葉は色とりどりに彩られ、アドベンチャーベイを鮮やかに飾りつけている。頬をくすぐる風も幾分か冷たくなったが、陽射しと合わさると心地が良い。僕はこの季節が好きだけど、隣にいる彼はマリンスポーツの時期が終わってしまって少し寂しそうだった。それでも少し冷えた空気の中、手を繋ぐとお互いの体温が染み込んできて心地いい。躊躇なくくっつけるようになるのは寒い季節の醍醐味だと思う。本人に言うのは恥ずかしいけど、手を繋いで他愛もないことを話しながら秋の道を歩く時間が、僕はとても好きだった。
ズーマと二人で紅葉を見にいって、ついでに買い物でもしようかという話になった。パウステーションを出てしばらく歩いたところでチェイスとマーシャルに会ったのだ。話を聞くと二人も同じようなデートプランを考えていたらしく、それならと四人で紅葉を見に出かけることになった。いわゆるダブルデートというもので、少し気恥ずかしいけどなんだか楽しくて心が浮き立つ。二人が付き合いはじめたと聞いたのは最近のことだった。あまり表立って距離が近くなったような様子はないけど、ふとした瞬間相手に向ける視線とか声色が幾分か甘さを孕んだ気がする。付き合いはじめの二人に混ざるのはお邪魔ではないか、とも思ったが、チェイスもマーシャルも特に気にした様子はない。マーシャルが昨夜ラブルと観ていたミラクルアポロの話をして、チェイスはそれに相槌を打ちながら聞いている。付き合う前と変わらないように見えるけど、お互いを見る視線は優しくて以前よりも柔らかい。幸せなんだということが伝わってきて僕の心もなんだか暖かくなる。でも二人に心和ませていたのもつかの間、ふと指先に熱を感じたかと思うと、そのまま強い力で握られた。いわゆる恋人繋ぎの形でズーマが手を絡ませてくる。近すぎる距離に顔に熱が集まる心地がした。
「ち、ちょっとズーマ」
「なに。いつもやってることじゃん」
小声で話しかけると、しれっとした表情と声でズーマは返してくる。僕が制しても手は繋がれたままだ。
「そうだけど……! 今日はチェイスとマーシャルもいるんだよ?」
「だからだよ」
「え?」
「あの二人、ずっと手を繋ぎたそうにしてるけどお互い戸惑ってるみたい。だから僕らがきっかけになればいいかなーって」
少し離れたところを歩く二人に視線を向ける。ずっと会話をしてはいるけど二人ともなんだか気はそぞろで、お互いの表情を伺いあっているように見える。マーシャルが手をチェイスの方に伸ばすけど、あと少しで触れそうなところで引っ込めてしまったのも見えた。しばらく見守っていると、チェイスも同じような仕草をしていた。初々しい雰囲気にこちらまで口元が綻ぶ。でも癒しの感情から一転、恋人繋ぎから腕まで絡ませてきて、ズーマが半ば無理やり距離を縮めてきて焦る。デートの時は手を繋いで歩くことも多いけど、外でこんなに近い距離で接することなんて初めてだった。
「ズーマ、近すぎるって」
「大丈夫。僕らが手を繋いだりくっついたりしてるのを見たら、あの二人だってそういう気持ちになるかもよ」
「荒療治すぎない? ていうか恥ずかしいであります」
「あの二人にはこれぐらい必要だよ。二人とも奥手なんだから」
言いながら、恋人繋ぎから手を離して今度は手の甲をなぞってくる。細い指から伝わる緩い刺激に身慄いした。人前でやる行為ではない。恥ずかしくて、どんどん体温が上がっていく心地がする。
「ズーマ、くすぐったい」
「手の甲弱いもんね。ふふ、赤くなってて可愛い。葉っぱと同じ色」
「やめないと怒るでありますよ」
ズーマの手の甲をつまんで仕返しをすると、もう怒ってるじゃん、と言いながらも渋々やめて手を繋ぎなおしてくる。ズーマの言う「あの二人にはこれぐらい必要」という言葉にも納得はした。二人は両片思いの期間がとにかく長くて、付き合う前にズーマはチェイスからもマーシャルからも相談を受けていたようだったし、二人の奥手ぶりにズーマが若干うんざりしていたのを僕も何度も見ていた。そんなズーマからすれば、多少荒療治でもいい加減関係を進めさせたいという気持ちがあるのかもしれないし、それは分からなくもない。ズーマの言う通り、仲間の恋人同士が手を繋いでいるのを見れば心理的なハードルは下がるのかもしれない。だけど――
「ズーマ、やっぱり恥ずかしいよ」
「そう? でも、もう既に手繋いでるの見られてるし今さらじゃない?」
「そうだけどお……」
ズーマの言う通り、二人に会った時僕たちは手を繋いでいてその場面をしっかり見られてしまった。二人の視線が僕たちの手に集まったことに動揺して、反射的に手を離してしまった時のズーマの視線が痛かった。友達で、任務を共にする仲間で、長年一緒に過ごしてきた家族のような存在。そんなチェイスとマーシャルに「恋人同士」というフィルターを通して見られるのはやはり少し気恥ずかしいものがある。僕が二人を微笑ましいと思っているように、二人だって僕らのことは好意的に見てくれているのかもしれない。だけど、やはり羞恥心が勝って戸惑ってしまう。ズーマはその辺りあまり気にしていないようで、二人に見られても全く気にしている様子はない。
「あの二人のためだよ。二人とも手を繋ぎたいって思ってるのにできないなら、僕らがきっかけになってあげるのも仲間として大事でしょ」
「うーん……」
「ロッキーも二人の奥手さは知ってるでしょ。なにかきっかけがあった方がいいと思うんだよね」
「……分かったよ。でもあんまりくっつきすぎるのは恥ずかしいから、手を繋ぐだけね」
少し理論が飛躍しているようにも思うけど、確かに僕らの行動が二人が関係を進めるきっかけとなれたなら嬉しい。そう思って、結局言い返すのをやめてズーマに身を任せてしまった。それに僕だって、ズーマと手を繋ぐことは好きだ。デートの時はいつも手を繋いでいたから、それがないとなんだか寂しくすら感じる。付き合う前は手を繋いで歩くことなんて当然なかったのに、一度当たり前になると少し離れるだけで空虚さや不安を感じて落ち着かなくなる。ずっと一緒にいたから、付き合っても僕たちの関係性は大きく変わらないものだと思っていた。だけど、もう付き合う前のことを思い出せない。僕たちの関係も、僕の性格も価値観も何もかもが変わってしまった。でも、いろんな変化を二人で受け入れていくことが恋人になるということなんだろうなとも思う。
「ロッキーとズーマ、ポーターさんの店でみんなの分もケーキを買ってから帰ろうかと思ってるんだけど、二人も一緒に行くか?」
ぼんやりと思いを巡らせていた矢先、後ろからチェイスに話しかけられて肩が跳ねる。また思わず手を離しそうになったのをズーマは察したのか、それを阻むかのように手に力を込めてくる。
「いいね。秋だし新作も出てるかなあ?」
「ブドウのケーキとかあるかもしれないな。見にいってみようぜ」
「いいね! 早く買いにいきたいな……ていうか二人、すっごく仲良しだね?」
マーシャルが少し照れたように言う。視線は僕らの手に向けられていた。恥ずかしくて一気に顔が熱くなる。きっと赤くなっているのだろうと思うとそれも恥ずかしくてたまらない。でも、ズーマは繋ぐ手の力を少しも緩めてくれない。
「恋人同士ならこれぐらい普通だよ。二人も繋げばいいじゃん」
「え?」
「えーっと……」
あっけらかんとズーマが返すと、二人は明らかに顔を赤らめて焦ったような様子を見せる。荒療治も必要なのかもしれないけど、あまりにも直球すぎて苦笑いしそうになった。初々しい二人の反応を見ると可愛らしくて心が綻ぶ。ズーマも同じような気持ちになったのか、少し揶揄うようだった口調を緩めて二人にもう一度話しかける。
「やっぱり僕たちは先に帰っておくよ。買い物は二人に任せていい? ケーキ、僕はフルーツがたくさん乗ってるやつがいいな」
「……そうでありますね。僕も同じものが食べたいな」
「わ、分かったよ。買って帰るね」
「えっと、また後でな」
なんとなく、二人きりにさせてあげた方がいい気がして手を振ってその場を離れる。二人は少し焦ったような顔をしていたが、最終的に顔を見合わせて照れたように笑いあっていたのがなんだか微笑ましい。
チェイスとマーシャルと別れた後も、ズーマは先程握った手を少しも緩めずに恋人繋ぎで歩き続ける。強い力で握られて少し痛いぐらいだった。そんなに強く握らなくてももう離さないのに、と思う。
「ズーマ、だいぶ荒療治だったであります」
「そうかなあ。確かに二人とも焦ってたけど……二人、手繋げるかな?」
「どうだろう。ゆっくりでもいいんじゃないかなあ。でも、できるといいね」
付き合いの進め方なんて、本来他人がとやかく言うものではない。だけど、仲間の恋となると少しおせっかいもしたくなってしまう。関係を進めることはゆっくりでもいいけど、二人がお互いにもっと近づきたいと思っていて、その気持ちを通わせることができたのなら僕も嬉しい。
「ところでズーマ、ちょっとやりすぎだったでありますよねえ」
「え?」
「手を繋ぐだけならいいけど、腕を絡ませたりする必要なかったであります」
「あー……それはごめん。でもロッキー、しっかり繋いでないとすぐ離しちゃうんだもん。僕はずっと繋いでたいのに」
少し拗ねたような口調はいつもの彼よりも子供っぽく聞こえた。ズーマはスキンシップが好きで、離れるのを惜しがることが多かった。いつも優しくて、気遣ってくれる頼り甲斐のある恋人。そんな彼が垣間見せる年下らしい可愛らしさが嬉しかった。甘いのかもしれない。でも、可愛いとこを見せられると愛情と庇護欲のようなものが相まってなんでも許したくなってしまう。
「ごめん……恥ずかしくてつい離そうとしちゃった」
「ちょっと寂しかったんだよ」
「ごめんね。もう離さないから大丈夫でありますよ」
手を握り返すと、少し驚いたような顔でこちらを見てくる。そんな表情も可愛らしい。手を繋いで、キスをして、今まで知らなかった彼の姿を見てきた。これからも、彼のいろんな表情を知っていきたいし、少し恥ずかしいけど自分の姿もさらけ出していきたいと思う。
「……知ってる人に会っても離さない?」
「うーん……がんばるよ」
「何か聞かれたら言っちゃうよ。『僕たち恋人でラブラブなんです』って」
「ラブラブとまでは言わなくてもいいけど……恋人だってことは言ってもいいよ」
そう言うと頬を緩ませた。僕のひとつひとつの行為に、彼が一喜一憂していろんな表情を見せてくれるのが嬉しい。木枯らしが吹きつけてきて、寒さから逃げるようにズーマの方に身を寄せると手を握り返してくれた。少し遠回りして帰りたい。胸に芽生えたその思いはズーマも同じだったのか、パウステーションにまっすぐ帰る道ではなく、横道の方に手をひかれる。デートの時間が少し延びたことが嬉しくて、じわじわと心が暖かくなる。色鮮やかの景色の中を二人で歩くこの時間がもっと続けばいいと思って、少しだけ歩く速度を落とした。陽が沈むまで、まだ時間はある。ゆっくり歩いて帰ろう、とズーマに語りかけると、優しい表情で頷いてくれた。