クレア消滅if「クレア……クレア…………」
ちょうど幼馴染との別れを突然突きつけられた少年、マイロは、クレア、彼女が溶け込んでいった夕焼け空を眺めて彼女の名前を声をあげて、何度も何度も呼ぶ。声を張り上げることもあれば、静かに地面に向かってひとりごとのようにポロッと呟くこともあり、呼び方は多種多様だ。
段々と気力も体力もすり減り、精神を狂わされている彼は、輝きを帯びているアートリアブルーの原石の前で立ち尽くしていた。
そんなマイロをのび太たちは、気が気でないくらい哀れで彼らの心にも痛みが伝わってきた。何かマイロの慰めになる良い手立てはないだろうかと皆考える。
「そうだ……ドラえもん――――」
のび太は、クレアの描かれた絵と入りこみライトを手にとり、こう説明する。
「入りこみライトをもう一回出して!この絵に入りこみライトを当てて、またクレアに戻ってきて貰おうよ。そうすればきっとクレアに再び会えるよ!さっき壊れてしまったけど直せばまた使えるでしょう?」
ドラえもんも、のび太にしては名案であると思って関心したが、一度黙って考え込んでいる。
きっとドラえもん助けてくれると希望を抱き、僅かの時間も待ちきれずにウキウキなのび太。
マイロは、クレアにまた会えるかもしれないと思い、疲れで瞑っていた目を見開き、表情が明るくなる。
「確かにまた入りこみライトを使えばクレアに会うことが出来るよ、のび太くん、でも、そのクレアは、君も知っての通り幻のクレアで本当のクレアじゃない。それでも良いならまた出すよ」
のび太たちが見てきたクレアは、のび太の家に落ちてきた絵の中のクレアである。本当のクレアは、この中だとマイロ以外は知らない。マイロを含めたみんなは思い出す。のび太は答える。
「それでも良いよ!だってもう一回クレアと出会える。このままお別れだなんてあんまりだよ……クレアは、僕たちをここまで連れてきてくれた友達!それに、マイロだって寂しくないと思うし、僕は出したい」
「ドラえもん、入りこみライトを出してくれないか?俺だってクレアにいて欲しいし、マイロだってただでおけねぇ。そうだろう、スネ夫?」
ジャイアンはこう言い、スネ夫に思いっきり手をかける。スネ夫はヘロヘロになり、一間置いて答える。
「あ………うん、僕もそう思うよ。」
ムードは上がってきた。そこに、しずかは少し躊躇うものの訪ねる。
「ねえ、のび太さん、ドラちゃんにみんな、私もクレアちゃんが帰ってこれるのなら帰ってきて欲しいわ。でも、心配なことがあるの。絵の中のものは現実にくると水が弱点で溶けちゃうから日常生活を送れるのかと、マイロ…あのクレアちゃんは、あなたの知っている本当のクレアちゃんではない幻のクレアちゃんが帰ってくるということにはどう思う?」
マイロは自分の最もに気にかけているクレアについて聞かれて言葉が詰まる。
どちらのクレアも自分と一緒にいた過去を共有する大切な人だ。そんなクレアとまた過ごせるかもしれない。こんなことをこの上なく嬉しい。ただ、帰ってくるのは幻のクレアであって本当のクレアではない。
仮に幻のクレア一緒に過ごして死んだ後、天国で会った時に本当のクレアはどんな反応をするのだろうか。
「マイロ、お主は、本当のわらわを放っておいて、偽物の妾と過ごしておったのか」とでも六歳の本当のクレアが言うのではないかと思った。
幻はいずれ現実となるとも思うから、幻でもクレアと過ごしたい、一緒に日常を送りたい、歳をとって死ぬまで幸せに暮らしたいなんて……本当は叶わぬ夢を見たい。嘘でもいいから。しかし、これは本当のクレア、僕の大好きなクレアに対しては失礼ではなかろうか。
マイロは、様々な感情が蠢めくのを抑えて言う。
「君たちの気遣いは本当に嬉しいし、感謝している――」
のび太たちは笑顔が溢れて続きの言葉を待つ。
「でも、僕にはそれは必要ない。その……入りこみ何とかっていうのも壊れてしまったし、ここまでやってもらっただけで、もう何と言えば良いのかってくらいだし……」
「そんな、遠慮しなくていいんだよ、マイロ!また会えるんだよ?クレアに」
「そうさ、マイロ!自分の大切な人を失った悲しみっていうのはよく分からないけどよお、俺たちは出来ることは何だってするぜ!」
「うん、僕たちの労力はそこまでではないから気にしなくても大丈夫、のび太くんの言う通りだよ。」
「本当にそれでいいの?!」
のび太たちは、全力で首を縦に振り、身振り手振りで誠意を伝える。
「いや、本当に大丈夫なんだよ。もう僕は決めたんだ。あの幻のクレアとまた喜怒哀楽を共にして過ごすのも良いかもしれない。でも、僕が見たいのは本当のもう戻ることはないクレアだ。そうずっと分かっていたし、思っていた…でも、君たちがクレアを連れてきた時は、もう驚いたし、夢のようだった。こんなに素敵な経験をさせてくれた。これでクレアのかけがえのなさを再認識させられた。だから、僕は本当のクレアに会ったとしても恥じないような生き方、人間になるために生きていこうって。」
決めていたかのような決め台詞を終え、さっきまで泣いていた少年が見間違えるほど凛々しい顔をして前を向く。
「そっか…マイロがその必要がないならやらなくても良いみたいだね。じゃあ、そうしようか。」
ドラえもんは、いつものようにみんなをまとめて結論づけて伝えた。
これにより、クレアとは現実界で永遠の別れが決定的なものとなった。
のび太たちには、少しの時間クレアとの再会という希望的感情に代わって、また死別の時のような悲しみが押し寄せてきた。
その感情が溢れ、いつまでもいつまでも……日が沈むほど、果てしなく長い時間に感じるくらい泣いていた。夕日を反射する綺麗なアートリア湖の中で。
のび太たちは未来へ帰り、マイロは、いつもの絵を研鑽していく日常へ戻った。
湖のほとりのアトリエは、少し前までは賑やかであったのに、今では自然のささらぎだけになってしまった。
マイロは、長年追い求めてきたアートリアブルーを手に色を作る。たまごを手に取り、黄身と酢を混ぜていく。そこに、アートリアブルーの岩石を加えると、息を呑んでしまうほど神秘的な青の絵の具が完成した。
筆を取って、完成していない絵の中のクレアの瞳に色を塗っていく。クレアに生命を吹き込んでいるかのような感覚に心が踊り、胸の高まりを抑えて描くのに必死だった。
コンッコンッ…誰かがアトリエの扉をノックしてきた。
「ハァイ、どちら様ですか?」マイロは、ドアを開ける。
「やあ、絵の調子はどう?新作があると城で聞いたんだけど、見せてくれない?」……紫の美術商人パルだった。
「アトリエにまで来るって珍しいね、パル。もちろん、新しく描いたいい絵があるんだ。あのアートリアブルーを使った僕のとっておきさ。ほら、見てあれ。」
マイロは、右にある今描き終えたクレアの絵を指差す。
パルは、絵のクレアを見てハッとした顔をした。驚きのあまり口をあんぐりと開いたままだ。
「どう〜見て驚いたでしょ?パル?」
「……これは、クレア姫の絵かい?とうとうアートリアブルーの原石を見つけたんだね!おめでとう、マイロ」
「そうなんだよ〜パルに褒められると嬉しいな……って」
マイロは、視線を下にそむけながら照れくさそうに笑っている。そんなマイロを見て、パルも気がうつりそうだ。
「これも大好きな絵だよ。それとは、また別にね、あるんだよ――――」棚をあさり、一枚の絵をとる。
「じゃじゃーん!上手く描けているでしょ」
「これって……僕?」
マイロの手には、パルの絵があった。絵の中のパルは、城で絵を広げてやる美術商の仕事をして、微笑んでいる。
「すごいね…ありがとう、マイロ。僕の絵を描いてくれるなんて思いもしなかった、嬉しいよ。これ、貰ってもいいかな?あぁ、もちろんタダではなく、君の言い値で買い取らせててもらうよ。」
パルは、腕を組んで頷いてマイロの返答を待つ。
「いいに決まってるよ!パル。パルにあげるよ。この絵の代金は、パルが描いた絵でどうかな?」
「僕が絵を描くの?!下手っぴだけどいいの?」
「それでいいんだよ。上手に描こうとする必要はないんだよ。僕はパルにしか描けない絵を見たいんだ。美術商をやっているパルなら全体的な絵の理解も僕より詳しいだろうし、いい絵が出来ると思うんだけどな。」
パルは、美術商人をやっていてマイロよりも何倍も絵を査定しているだろうし、未来人だからまだマイロの知らない世界の絵も多く知っているはずだ。中世の人間からしたら未知なる領域の知識も得ている彼は知的好奇心の対象に違いない。
「そんなに褒められてしまったら描くしかないな。しばらくしたら渡すよ。」
「本当に?!確かに今絵を描くと言ったね〜じゃあパルの絵を楽しみにしてるからね。ところでさ、パル……いや、何でもない。」
パルは未来人だ。もしものび太たちと同じように自分の時代に帰ってしまうのか、そこがマイロが一番気になるところだ。でも、このことは本人には触れてはいけないそんな気がした。もしも、このせいでパルが未来に帰ってしまったりここからいなくなったりしたら僕の生活が危ういし、身近な人をこれ以上失うのは嫌であった。
「そういえば、マイロ聞いてくれよ、とても刺激的な話でね、君がもし良ければ、僕と一緒に外国の絵の展示会に一緒に行かない?」
「それって、様々な国の絵を見て回れるということ?」
「そうだよ、僕は新たな絵の仕入れ先として行こうと思ってるんだけど、船の運行人に話を聞くとまだ枠が余ってるというからね。君の絵の勉強にもなると思う。僕は、マイロの絵の実力はもっとあると信じているから、ぜひ遠慮なく来て欲しい。」
「そんなにパルが勧めてくるなら考えようかな!」
部屋の中に2人の笑い声が響きわたる。他愛ない会話で盛り上がる日常がこれからも続いてほしい。そんなことを思うマイロは、パルと話しながら手に筆をとり、一本の線を描いた。