悪夢を祓うのはもう失わない為に、傷付けない為に、守ると決めた。
なのに、伸ばした手は届かなかった。
目の前で起きた凄惨な出来事に理解が追いつかず、呆然と立ち尽くす。
足元にじわじわと広がる赤い海。
その海に沈む、守りたかった恋人。
「……ジータ、」
しゃがみ込んで声を掛けるも応答はない。
手甲を外して頬にそっと触れるも、そこにあったはずの温もりは既に無く。
「……ッ…」
血に濡れる己の手と、血に染まる彼女の金の髪。
あの時と同じ悲劇。救えなかった。守れなかった。
ひどく冷たい空気が肺を刺す。脱力した身体は少しも動かない。
静かに涙を流しながら、その場で項垂れる。
唯一無二の道標を、失った。
「──ッう、ぐぁ……!!…っ、は……はぁっ……」
ベッドから跳び起き、呼吸を整えながら周囲を見渡す。
暗闇に射す光は月の光。
ここは自分の部屋。
そして、先程まで見ていた光景は夢だった、と状況を理解するのにさほど時間は掛からなかった。
「……、」
ただの夢だと解っている。しかし、どうしても会いたい。確かめたい。嘘であってほしい。
悪夢如きで動揺した姿を晒すことも厭わず、勢いのまま部屋を出て恋人の元へと急いだ。
こつ、と虚空に響くノックの音。
程なくして扉の向こうから声が。
「はい」
「俺だ、少しいいか」
「パーシヴァル?」
足音がすぐ傍まで来たと同時に扉が開く。深夜に訪れた恋人の顔を仰ぎ見たジータは彼の異変に気付き、表情を曇らせる。
しかし、パーシヴァルは今自分がどのような顔をしているのかなど、どうでもよかった。
「…とりあえず、入って」
それに従い室内へ入り振り返ると、彼女が扉を閉めるその姿に、夢で見た光景が重なって。
「…で、こんな時間に、どう……」
扉を閉めてこちらを振り向いた彼女を、思わず腕の中へと閉じ込めた。
「えっ、ど、どうしたのパーシヴァル!?」
突然の出来事に慌てふためくジータを気にも留めず、更に強く抱きしめる。
大切な人が今ここに居ることを、確かな温もりを持っていることを確認するように。己を安心させるように。
「……俺は、もう二度と、失うものか」
ほぼ無意識のうちに零れ落ちた言葉を拾ったジータは、パーシヴァルの心臓の鼓動が早いことに気付き、彼の背へとそっと手を回した。
「落ち着いて、パーシヴァル」
触れられたことが予想外だったのか、一瞬身体が強張るも、嫌がる素振りは見せなかった。
背を抱いたまま、優しく語りかける。
「何か、嫌な夢でも見たの?」
「……少し、な…」
「そっか」
苦しそうな声だった。
その声から、少しどころか相当嫌な夢だったのだろうと察したジータは、子どもをあやすかのようにパーシヴァルの背をぽんぽんと軽く叩く。
呼吸に合わせて動く胸に耳を押し当てて、早鐘を打っていた心臓が次第に落ち着いていくのを確かめていると、頭上から声が。
「……悪夢如きで取り乱すなど情けないと…笑うか?」
「…ううん、笑わない。誰だって嫌な夢は見たくないよ」
でも、とジータは続ける。
「弱い姿を見せてくれたのは、嬉しいな」
そう言って身を寄せてくるジータの髪を撫でる。
「……お前だけだからな」
こんな姿を見せられるのは。
耳に届かない程の小さな声で呟いた後にひとつ深呼吸をしてから、パーシヴァルはジータを抱きしめていた腕を解く。
「突然押し掛けて悪かった。俺はもう」
「待って」
自室に戻ると言おうとしたものの、それに止めを入れられ更に腕を掴まれる。
「今日は一緒に寝よう」
「な」
突然の申し出に、パーシヴァルは目を丸くする。
「だって、まだ顔色悪いし…。それに、私が傍にいることでパーシヴァルが安心して眠れるんだったら、そうした方がいい。ね?」
こちらを見据えるジータの目は本気だった。
眉を寄せ、掴まれていない方の手で頭を抱える。
──お前はどこまで俺を見透かしているのだろうか。
「…お前はそれでいいのか?」
「うん。むしろ、このままパーシヴァルを一人にさせる方が心配だよ」
「……そこまで言われるとはな…。仕方ない、今夜はそれに甘えるとしよう…」
そうして二人は共にベッドに入る。
「おやすみ」
「…おやすみ」
どうか、穏やかに眠れますように。
あたたかい夢が、見れますように。
『大切なものを失う恐怖』がこの話の軸、というかコンセプト?みたいな感じだったんだけど、色々とちょっとなー…って思ったのでボツに。解釈違い、とまではいかないけど。
私は『感情』とか『心』とかをテーマや軸にした話ばっかり描いてる気がするっていうのと、推しが過去に経験した辛いことを(夢とはいえ)再び経験させるなよ、というのもボツにした理由でした。