泊まり勤務終わり。家に帰り着くや否や、重いコートを脱いでシワにならないようハンガーにかける。ソファに座り日々の激務で軋んだ身体の節々を労わっている時。ノボリは、自らの太ももに頭を乗せて横になるクダリの髪を撫でるのが日課になっていた。
絹のように柔らかな手触りでありながらも、少しだけ硬い毛質のそれは、ずっと触っていたいと思えるほどノボリの心を掴んで離さなかった。指先に数本絡ませたり、毛束を摘んで毛先同士を擦り合わせたり。様々な手法で猫可愛がりする兄をしょうがないな、と言いたげな顔で見つめるクダリ。
本当は自分だって、ノボリのことを砂糖がとろけるように甘やかしたい。が、兄属性の気質が強い片割れの牙城を崩すには、少々強引でなければならないのをクダリは知っていた。
「ねぇ、ノボリ兄さん」
「どうしましたクダリ?」
普段なら滅多に出さない猫撫で声で兄を呼べば、彼は紙がくしゃっとなったような笑みを浮かべる。一見、清楚な印象を受けるが夜になればそんなものは一変し、正しくエロティックという言葉が当て嵌まるほどの表情を見せるのだ。
その変化が面白くて、楽しくて。クダリはノボリのことを手放そうなんて、一瞬たりとも考えたことはなかった。
「兄さん。僕ね、今すっごいキスをしたい」
途端、上体を一気に起こし、至近距離だった身体をさらに近づけ、額と頬に一度ずつバードキスを落とす。
冷たい表皮に己の熱を分け与え、満足したクダリは身体を離そうとする。が、それは今し方悪戯を仕掛けた張本人であるノボリによって阻止された。
彼は小悪魔のような笑みを浮かべ、ゆっくりと鳥肌が立つぐらいに美しい顔を近づけてくる。そしてクダリの耳元に口を寄せて。
「もっとすごいキス、わたくしからもさせて頂きますね」
と、本当に小さな声でクダリの鼓膜を震わすのだった。