。
宛てもなく森の中を彷徨い続けた鋭児郎は、気づけば古びた神社へと訪れていた。鳥居はところどころ色が剥げているし、手入れなんてされていなかったせいか、柱には蔓が其処彼処(そこかしこ)に巻きついている。どこか不気味な雰囲気さえ醸し出していて、いっそ恐怖すら覚えるだろうその神社を鋭児郎はぼんやりと眺めていた。
早く立ち去らねば。鋭児郎は頭の中でそう自分へと言い聞かせた。頭では分かっていても身体は言うことを聞いてはくれず、まるで誘われているかのように一歩一歩神社へと続く階段を進む。このまま進んではいけない。何故進んではいけない? 分からないけれど、鳥居を潜ればもう後戻り出来ない気がした。
とうとう鋭児郎は鳥居を潜ってしまった。瞬間、周りの音は聞こえなくなる。虫の鳴き声も、風に吹かれる木々の音も、鳥の囀りも一切聞こえなかった。あるのは不気味に佇む神社だけだ。錆びついてもう鳴らないであろう本坪鈴に、握れば刺さりそうなほど傷んでいる鈴緒。賽銭箱なんかは役割を果たさないほど腐り傷んでいた。
鋭児郎は首からぶら下げていた、ずっと大切に愛用してきた小さな小袋を開けた。中には数量の銭。働いているわけでもないし、お小遣いだってくれる人もいない。数えれば両手で収まるほどなけなしの銭を意味もなく賽銭箱へと投げ入れた。
鋭児郎は神様なんてこれっぽっちも信じていないけれど。もし、もしも神様がいるのなら。独りぼっちになってしまった自分を、どうか家族の元へと連れて行ってくれと心の底から哀訴し(ねがっ)た。数多の頬を滑り落ちる涙は心なしかとても冷たかった。
ふと、頭上に影が差す。鋭児郎は涙で濡れる顔をそのままに目線を上げた。目の前にいた人物は、動物――狐であろう耳と尻尾、そして狩衣を着ていた。
「あなたは、かみさま?」
「? ……ま、そういうモンだ」
神様。そう鋭児郎の目の前の人物は言った。嗚呼、迎えに来てくれたのだ。安堵と歓喜。鋭児郎の内に湧き上がる感情はそれだけだった。これで家族の元へと行ける。ずっと一緒にいられる。消えたと思っていた鋭児郎の表情がわずかに動いた。
「おむかえにきてくれたんだね。かみさま、ぼくをみんなのもとへつれていってくれる?」
嬉しさをあふれ出したまま、神様を見上げて鋭児郎はそう問い掛ける。涙の雨はとうに止んでいた。そんな鋭児郎を一瞥した神様は、ゆるりと尻尾を揺らし愉快そうに笑みを浮かべた。
―――これが、爆豪勝己(神様)との出逢いだった。