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    なにかが始まるかもしれない二人

    ##笹仁
    #笹仁
    sasahito

    【笹仁】Tout est à toi. ぶわりと沸き上がる透明な雫が空へ投げ出された。
     それは真夏の陽射しを反射してきらきらと光り、僅かな時間だけ空を舞い落ちる。雫はぴしゃんと溜まった水面を打って跳ねて、また輝いて――液体という集合体に沈んでも、うねる水面がきらきらとする。360度どこから見ても輝きを放つ様が、抜けるように澄んだ青空と相まって美しい。きらきらと眩んでしまいそうなほど光が溢れる。
     だからこそ、風に乗って聞こえてくるこの音の羅列が笹塚の作ったものだと分かる。
     クライアントの打ち合わせから菩提樹寮に戻ってきた仁科は、ほのかに漂ってくる音の残滓に聞き入ってしまった。外はまだ残暑が厳しかったが、初めて聞くメロディを聞ききってしまいたいという欲が勝ったからだ。
    (あれ?)
     再生を止めたのか、曲はぷつんと切れた。
     頬を伝う汗の感触を煩わしく思いながら、仁科はようやく菩提樹寮に足を踏み入れたのだった――が、玄関に顔を出した途端に「あ! 仁科さん!」と弓原が駆け寄ってきた。
     玄関横のテーブルセットに座っていたらしく、そこには榛名もいた。
     仁科を待ちわびていたかのように弓原が駆け寄ってきたのにも驚きだが、さっと見回してもこのフロアには笹塚はいないようだった。ダイニングの定位置にも姿が見えない。
    (じゃぁ、あの音は?)
     仁科の耳が笹塚の作る曲を聞き間違えるはずがない。あれは初めて聞く曲で、ネオンフィッシュでも演奏したことがないものだ。仕事の依頼の曲も一度は仁科も耳にするようにしているので、記憶にないなんてことはないはずである。
    「仁科さん!」
    「あぁ、ごめん。なにかあった?」
     ぼんやりと思考を巡らせていると弓原が痺れを切らしたように仁科を呼んだ。
    「あの大先生サマに注意して欲しいんだけど」
    「注意? もしかしてなにかやらかした?」
     笹塚の行動で問題があると、仁科に報告がくる。いつの間にかそんな連絡網が成立していて、仁科はいつも苦笑交じりに話を聞くしかない。仁科にしてみれば笹塚のいつもの行動の範疇だが、彼らにとってはまだまだ笹塚は未知な部分が多いのだろう。
    「笹塚さん、作った曲をくれたんだ。前触れもなく急に」
    「作った曲を?」
    「そう。これは僕たち向きだって」
     榛名がスマホで操作すると、さっきまで聞こえていたメロディが流れ始める。
     電子音だがよくよく聞けばヴァイオリンでもピアノでもなく、フルートとクラリネットだ。噴水の飛沫のように飛んで跳ねて眩しく輝く。――確かに二人の為の曲だった。
    「うん、ポラリスの為の曲だね」
    「そう、そうだから困ってんの! こういうのほいほいもらうようなものじゃないでしょ!」
    「そうなんだけど、返品はできないだろうから著作とかそのあたりは俺から……成宮くんでいい? 連絡しておくよ」
     さすが芸能界に身を置くだけある。もらった曲に対してきちんと事務手続きが必要だと進言してくる二人は律儀だ。言わなかったとしても、きっと成宮が後から連絡を寄越してきそうだ。
    (まずは笹塚に確認して……――)
     その場を去ろうとした仁科を、弓原と榛名がじっと見つめていた。その視線は結構痛くて、まだなにかあるのだろうかと「どうしたの」と問えば、弓原が「仁科さんはいいの?」と聞いてきた。
    「笹塚さんの曲はネオンフィッシュのものだよね。いいの?」
     まるで追い討ちように榛名がそう尋ねるものだから、仁科は思わず笑ってしまった。
    「いいもなにも、笹塚はネオンフィッシュの曲だけ作ってるわけじゃないからね。依頼以外は好きなように作って、それがネオンフィッシュにハマるならそうするし、そうでないのであればストックにしてる。今回はポラリスにぴったりだって思ったから渡したんだと思うよ。だから二人はその曲でポラリスの魅力を存分に見せて欲しいな」
     仁科はそう言ってひらひらと手を振ると、菩提樹寮で宛がわれている笹塚の部屋に直行した。


     笹塚はいつも通り、ヘッドフォンをして一心不乱に作業をしている。
     仁科はベッドに腰かけて、ぼんやりと笹塚の横顔を眺めた。ディスプレイを真剣に見つめているので、仁科がやって来たことも気付いていない。
     仁科はささっとマインで経緯を成宮に送っておいた。笹塚の確認が済めば、今夜にでも話を詰められるだろう。
     それにしても、珍しいこともあるものだと思った。
     スターライトオーケストラには〝面白い〟から参加しているだけであり、そのメンバーに思い入れもなさそうにしているくせに。
    (笹塚なりに情くらいはあるのか?)
     組んで三年目に突入し、笹塚のことを分かったような気でいたが。その実、やっぱり分かっていないような気がしている。言葉は多くなく端的で、情緒面をフォローする言葉が少ないからかもしれない。
     仁科が気付いていないだけで、笹塚の情緒面も成長している可能性だってある。
    (なんだろ……)
     なぜだかやけに理由を探したがっている自分がいる。そんなもの探してどうするつもりなのか。
     訳の分からない状況にもやもやしながら顔を上げると、笹塚と目が合った。
    「声くらいかけたらどうだ」
    「連絡は終わってたのか」
     どうやら仁科がスマホを見て考え込んでいたので、連絡の最中だと思ったらしい。
    (こういうところは律儀)
     仁科の行動を見てタイミングを待てるのに、それを他で発揮しないのはなぜだろうなと思ってしまう。
    「さっき下でポラリスの二人に聞いた。――あの曲は二人に渡していいんだな?」
    「あぁ」
    「じゃぁ、その辺の話は成宮くんと詰めとく。いつもと同じ条件でいいだろ?」
    「任せる」
     既に渡してしまっているものだが、念のための確認だ。条件もいつもの通りであれば、スムーズに話は終わるだろう。
     確認も済んだので、仁科は早速書類を作成しなければいけない。ある程度作ったら成宮に確認してもらって――と段取りを考えていると、笹塚が「仁科」と呼んだ。
     そういえば仁科が声をかける前に、笹塚は仁科がいることに気付いていた。なにか用があるのかもしれない。
     そう思って笹塚の言葉を待てば、表情を変えずに「なんで不機嫌なんだ」と宣った。
    「はぁ? 俺が?」
    「あぁ」
    「俺はいつも通りで、不機嫌でも何でもないけど」
     何も思うところはない。この程度の突発的な話は、いつもの無茶ぶりに比べたら全然マシである。書類作成も三十分もあれば終わるだろうし、相手が成宮だから気を遣わなくて済むのも楽だ。
    「俺があいつらに曲を渡したからか?」
    「お前がそうしたいと思ったなら、俺の口出すことじゃないだろ」
     笹塚の行動にいちいちケチをつけるようなことはしない。仁科はあくまでもその活動をサポートできればいいし、ネオンフィッシュとしてであれば一緒に舞台に立つ。
     ただの笹塚としての行動は制限するつもりはないし、できない。
     だが、笹塚は仁科の返事には満足していないらしい。
    「あの曲を聞いたか?」
    「少しだけ」
    「それなら分かるだろ。あれはネオンフィッシュの曲じゃない」
     それは確かに、仁科も思ったことだ。
     あの曲はネオンフィッシュの曲じゃない。太陽が燦燦と照り、その光を浴びて輝く水飛沫。それらと戯れるのは、ポラリスの二人が相応しい。
    「言っとくが、わざわざ書いたわけじゃない。出来上がったものが向いてると思ったから渡しただけだ」
     曲が一番輝ける相手を優先したのは分かる。けれど、あの曲は仁科は一度も聞いていない曲だ。仁科が耳にする前に、誰かに聞かれたというのはすごく――すごく。
    (俺、いやだったのか……)
     笹塚の曲を一番に聞けるポジションにいるのだと信じていた。そうでないのだということに少なからず〝いやだ〟という感情を抱いていたらしい。なるほど、笹塚が不機嫌といった意味が理解できた。
     しかし、なぜ仁科自身も把握していない感情に笹塚は気付けたのだろうか。
    「あれは聞いたことない曲だった」
     ぽつりと途方に暮れた子供のような言葉が零れてしまう。この先も、一番に仁科が曲を聞けるとは限らないのに。
    「お前の為の曲じゃないからいいかと思ったが――お前がそんな顔するなら、次からは善処する」
    「なにそれ」
     自分がどんな表情をしているかは分からないが、まるで仁科の為に曲を書いているような言葉に心臓がどくんと強く拍を刻む。
     笹塚はいつも通りの真顔ではあるが、口の端が少しだけ面白がるように笑んでいるようにも見えた。
    「ネオンフィッシュの曲は、お前が弾くことだけを考えて書いてる。お前の為の曲だ。言わなかったか?」
    「――聞いてない」
     そう返すのが精一杯で、仁科は頬にじりっと熱が灯るのを感じた。それでも表情は引き締める。そっけない態度になったが知ったことか。
    「今度からソレも含めて伝える」
     笹塚が椅子から降りて仁科に近付いたと思ったら、頬にかさついた唇が触れてふっと笑う。
    「覚悟しとくんだな」
     上機嫌の笹塚はそのまま元の椅子に戻ると、ヘッドフォンを装着して作業の続きに戻ってしまう。
     そして、取り残された仁科はキスされた頬を押さえながら呆然とし、ひたすら笹塚の言葉を反芻する。まるでポラリスの手に渡った曲のように、思考の奥がチカチカ瞬いて気が遠くなってきた。
    (ソレもってなんだよ、〝も〟ってまだなんかあるのか?)

     仁科は笹塚の「覚悟しとくんだな」の意味をいやでも理解させられることになるのだが、それにはもう少し時間が必要となるのだった。

    fin.
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