Prost Orange weizen #1「おっ!うん、いいんじゃない?キミとってもよく似合ってるよ!大丈夫大丈夫!そんな不機嫌な顔しないで、笑って笑って!」
バイトリーダーが俺の格好を見るや否や、手放しに褒めてきやがった。他のやつらもバイトリーダーに賛同し、俺を励ましてきやがる。こいつらが悪意もなく本心でポジティブな事を言っているのは分かっている、分かっているが……
だが俺は生憎、こんな状況で励ましに乗って気分が上がるようなことは一切なかった。つーか逆にテンションだだ下がりだ。冗談じゃねぇ。
「じゃあそろそろお客さんも入ってくるし、このメンバーで今日1日頑張ろう!」
無理矢理背中を叩かれて、喝を入れられる。それを合図にバイトメンバーは散り散りになって、各々準備を始めた。
は〜〜〜〜…クソが…よりにも寄って何で朝からこんな大勢いる場所で、こんな格好する羽目になんだよ…
今日俺は、アーバンパークで開催されるイベントに単発バイトで来ていた。オクトーバーフェストっていう祭典で、端的に言うとビアガーデンのホールスタッフのバイトだな。ただ一つ特徴を上げれば、この祭典はドイツ発祥のイベントっつーことで、バイトスタッフは皆ドイツの伝統衣装っぽいものを着用している。
それが思わぬ問題を招いた。バイトリーダーが男女の数を間違えて、野郎の人数に対して男物の衣装が一着不足し、代わりに女物の衣装が一着余ってしまう事態が発生した。そこで白羽の矢が立ったのが…俺だった。
(…まぁ、この服着た分はバイト代上乗せするっつー話だし…仕方ねぇ、切り替えるか)
俺は両手で自分の顔をバシバシ叩いて雑念を払った。起こったことは仕方ねぇ。今日一日だけだろ、乗り切るしかねぇぜ。
気合を入れて、俺も接客準備に取り掛かった。
しばらくバイトをこなしていると、衣装のことなんかすっかり気にならなくなってきた。つーか、客が多すぎて捌くのに集中していたら、クソな気分どころではなくなった。おまけに、客も俺の見た目の事はあまり気にしてねぇようだ…まあ思えば、地下鉄にも性別不明の格好したやつらがごろごろいるからな。
このイベントは入場料さえ払えば週末の一日、朝から夜までビール飲み放題ってんで滅茶苦茶人気がある。こいつら真っ昼間からあんな不味ぃ酒よく飲むなと俺は疑問に思った一方で、九月十月の気候がいい日に公園で屋台飯食うのは俺も好きだから、そういう事なのかも知れねぇな…そんなふうに納得すると、このイベントも悪かねぇ気がしてきた。
忙しさにかまけていると気が付けば昼下がり、俺は午後のバイト後半戦に突入していた。
「ねえ!そこのお姉さん、注文していい?」
聞き慣れた声?に呼び止められた…嫌な予感が………
「あれ、エドじゃねぇ!?そんな格好で何してんだ?」
呼び止められたテーブルを見ると、中華街の三人…春麗、ジェイミー、リーフェン…と、ルークが座っていた。
………終わった………変なとここいつらに見られた……
「あぁ、エド今日バイトって言ってたもんな〜よしよしおつかれさん!似合ってるぜその格好!」
「にゃははは〜〜〜!馬子にも衣装ってか!」
「かわいいじゃない!女の子だと思ったわ!」
ルーク、ジェイミー、春麗が、好き放題に俺のことを絶賛した。
こいつら、すっかり出来上がってやがる…
「…これはアクシデントで…好きでこんな格好してる訳じゃねぇからな…!注文取るぞ…」
「はいはーい、私アルコールは駄目だから、ん〜〜〜と……」
四人分の注文を取り終えてテーブルから離れようとすると、ジェイミーに呼び止められてグラス一杯の飲み物を差し出された。
「そうだエド、これ俺たちからの差し入れだ!遠慮なく飲んでけよ!」
「おいおい、バイト中に酒なんか飲めるわけねぇだろ!悪ぃが、気持ちだけ受け取るぜ。」
すかさず俺は断ったが、ジェイミーは退かない。
「何だと〜俺の酒が呑めねぇってのかぁ〜?」
「ちょっと!も〜エドが困ってるでしょ?」
春麗が嗜めるが、ジェイミーは荒ぶった様子で聞く耳を持たない。
あぁもうこのはねっかえりがダル絡みしてきやがって、こうなると面倒くせぇンだよな…今面倒事が起こるのは御免なので、このグラス一杯だけ受け取ることにした。
「…わーったよ、一杯だけだぜ!」
「にゃはは〜〜〜いいぜ♪そうこなくっちゃな!」
渋々グラスに口付けて、見た目と香りはオレンジジュースのようなそれを、一口飲んでみる。
………これは………
「………!へぇ…うめぇなこれ……」
予想を裏切られて思わず、俺はグラス一杯分を飲み干してしまった。オレンジの風味がガツンと来て口当たりがよく、続いてほんのりビールの苦味が突き抜ける。
「だろ〜?これならこども舌のエドでも飲めると思ってな!オレンジビールってんだぜ!」
「へぇ〜……って、んだよこども舌って、クソが!」
「事実だろ〜?でもま〜美味そうに飲んでくれて良かったぜ!」
俺はジェイミーの余計な一言を咎めたが、へらへらとかわされてしまった。うぜぇ…まあ、これ以上酔っ払いの相手をしても切りがねぇ。
「ったく、俺はそろそろ行くからな…料理取ったらまた戻ってくるぜ…」
「悪ぃなエド、邪魔したな」
「ごめんね!足止めしちゃって…」
「残りのバイトもがんばってね〜!」
テーブルを離れるときも、ルーク、春麗、リーフェンの声援が後を追ってきた。ああくそあいつらあんな調子で…ったく頭痛がするし顔が火照ってきた。
けどまあ、思わぬ収穫だった。ビールは全部苦ぇモンだと思っていたから、こんなフルーティーなものがあるって知らなかったぜ…後で土産に買ってくかな。
料理を受け取りあいつらの席まで運び終えた後しばらくして、トラブルは起きた。
「よぉ姉ちゃん、こっちも注文取れやぁ」
真っ赤な顔で見るからにベロンベロンに酔っ払ったおっさんが俺に声をかけてきやがった。んげぇ、どう見ても厄介なやつだ…気が乗らねぇが、適当にやり過ごす事に決めて、テーブルに向かった。
しかし、さっきからどうも頭痛と顔の火照りが止まらねぇ。気の所為だと思っていたが、まさか一杯で酔っちまったか…まあ、あと少しでバイトも終わりだ、乗り越えっぞ。
「はい、ご注文どーぞ…」
おっさんのテーブルについて最低限素っ気なく言うと、おっさんは怪しい目つきで俺の事をまじまじと見つめて、俺の腰に手を伸ばしてこう言った。
「へへっ、ねぇちゃんやっぱり可愛いな〜おいの隣でお酌してくれやぁ」
言いながらおっさんは、伸ばした手で俺の腰を擦ってきた。
んだコイツ気持ち悪ぃな…ムカついて舌打ちしたくなるのをグッと堪えて、俺は続けた。
「いや、ここそーいう場所じゃねぇんで…ご注文決まってから呼んでどーぞ」
おっさんの手をゆっくり払い除けてテーブルから離れようと後ろを向いたときだった。
バシャアッ!
おっさんから背後にビールを掛けられた。振り向くと正面からもう一発掛けられて、ビール瓶を抱えたおっさんが顔を歪めてこっちを睨んでいる。
「てんめぇ、ちょっと可愛いからって気取りやがって、気に食わねぇ!」
言うが早いが、おっさんは空になったビール瓶を俺に投げつけてきた。俺はサイコスパークで応戦して叩き割る。
「ちっ、クソが!ぶっ潰す!」
ここで俺も完璧にブチ切れて、おっさんの顔面に向かって右手の拳を振った!
だが、おっさんはその拳を避けて俺の顔面にカウンターパンチを仕掛けてヒット!その衝撃で俺は地べたに尻もちをついて倒れた。
外した…!?見誤っただと…!?
「へへっ、ぉ姉ちゃんよぉ、パンチがブレブレだったぜぇ…酔ってんじゃねぇのぉっと!」
おっさんがこちらに飛びかかってくるのを、体勢を整えて応戦しようとした瞬間だった。突然横から人影が飛び出してきて、おっさんを突き飛ばした。
「なっ!ルーク…!?」
呆気に取られてその様子を見ていると、ルークは怯んだおっさんの胸ぐらを掴んで言い放った。
「おっさんよぉ、仕事中の若い女の子にセクハラして恥ずかしくねぇか?みっともねぇぜ?」
「んだてんめぇ…急に出てきやがって…離しやがれ!」
「おっと!…これ以上暴れンなら、俺が相手するぜ!」
じたばた暴れるおっさんの胸ぐらを一層締め上げてルークが凄んだ。
「エド!大丈夫?」
同時に、人混みの中から、春麗たち三人も俺のもとに駆け付けてくるのが見えた。
「…ちっ、多勢に無勢かよ…クソが!おととい来やがれってんだ!」
おっさんは捨て台詞を吐くとルークの手を払い除けて、すごすごと千鳥足で出口の方に歩いてった。
俺あんな千鳥足のおっさんにかまされたのかよ…くそダセェ…
「…んだよあんたら出しゃばりやがって…あんな雑魚、俺一人で十分だってのに…」
俺は不機嫌に言って立ち上がった。が、少しよろけてふらついた。んだよ、何か足元が頼りねぇ…
「エド、たった一杯ですっかり酔っちまってるな?顔真っ赤だぜ?」
ルークが俺を見てニヤついて言った。
「さっきから見てたが、俺から見ててもパンチはブレブレ、足はフラフラ…その様子じゃあ、あのおっさんと闘い続けても良くてタイムオーバー負けだったかもなぁ!ほら、肩貸してやんよ。」
ルークは笑ってそう言うと、半ば強引に俺の肩に腕をまわしてきた。
「ああもうクソが!煽りやがって!……うっ…」
ルークの言葉にイラついて頭に血が上ったと思ったら、一気に目眩が襲ってきた。たまらなくて思わず俺は、ルークの背中に掴まった。
「おっと、大丈夫か?」
ルークの心配そうな声が聞こえた所で、遠巻きから俺たち二人を見ていた三人の声も聞こえてきた。
「ありゃ〜エドすっかり酔っちまってるな〜」
「ちょっと!他人事のように言わないでよもう!エド顔色悪いわね、申し訳ないことしちゃったわ…」
みんなの声は聞こえるが、どうにも気持ち悪くて、うなだれたまま俺は顔を上げる気にはなれなかった。ジェイミーと春麗のやり取りを受けて、ルークが切り出した。
「あー…みんな悪ぃ、ちょっと俺、このままエドを送ってくわ。」
「まあ、脳筋くんがついているなら問題なさそうだし。俺らもここらで解散すっか。」
「そうね、ルーク、エドのこと頼むわね。」
「二人とも気を付けて〜!またねー!」
三人の解散のあいさつが聞こえた後、ルークの肩を借りながら、バイトリーダーに報告しにスタッフ控室に向かう。
「…ま、さっきのは半分冗談で、本当はエドがセクハラされていたから、俺がムカついちまって手が出たんだけどな…」
半ば独り言のようにルークが呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
控室に到着するとバイトリーダーが迎えてくれた。
「そうか、なんかトラブルがあったって聞いたけど、災難だったねぇ。少し早いけど上がっていいよ、衣装は洗濯して来週末に返してくれたらいいから。じゃ、お疲れ様でした!」
俺たちからの報告を一通り受けると、バイトリーダーは他のメンバーに呼び出されたみたいで、外に出て行ってしまった。
控室には俺たちだけ取り残されて、ルークと二人きりになってしまった。
「ルーク、悪かったな。俺、着替えてくるから」
「おっと、逃さねぇぜ」
席を立って離れようとする俺の腕を、ルークは鷲掴みにした。
すげぇ気まずい。さっきから嫌な気がしてんだよ…だってこいつ、昼に遭遇してからずっと目が笑ってねぇ…
「んだよ、ルーク…怒ってる」
「…当たり前だろ…」
ルークはそう言うと俺に顔を近づけて、強引に唇を重ねてきた。俺は唇を閉じたままなのに、ルークの舌はお構い無しに這いずり回っている。
「…ふっ、ん…ぅ…」
俺は口を開くことができずに、吐息を漏らす。やっと唇を離して、ルークが言った。
「ただのバイトだって聞いてたのにさ…何たって女装までしてんの?エドは可愛いんだから、こんな格好してたら他の男に目ぇ付けられるの、当たり前だろ?」
「はっ…、違っ、だからこれは…ただのアクシデントで…好きでこんな格好したわけじゃねぇ…」
俺の弁明が終わらぬ内に、ルークは右手を無理矢理俺の口内に突っ込んで、舌を掴んで引きずり出した。
「がっ……!はっ……あぅ……」
「言い訳なんか聞きたくねぇぜ」
クソが…こいつ、マジな顔しやがって…
「今日はエド、お仕置きしてやるから…ちゃんと反省しろよ…」
燃えるようなルークの瞳に見つめられて、射止められたように俺はしばらく動けなかった。