車窓ガタンゴトン、と星の少ない暗く先の見えない夜道を走り続ける電車という乗り物。
厳島で敗れた後、あの長大な碇槍によって受けた痛みも、肌を焼くような日輪の輝きも遠くなる意識と共に段々と薄れていき、気がつけば小さな船に乗っていた。
傷も、着物の乱れもなくそこにあるのは大袖と兜を取り払った己の小さな体のみ。
船に乗っている間空に星は少なく、月は新月のようで姿の見えぬ暗い海をただ静かに進んでいた。
ざぶんざぶん、と波をかき分ける音だけを聞きどれだけ進もうが夜は明けず、また陸地も見えてこない長く続く旅路。
それからどれくらいの時間が経ったのか、いつのまにか船を降りこの電車という乗り物に乗っていた。こんな乗り物は知らぬはずなのにこれは電車という乗り物だと認識していた。
船も電車も他に乗っている者はおらず、我一人だけ。
いつまでここにいるのかはわからない。
ただ漠然と、これに乗って行かねばならないところがあることだけはわかっていた。
いつからが今日でいつからが昨日なのかはわからぬが今日も変わらず電車に揺られている。
がたんごとん、規則的な音を鳴らしながらいつもと変わらぬ星の少ない夜空を見つめながら進む電車に身を委ねる。
しかし変化の時はやってきた。
これまで一度も速度を落としたことのなかった電車がキキ、と音を鳴らしながらゆっくりと減速し始める。
終着地なのだろうか。ここが我が行かねばならないと思っていた場所なのだろうか。
ごとん、と大きな音を立てて電車は停車し目の前にある扉が開いた。
扉の向こうは草原が広がっており、暗闇の向こうまで続いていそうでそれ以外他に何もない。
ここで降りろということか、と思ったが我の目的地はここではないと本能が告げている。
一度浮かしかけた腰を降ろし、電車が再び走り出すのを待つことにした。
まだ進む先があるはずなのだ。
暫くすると風に揺れる草の音以外に何も聞こえなかった闇の中に何かがこちらへと向かってくる音が混ざる。
ぼう、としたままそちらを見ていると一人の人間が小走りで駆けてきた。
がたん、と乱暴に扉を掴み乗り込んできたのは大きな体格をした男だ。
月のない夜の闇の中、はっきりと顔の見えぬ男は我の目の前に立ち、此方をじっと見下ろしてくる。
二、三度何かを言い淀むような仕草をした後口を開いたと思うと低く、はっきりとした声で「行くぞ」と我の手を引いた。
どこかで聞いた声だ。
「ならぬ」
手を払い、男から距離を取る。
「我の目的地はここではない」
「いいや、ここでいいんだ」
「違う」
「あんたもっ、こっちに来るんだよ!」
男は「ああ、もう!」と痺れを切らしたように先ほどよりも強い力で我の手を引き、電車を降りてしまう。
そこは先程まで見えていた草原ではなく、石畳の通路になっており、目の前には奇妙な形の柵が見えた。
暗い夜道を何の躊躇いもなく進む男に手を引かれるままに鉄の門を抜け、どこまで行くのかと男を見上げると突如辺りが明るくなり目が眩み、強く目を瞑った。
ふ、と意識が浮上し目を開けるとそこはなんの変哲もない自室であった。
一瞬自分が誰で、どこにいるのかがわからなかったが、手元を見れば先ほどまで捲っていた参考書が目に入る。
「ああ」
アレは、あの船と電車の旅路は以前の我の意識であったのか。
カチリ、と音を立てて脳内で一本の糸が繋がる。
暗くてあまり見えなかったがあの世界で電車に乗り込んできたのは今年入学した高校で同じクラスになったやたらと体格のいい男と同じ顔をしていた。
そういえば教室で初めて顔を合わせた時にひどく驚いた顔をしていた気がする。
こちらが怪訝そうな顔をすると慌てて教室の外へと駆けて行ったな、と思い出す。
「長曾我部、か…」
余計な真似をしよって。ふ、と笑みが溢れた。
明日、何と声をかけてやろうか。
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