鈍感男「お前、好き勝手に喧嘩しとるけどなあ!俺のこと忘れとるやろ!」
チンピラに喧嘩を売られ、その望み通りに叩きのめして一息つけばいつの間にか足元にいた真島が怒っていた。身体は小さいのに声は変わらず大きい。桐生はなぜ自分が怒られているのかわからず、眉間の皺を深くしながら真島の顔を眺めた。足元で怒鳴っている真島はようやく桐生と目が合った途端、ますます怒った。
「桐生ちゃん怪我しとるやんけ!そんなしょーもない奴相手に傷なんか作んなや!」
どうやら真島は虫の居所が悪いらしい。先の喧嘩で負った傷──桐生に言わせればしょーもない傷なのであるが──が気に食わないようだ。いくら鈍感な桐生でも、こうもぷりぷり怒っている真島に余計な口を出すのは悪手だと怒声を右から左へと聞き流していた。
ここで無視して帰ったらまたネチネチ言われるんだろうなあ…と内心ゲンナリしていた桐生は、試しに両腕をそっと広げてみた。すると、真島は迷うことなく飛び込んできた。まさか本当に来るとは思わず、桐生は半ば面食らいつつ、受け止める。
「抱っこしたら誤魔化せる思とるんちゃうぞ!」
真島はまだ怒っていた。図星だったので、桐生は抱き抱えた真島を降ろそうと屈むと「降ろすなや!」とクレームが入った。別に今思ったことではないが、桐生は面倒くさくなってきた。
「うるさくするなら降ろすぞ」
桐生がそう声をかけると、腕の中の毛玉がピクリと反応した。さっきまで喚いていたのに、急に静かになる。ただ、完全に黙ったわけではないようで、かすかにくぐもった音が聞こえる。耳を澄ましてみると、それは小さな唸り声だった。さっきまであんなに怒っていたくせに、降ろされるとなると急に大人しくなる。その切り替えの速さと、言われた通りに大人しくする律儀さがなんともおかしかった。
真島は喧嘩が生き甲斐みたいな男だ。喧嘩がどうこう喚いていたが、テディベアになって喧嘩ができずストレスが溜まっているのかもしれない。そう思うと気の毒に思えてきて、桐生は無意識のうちに腕の中の毛玉を撫でていた。
ふと気付くと唸り声は聞こえず、真島は静かにしていた。寝たのかもしれない。まあこんな小さな身体であれだけ怒ってたのだから、そりゃ疲れるか。桐生は滑らかな毛並みを撫でながら、ぼんやり思った。