「ピンと伸びた背筋」「努力」「眩しい」
エアパトローラーに乗り込んでいく姿をスウィーティは面白くなさそうに見つめていた。結局ロイヤルストーンも、女王の座も手に入れられなかったことが不服なのだろう。そんなスウィーティに近づいてスカイはいつものように柔らかい笑顔を向けた。
「改めてお礼を言うわスウィーティ。今回は助けてくれてありがとう」
「わたくしはいずれ女王になる身なのですから、この国を救うのは当然ですわ」
いつものように高飛車に返すスウィーティに苦笑いを向ける。その穏やかな眼差しはいつも自分たちに向けられるものと同じだった。悪態をつく相手にも「お姉さん」の顔を向ける姿は慈愛に満ちていて優しい。その笑顔を見ていると自分まで頬が綻ぶのをラブルは感じた。
ロイヤル王国でのプリンセスの誕生日パーティの後、ロイヤルストーンがデュークとスウィーティによって奪われた。二つのロイヤルストーンが合わさった結果大きな力となり、デュークの支配欲も相まって街はめちゃくちゃになってしまった。今頃ロイヤル王国でジャンクロード共々おしおきをされているのだろう。でも慈悲深いプリンセスと王国の人々のこと、きっと大層なことはされていないのだとも思う。
時計台を浮かせた時は本当に肝が冷えた。ひとつ間違えば大きな被害を生み出していたかもしれない程大規模な騒動だったと思う。だけど大きな問題もなく終わったのはミッションリーダーであるスカイの功労だ。街を救って、自分たちを危険な目に合わせたデュークまでも助けた姿はまさに街のヒーローだった。苦手なはずの鷲にも立ち向かっていく姿は本当に格好よくて眩しくて、思い出すだけでも胸に熱いものが込み上げてくる。プリンセスからメダルをもらって、誇らしそうに背筋を伸ばす姿に見惚れてしまった。勇敢で優しい彼女が好きだと思った。薄々抱いていた気持ちを、沢山の勇気と活躍を目の当たりにして再認識してしまう。仲間に特別な感情を抱いてしまっていることは憚られるが、もう止められそうにない。
「今日はもう私たちが呼ばれることはないかしら」
「せやなあ。早く解決するとええな」
今日は海でトラブルが起こり招集をかけられた後、最初にチェイスとズーマが出動し、途中でマーシャルとロッキーに応援要請がかかった。みんなが目を輝かせて出動していくのは少し羨ましかったがスカイと二人になれたのは嬉しい。今もテレビを観ながら、クッションに身を預けてくつろぐ姿がなんだか可愛くてなんだか心が綻んだ。
「スカイはこないだミッションリーダー頑張ったし、ちょっとゆっくり休めるとええな」
「ありがとう。でも平気よ。任務に呼ばれるのは嬉しいわ」
笑って言う姿が頼もしい。まっすぐに笑顔が向けられて胸が高鳴った。スカイにはドキドキさせられてばかりだと思う。きっと一生叶わないのだと思いつつも、笑顔が自分だけに向けられることは嬉しかった。みんなスカイのことは好きだと思うけど、独り占めしてしまいたいという気持ちが生まれてしまう。
ぼんやりと眺めていたテレビの中では、王子様とお姫様が紆余曲折あった末に結ばれる、というストーリーが放送されていた。スカイはそのお話に見入っている。王子様とお姫様のキスシーンの時、ラブルはなんだか気まずくて目を逸らしてしまったけどスカイは二人の姿に見惚れていた。スカイもこんなロマンチックな恋に憧れがあるのかもしれないと思うと、少し複雑な思いをラブルは胸に抱えてしまった。
「スカイはどんな子が好きとかあるん?」
何気ない世間話のつもりで聞いてしまいたかった。だけど思ったよりも声が少し真剣みを帯びてしまう。スカイがそれに気づいているのかは分からないが、ラブルの問いに真剣な表情になり、しばらく考え込むような仕草を見せた。
「うーん……頼りになって優しい子かしら」
「えっと、チェイスみたいな……? それともマーシャル? ズーマ? ロッキー? もしかしてケント……?!」
次々に名前をあげていくと苦笑いで返される。少し焦りすぎたかもしれないとラブルは反省した。
「みんなをそういう目で見たことはないわよ」
「あ、そっか……ごめんやで……」
メンバーでもそうでなくても、いつかスカイが恋心を抱く相手が出てくるのだろう。メンバーだけを考えても、チェイスはリーダーシップがある上に優しいし、マーシャルは明るくて一緒にいると笑顔になれるし、ロッキーは頭が良くてスカイとも気が合っているように見えるし、ズーマは同い年だけど頼りになる部分もありつつ明るくて楽しい。ケントなんて完璧すぎて絶対に叶わないと思う。仲間のことは大好きだけど、誰かがスカイと特別な関係になることを想像すると胸が痛んだ。
「いつか素敵な王子様が現れたらいいなとは思うけど、今は毎日みんなと遊んで、任務でいろんな人を助けることが一番楽しいわ」
「あ、せ、せやな。ワイもみんなと任務を頑張るのは楽しいで!」
はっきりと告げられる言葉は間違いなく本音なのだろう。邪な気持ちを抱いて、仲間にまで競争心を抱いてしまっていたことが少し恥ずかしくなる。笑って誤魔化したつもりが声も少し上擦って不自然なものになってしまう。だけどスカイはそれに言及することもなく再びテレビへと向き直った。
物語は終盤に差し掛かり、王子様がお姫様に王冠を被せていた。色とりどりの宝石がついたそれを見てスカイは感嘆のため息を零す。
「素敵ね。そういえばスウィーティがプリンセスにもらっていた王冠も素敵だったわよね」
「スカイも王冠とかアクセサリーとか欲しいって思う?」
「やっぱり憧れはしちゃうわね。あ、でもプリンセスからもらったメダルもとっても気に入っているのよ」
誇らしげに佇むスカイの姿を彩っていたメダルのことを思い出した。努力家でいつも勇敢なスカイは格好良くて、重厚に輝くメダルはよく似合っていた。でもお姫様のように可愛らしい服やアクセサリーに身を包んでいる姿もきっと素敵なのだろう。そんな姿を見てみたくなった。何かしてあげたいと思う。恋心のことは置いておいても、頑張ったスカイを喜ばせたかった。
自分の力で王冠やアクセサリーを作ってあげたかったが何もいい方法が思いつかない。こういうのが得意なのはきっと彼だろう。二人きりになったタイミングを見計らってロッキーにそっと声をかけた。
「なあロッキー、ちょっとええ? 相談したいことがあるねん」
「いいよ。なんでありますか?」
「スウィーティがプリンセスにもらってた王冠、ああいうの作ることできひんかなあ」
「え、ラブル王冠が欲しいの?」
「いや、ワイじゃなくてスカイに……ほら、こないだスウィーティがプリンセスから王冠もらってたやろ。スカイがああいう王冠に憧れるって言ってて、だから同じようなのをあげられへんかなって。スカイはミッションリーダーめちゃくちゃ頑張ってたし」
恥ずかしさから口調が早くなってしまう。でもロッキーはラブルの言葉に笑顔を返す。その優しい視線に安心した。
「ラブルは優しいでありますね。でも王冠……うーん……難しそうでありますね。王冠に使えそうな素材はあるけど、加工が難しいかなあ」
側にあったクリーンクルーザーからいろんなものを出しながらロッキーが言う。少し想像はしていたけど、やはり簡単ではないのだろう。気持ちが揺らぎはじめる。
「やっぱり自分で作るんは難しいんかなあ」
「……あ! これはどうかな? この黄色い布で王冠部分を作って、お花をいっぱい散らすであります。本物の王冠っぽくはないけど……」
「ええ感じやな! あ、でもワイからもらってスカイは喜ぶやろか……」
「大丈夫でありますよ。ラブルがあげたものならスカイはきっと喜んでくれるであります。僕も作るの手伝おうか?」
「ありがとうロッキー。でもまずは自分で作ってみるわ」
「分かったよラブル。頑張ってね!」
ロッキーから黄色と花柄の布を受け取って、その日からスカイや仲間に見つからないように王冠を作りはじめた。思ったように作ることは想像以上に難しく、完成まで時間がかかってしまった。きっとロッキーならもっと上手に作れるのだろう、という弱気な思考も生まれてしまう。でも試行錯誤を繰り返してなんとか完成させることができた。布で作った王冠は本物と比べると少し拙いのかもしれない。だけど少しでもスカイが喜んでくれるといいと思った。
完成するまでにも時間がかかったが、渡すのもなんだか尻込みしてしまいなかなかできなかった。誰にも見られたくなくて、みんなで遊んでいる最中にそっとスカイに声をかけた。
「ラブル、どうしたの?」
「えっと、スカイに渡したいものがあって」
自分のビークルから王冠を取り出してスカイに渡すと、一瞬驚いたがすぐに顔を綻ばせた。柔らかい表情が可愛らしくてまた胸が高鳴るのを感じる。
「可愛い。私にくれるの?」
「せやで。スカイにあげたくて作ってん。王冠とか憧れるって言うてたやろ? 本物っぽくはないけど、気分だけでも味わえると良いなと思って」
緊張や恥ずかしさから喋りすぎてしまうのは自分の性分なのだとラブルは思った。だけどスカイが怪訝な顔もせず、自分のことを優しく見つめてくれるのが嬉しい。王冠をひとしきり眺めた後、ラブルの方に視線を向ける。
「これ、被ってみてもいい?」
「え、ええで」
「ありがとう……どう、似合うかしら?」
王冠を被りはにかむように笑う姿が眩しくて、何も言葉が降りてこなかった。可愛いとか、綺麗とか、月並みな言葉では表せきれないほどに素敵だと思った。
「ラブル?」
「え、えっと、めっちゃ素敵やで! スカイに似合うとる」
「ありがとう。あなたが素敵なものを作ってくれたおかげよ」
優しい笑顔と労いの言葉を向けられて、胸の高鳴りが全く落ち着く気配がない。まっすぐに見る事すらできなくて、まだまだ前途多難な恋だと思う。だけど自分が作ったものでスカイが喜んでくれたことが嬉しかった。王冠を被って笑うスカイは相変わらず眩しい。これからもそばにいて、かっこいいところも可愛いところも見ていたいとラブルは思った。