「練習」「ずるい言い方」「誰にも」
「君は本当に頼りになるね」
任務の後、笑顔と共に向けられる言葉。その言葉をエネルギーに難しい任務にも挑戦し続けられた。諦めそうになった時も、ケントの言葉を思い出すと振り絞って頑張ることができる。ケントからの期待に120%で応えるから、「一番君が頼りになる」と彼に言われたかった。でもケントは俺たちのことをいつだって平等に愛してくれようとしている。それだけで足りなくて、もっと深くを求めてしまうのは俺のエゴだと思う。心に時々芽生える欲を必死で摘み取ってきた。大きく育つと、自分ではコントロールできなくてケントにも仲間にも迷惑をかけそうだったから。だけど、最近はどんどん気持ちが大きくなってきて抑えるのが難しくなってきている気がする。
「ロッキーよくやったね!」
「えへへ……ケントありがとう! もっと撫でてほしいであります」
今も、修理を手伝ってケントに褒められているロッキーが羨ましくてついそちらに目を向けてしまう。お腹を撫でられて目を細めている姿を見て、「俺だって修理ができれば」なんて仄暗い感情に満たされて自分に嫌気がさした。ケントのことになると、子供じみた考えが次々に産まれてしまう。大人びていて平等な彼に相応しくない気がして、いつもその想いを必死に振り払おうとしていた。でも気持ちと体は嘘がつけなくて、他の子が褒められたり撫でられたりしているとついそっちを見てしまうし、期待に応えたくてちょっと無理もしてしまう。ケントに近づくと声が少し上擦ったり、尻尾がいつも以上に振れてしまうのも抑えきれない。
「チェイス、ちょっといい?」
みんなで遊んでいたところ、声をかけられて一人だけ呼ばれた。呼ばれた方に近寄っていくと、ポリスカーとそのすぐ側には工具を持ったケントが立っていた。周りに人は誰もいない。久しぶりに二人きりになれて、まだ何も話もしていないのにそれだけで尻尾がぱたぱたと動きそうになる。
「ビークルの改造をしてみたんだ。ちょっとまだ試作中にはなるんだけど……チェイス試しに乗ってみてくれないかな」
「分かった。やってみるぜ」
ポリスカーに乗りいつものように運転を始める。でも「改良した」の言葉通りいつもとは感覚が違っていて、普段のようにうまく運転することができない。焦って道路からはみ出してしまい慌てて止めた。
「やっぱりちょっと最初は難しいかな」
「だ、大丈夫! ケント、俺練習頑張るから。すぐにできるようになるよ」
「ありがとうチェイス。でも無理はしないで。あと、やりにくいことがあったら正直に言ってね」
優しい笑顔が向けられるのは嬉しいけど、宥めるような口調に少し前のめりすぎたかもしれないとなんだか恥ずかしくなる。ケントに認められたい。頼りになると思われたい。その思いが空回って、最近ではケントの前では妙に張り切ってしまったり、失敗するとひどく落ち込んでしまう。でも湧き出した欲求はどんどんエスカレートしてしまう。もっと甘えたい。沢山撫でられたいし、昔みたいにたまには一緒に寝たい。みんなを出し抜くような欲も持て余してしまっていることが恥ずかしいし気まずい。だけどコントロールすることができなかった。
「チェイス、最近よくケントと何かしてるよね?」
「二人でなんか楽しいことしとるんか? もしかして美味しいおやつを二人だけで食べとるとか……?!」
「ええっそれはずるいよチェイス。僕も食べたい!」
マーシャルとラブルに話しかけられるが、突拍子もない発想にいくからつい苦笑いしてしまった。少し訝しげな表情もなんだか微笑ましくて心が綻ぶ。
「違うよ。ビークルを改造してるらしくって、まず俺のができたらしいから呼ばれてたんだよ」
「そうなんだ。ケントってすっごくチェイスのこと頼りにしてるよねえ」
「チェイスも嬉しいよなあ。チェイス、ケントのことめちゃくちゃ好きやもんな」
向けられた言葉たちに顔が熱くなる。この二人のことだから、からかったりする意図なんかなくて善意百パーセントなのだろう。それでも自分はそんなに浮き足だって見えるのだろうか、と思い戸惑ってしまう。
「み、みんなもケントのことは好きだろ」
「うん! 大好きだよ。でもパウパトロールのみんなも、街のみんなも大好きだけどね」
「せやな! みんな優しくて楽しくてわいらは幸せもんやで」
メンバーの中でも特に純粋な二人は、きっと自分のように拗らせた感情を抱かずに純粋にケントやみんなのことを大切に思っているのだろう。比べて自分はどうだろうか。少し恥ずかしくなってそろそろとその場を離れた。
「チェイス、今ちょっと良い?」
「わっ!! な、何?」
マーシャルとラブルから離れ、一人になってすぐに悩みの種であるケント本人に声をかけられて体が跳ねる。大袈裟な程に反応してしまい、驚いた後に少し笑われた。恥ずかしさから顔が熱くてたまらない。
「ビークルをまた少し改良してみたんだ。またちょっと乗ってみてくれないかな?」
「あ、う、うん……もちろんいいぜ」
声が上擦るのを抑えきれない。高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸しながらポリスカーの方へと向かう。乗ってみると、先日と比べてパワーはそのままであるものの運転しやすくなっていた。こんなにすぐに改善できるケントはさすがだと思う。
「ケント。これすっごくいいよ」
「良かった。じゃあみんなのビークルも同じように改良していこうかな。チェイスありがとう」
全員分のビークルを改良する前に一番に自分に声をかけてくれたことが嬉しかった。思い返せば、ケントはいつも何か新しいことを始める時、一番に俺に相談したりメンバーに選んでくれていた。一応みんなのまとめ役でもあるし、そういうことから自分を選んでくれているのかもしれない。でも、ケントも自分のことを特別だと思ってくれているなら嬉しい。
「……ケントはさ、なんでこういう時一番に俺に知らせてくれるの?」
ぐるぐると思考を巡らせている中、気がつけば思っていたことがそのまま口からこぼれ出してしまっていた。困らせることを言ってしまったと思う。今のは忘れて、と言おうとした時だった。少しの間考え込んでいたケントが口を開く。まっすぐに見つめられて目が離せなくなってしまう。瞳は柔らかくて、だけど捉えられるとしばらく忘れられないような不思議な引力があった。
「チェイスに喜んだり驚いたりしてもらうのが、僕の原動力だからかな」
「え?」
「パウパトロールを始めたばかりの時、ネットランチャーやテニスボールキャノンを作っていって……その度に君がすっごく喜んでくれたのが嬉しくて。僕の根底がそこにあるのかも。チェイスを喜ばせたいし、驚かせたいっていうね」
頭を撫でながら目を細める。顔が熱くなって、ケントの目をまともに見ることができなかった。ずるい言葉だと思う。決して直接的に「君が特別」と言っている訳ではないのに、自分だけが特別な存在だと言われているような錯覚をしてしまう。抑え込もうと必死で感情を波立たせないようにしているのに、それが呆気なく崩れそうになってしまう。
「ケント……あのさ」
言葉はそこで詰まってしまう。ケントの一番になりたい。「一番頼りになるよ」と言って、誰よりも沢山頭を撫でたりしてほしい。「ケントの一番」のポジションを誰にも渡したくなかった。もはや仲間とか、友達に抱くにしては不自然なほど重い感情を持て余している気がする。誰よりも可愛がって、愛して、一番に自分のことを考えてほしかった。だけどそんな熱っぽい感情を向けられてもケントは困るだけだろう。浮かんできた言葉たちを飲み込んで、何重にもフィルターを通した言葉を向けた。
「ケント、俺、もっとケントの期待に応えられるように頑張るぜ」
「もう今でも十分応えてもらってるよ。でもありがとう」
優しい言葉と声がなんだか切ない。重い感情を知られてしまったらどうなるだろうか。困惑するだろうか。もう自分を一番に選んではくれなくなるだろうか。だけど察しのいい彼のことだから、もしかしたら既に自分の気持ちに気づいているのかもしれないとも思う。ケントはいつだって格好良くて大人びていて、俺の思う一歩先を歩いているような人だから。
これぐらいは許してほしい、と思い彼にしがみついて頬を舐めると芯から楽しそうに笑うからまた胸が高鳴った。本当の感情をいつ伝えられるかは分からない。だけど、一番の座はいつだって自分がいい。ずっと隣に並んで彼の最高のパートナーでありたい。大好きだよ、と胸の中だけで伝えて、しっかりと抱きしめてくれる腕に身を預けた。