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    higuyogu

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    世界木3元パロ風。元パロ風です。またラブネ君がなよなよ、泣いてる!!!ラブネ君がなよなよして泣くと私が嬉しいから泣いてます

    現パロ風② お誕生日 オウミ様のお誕生日が近づいて来た。どんなお祝いの言葉を贈ろうかと今からソワソワしている。
     初夏、5月は少し汗ばむくらいの陽気で過ごしやすい。新緑と爽やかな風のこの季節にオウミ様はご誕生された。祝福された方なのだ。
     オレはオウミ様をお支えするために本家から送られた駒使い兼護衛である。
     オウミ様は大学に通われるために、たったお一人で郊外に住まわれている。それではご苦労されることも多いだろうとのことで、世話係にオレに白羽の矢が立った。オウミ様のお近くで身の回りのお手伝いができるなど、身に余る名誉である。少しでもオウミ様の生活の負担を軽くして、勉学やご自身のためのお時間を過ごしていただくのがオレの使命だ。
     お祝いのために普段なら絶対買わないケーキなども予約してみる。浮かれているが、オウミ様が喜ぶ可能性が僅かでもあるなら贅沢も良いと思う。
     肉も牛のステーキ用を買ってもいいかもしれない。人参を使った鮮やかなサラダを添えたら華やぎそうだ。味噌汁の実は何にしよう。
     そしてお誕生日当日の朝、早速お祝いの言葉をかけると、オウミ様は大層驚かれた。
    「お前、俺の誕生日知ってたのか」
    「当然です」
     オウミ様はしばらく青い目を皿にした後、事務手続きに必要になることもあるか、とトンチンカンな納得をした。
     オウミ様は時に女性とみまごうほどに美しい方である。朝日を通す長く豊かな金髪はキラキラと光る。
     ややあってからオウミ様は顔を顰められた。様子からして体の不調ではなく、何か不味いことを思い出されたようなかんじだ。
    「今日はみつうろこのところに泊まる。もしお前があいつと同じような考え方をしていたら、すまないが、今日は合わせてやれん」
    「同じような考えとは」
    「祝いと言って豪華な献立を組んでいたなら、後日にしてもらえると嬉しい」
    「なるほど。何も考えておりませんでした。では次のオウミ様のお休みの日に肉などを焼きましょう」
     予定を提案すると、オウミ様はホッとしたように笑顔になった。
     学生の朝は忙しなく、着替えだの食事だのを手際よく完了させていく。オウミ様は流しに食器を置いて短い挨拶と共に先に出発された。俺が通う高校よりもあちらの大学の方が遠いのだ。オレも食器を洗い、燃えるゴミを持って部屋を出た。
     学校で授業を受けて下校する。今日はバイトを入れていなかったので、スーパーに立ち寄った。駅からやや離れたこの店は少し値段が安いのでよく利用していた。
     肉のコーナーに行くと細切れから分厚い一枚の切れまで揃っている。値段を眺めて通り過ぎて行くと、魚介コーナーになってしまった。そのまま特売エリアまで進み、300円のアラをみつけた。マグロの黒い肉がパックにみっちりと詰まっている。今日くらい贅沢は許されるのではないかと手が伸びそうになり、すんでの所でケーキのことを思い出す。今日このスーパーに来たのは肉ではなく鶏卵を買いに来ていたのだ。危なかった。さっさと卵の棚に向かって十個入りパックを買った。
     そのあとはケーキを受け取り、帰宅する。宿題をして筋トレをして、部屋の掃除もしてみる。風呂に入ったらいよいよケーキ開封だ。
     正方形の箱を側面から開け、そっと金のボール紙を引っ張る。金の台座に乗っている白く柔らかな円柱が姿を現す。クリームとイチゴと板チョコで飾られた、これが夢に見たホールケーキだ。でかいケーキを1人で独占して食べるという、誰しもが一度は憧れる実績をオレは達成してしまうのだ。
     包丁で慎重に八等分し、小皿に一切れを取り分ける。断面は薄黄色の生地に赤いイチゴの線がある。なんて甘い香りなんだろう。この甘い香りをお共に、卵がけご飯をいただく。今晩は醤油味だ。碗の中の米はあっという間になくなった。
     それからついにケーキを食べる。一口箸で切り取って口に入れる。美味しい。滅多に食べるものではないだけのことはある。生地とクリームの何が美味しいのか分からないが甘くて美味しい。続けてざくざくと切り分けて食べると、こちらもすぐになくなった。最後に苺を食べる。小ぶりだが程よく甘みがあり、口の中をさっぱりさせた。
     オレがこんなに良い思いができているのも、今日がオウミ様のお誕生日だからだ。なんだかクリスマスのようだ。こうしてお祝いできることを心の底から嬉しく思う。
     食べたものの残りは冷凍しておく。ケーキを一切れずつラップに包み冷凍保存しておいたらオウミ様も食べられるかもしれない。そうでなくてもオレが一週間豪華なおやつが食べられるのだ。
     片付けをし、歯を磨いたら満ち足りた気分で布団に潜る。きっと明日も良い日になるだろう。

     次の日は土曜日だった。オウミ様は昨日からこの週末はみつうろこさんの家で過ごすとのことだ。とはいえオウミ様は休みの日も働いておられるだろうし、オレもバイトに行くので特に関係のない話だ。ついでに日曜日は店長に休みにされたので、買い出しに行く予定である。できれば土日は長く働けるので出勤したいのだが、店長は毎月必ず希望したシフトよりも時間を減らしてくる。
     適当に業務をこなして夕方。立ってばかりで少しくたびれたものの、まだまだ体力はある。ここでのバイトにもなれてきたし、掛け持ちを始めた方がいいだろう。そんなことを考えていると、パートの先輩に名前を呼ばれた。大学生くらいの子供がいる女性の人だ。今日はたまたま同じ時間に退勤する。
     彼女は昨晩のケーキはどうだったかを尋ねてきた。ニコニコとした笑顔で聞かれると少し心苦しい。実はケーキを予約する際、パートのお姉さん方から近隣のケーキ屋についていろいろ教えてもらっていた。その時に自分用だとは言いづらく、誕生日ケーキだと嘘をついていたのだった。
     精一杯健気そうに「喜んでもらえました!」と答えると、先輩は嬉しそうに「良かったじゃない」と返してくれる。しかしなぜかすぐに笑顔を控えめにして、気まずそうにこちらを見つめてくる。
     何かまずいことでも言ってしまっただろうか?とこちらも戸惑っていると、先輩は鞄をあさり、プラの袋を取り出した。そしてもしよければ、と飴を3つくれた。
     どうやら嘘の誤魔化しが変な方に効いてしまったらしい。オレは咎められこそ、飴をもらう理由は無い。しかし先輩は迷惑だったらごめんなさいね、と謝るので、迷惑なわけもなく、ありがたく受け取り一粒いただく。白い飴は昨日のケーキのような味だ。美味しい。
     話を聞くかも問われたが、聞いてもらう話もないので断る。先輩だって家に帰ってからいろいろとやることがあるはずだ。後輩にかまってもいられないはずである。もらった飴が美味しいことと諸々の親切に対するお礼を言って、オレは退社した。
     家に着いたら冷凍庫からケーキを1つ取り出して食べた。シャリシャリと冷たくて美味しかった。
     
     オウミ様は月曜日の夜にお戻りになられた。休み明け早々にバイトにも出られ、大変お疲れの様子であった。会話もそこそこに就寝する。
     それから落ち着いてお話ができたのが水曜日だ。
     比較的早くバイトからお帰りになられたオウミ様はお風呂で汗を流す。それから居間で一緒に晩御飯を食べた。
     オウミ様の人差し指には、月曜日からリングがはまっている。何気ないオウミ様の仕草で金色のリングが煌めくたびに、この人の気品が引き出される。とても似合っている。
     だがオウミ様は倹約家なので、装飾品の類を身につけることも買うこともしない。なのでこのリングがどんなものなのかずっと気になっていた。
    「オウミ様、そちらのリング、とてもよく似合ってますね。どうなさったんですか?」
    「ん?これか。みつうろこがくれたのだ。誕生日プレゼントだとか言ってな」
    「誕生日プレゼント?」
    「誕生日の者にはプレゼントをあげるのだと」
     しくじった、とまず思った。オレはプレゼントというものを何も用意してなかった。誕生日にプレゼントを渡す習わしがあることを知らなかったからではあるが、オウミ様くらいの人であれば誕生日に物が贈られるのはごく当たり前だと気付けてよかった。なのに何もできなかった。
     では次にオレがやるべきことは誕生日プレゼントを用意することだが、何を贈れば良いのだろう。指輪と同じくらいの価値のものを準備すればいい。しかし今のオレにそんなものを購入できる貯金はない。ケーキを渡すにしても、あれはもう見てくれが悪くなってしまった。クリスマスなどと変に浮かれて購入するんじゃなかった。
    「タカラブネや?」
    「はい、あ、すみません。そういえばバイト先でケーキもらったんです。今凍らせてあるのですが、オウミ様もお食べになりますか」
     己の不手際にショックで思考が飛んでしまうなんて情けない。ひとまず今家の中で一番価値が高いであろう食べ物のケーキを勧めてしまった。こんなことをしても誤魔化せるのは自分の気持ちだけである。
    「ケーキか。今週はケーキ三昧だな」
     オウミ様はケーキと聞いて困り顔を作る。他のところでもケーキを食べてきたようだ。物事は一向に上手い方向に進んでくれない。
    「5月は、きっと皆祝いたくなるのでしょう。こんなに素晴らしい気候ですので」
    「そんな話は聞いたことがないが」
     オウミ様は台所に行き、冷凍庫を漁ってケーキを見つけだす。これか?と聞かれたのでそれです。と返した。オウミ様は二つの塊を持って居間に戻ってきた。まだ凍っていて固い。ラップを剥いで皿の上に乗せ、常温で置いておけば食べ頃になるはずだ。
     オウミ様は固いなあ、と呟かれて読みかけの本に手を伸ばした。オレは空になった食器を流しに下げて洗う。オウミ様が手伝おうとこちらに来るのを制止してくつろいでいただく。食器を洗い終えたら湯を沸かしてお茶の準備をした。
     一向に乾かされる気配のないオウミ様の髪の毛を乾かしきった頃には、ケーキはふかふかに戻っていた。茶もしっかり抽出できてちょうどいい。
     歪な形のケーキを召し上がるオウミ様は美味しいと言った。味は数日前と変わらず美味しい。このケーキをご本人に食べさせる背徳感はある。それを差し置いても美味しい。フォークでざくざくと切って食べる。
     最後のいちごはくったりと柔らかく萎んでいたが、芯はまだ凍っていてシャーベットのようだった。

     いつオウミ様とお誕生日のお食事をしようかと予定を考えてみるも、今週末は土日ともシフトを入れていたせいで予定が合わない。あと贈り物をどうにか工面しないとである。ケーキで無駄遣いしてしまった己を強く恨む。
     まず誕生日プレゼントとはどういうものなのか理解しておかなければならない。学校の図書館で辞書で引くと『誕生日プレゼント』という言葉なかった。「誕生日」または「プレゼント」で別々に引けば出てくる。他にも行事について書かれていそうな本を見たが、それっぽいものはない。生誕祭ならばあるが、出てくるものが甘茶やワインにパンなどと、恋人から送られた金の指輪とは何か系統が違う気がする。
     もしかしたら誕生日プレゼントとは結構俗っぽい風習なのかもしれない。ならばインターネットで検索するのが早いだろう。
     放課後、部活動で使用中のPCルームの隅を使わせてもらい、誕生日プレゼントで検索する。1番上に状況に応じてプレゼントに適するものを紹介するサイトが出てきた。
     サイト内の検索の枠で最高額のカテゴリーで絞り込んでみると、片手に持てそうな家電製品やら化粧品、食べ物などなど。いろいろ出てくる。家電製品は買ったとしてドライヤーすらまともに使わないオウミ様が使うか微妙だ。食べ物なら無難だろうが、なんだかこれではない気がする。傘、ハンカチ等の道具もわざわざ高価である必要を感じない。というかこのくらいの値段のものなら、本来のオウミ様にとっては高級品にもならないのではないだろうか。
     たらたらとページを送っていると、ペアギフトカード、というものが目についた。サイトを開いてから何度か目にしていたものではあったが、これはどういうものなのか一見して分からなかったので流し見していたものだ。
     クリックしてみると、このカードをもらった人は発行元が紹介しているメニューから一つ選び、遊びに行けるというものであった。
     なんだかこれなら良さそうだ。ペアならオウミ様はみつうろこさんと出かけられる。遊びのことならみつうろこさんが詳しいし、悔しいがオウミ様のことをよく理解している人でもある。みつうろこさんに任せればオレが選ぶよりもよほど上手く行くだろう。
     価格は土日のバイト2日分だと思えばなんとかなりそうだ。今月の赤字分は数ヶ月かけて取り戻そう。ケーキの出費が痛い。
     流石に学校のパソコンで買うことはできないので電源を落とし、お礼を言って退室する。お中元はスーパーでも見たことがある。あの中に似たものがないか探してみよう。もしネットでしか買えないのなら、みつうろこさんに代わりに買ってもらう。2人で出かけてもらうことを考えると、あらかじめカードについて話してしまうのは問題ない。
     後日スーパーを探してみたものの、カタログは食べ物や飲み物くらいしかなかった。
     こういう時は級友を頼るべきである。週明けにクラスの中でもやたらと身だしなみに気を遣っている連中に訊いてみることにした。
     昼休みに五人くらい固まって友人たちと駄弁っているところに声をかける。初めこそ警戒されたが、話してみれば周囲のクラスメイトも案外親切であった。人は見かけによらぬものと改めて思い知らされる。
     集団のうちの一人の女子がカードのありかを知っていた。近隣の駅にある大型商業施設に、広く雑貨を取り扱う店があるらしい。そこにならあるかもしれない、そうだ。
     そしてバイト休みであった水曜日に目当てのギフトカードなるものを入手できた。オウミ様のお誕生日からだいぶ日が過ぎてしまったから、早めにお渡ししたい。
     次の日の朝。この日はオウミ様は遅めに出る日なのでのんびりとお過ごしになられている。昨日贈り物を手に入れられたのは本当に都合が良かった。
    「オウミ様、遅くなってしまいましたが、誕生日プレゼントを用意いたしました。どうかお受け取りくださいませ」
    「なんだ堅苦しいな」
     オウミ様は読書を止め、オレが差し出したものを受け取ってくださる。包みを剥いで中の小箱を開け、冊子を取り出してお読みになる。その際にも金のリングが光って眩しい。
    「これは、このカードで特定のサービスが受けられるのか」
    「はい。ペアで使うことを想定したものなので、ぜひみつうろこさんと」
    「あいつとか…」
     オウミ様は眉を顰めたけれど、だんだんと落ち着きがなくなり顔も赤いので、照れているのだろう。オウミ様はみつうろこさんにいつも塩対応なので、これはけっこう反応が大きい。
    「タ、タカラブネ。ありがたい。今日にも、あいつに相談してみる」
     もじもじと伏目がちなオウミ様は右手でリングを掴むように触っている。とても素敵な光景なんだろうと思う。これを見れないみつうろこさんに優越感を味わう。
     少し口の中を甘くしたくなり、台所に向かってケーキを探す。前の土日に冷凍庫に弁当を詰めた時にはまだあった。今朝もまだそれなりの数が残っていた。一つも減っていない。
     一つ取り出して齧る。冷たいけれど美味しい。なるべくオウミ様に悟られないように楽しみ、平らげたら何食わぬ顔で挨拶をして家を出た。

     その日以降、またオウミ様は忙しい日々が続き、くたびれて帰ってくるようになった。こんな時にもっと美味しいものをお召しになってほしいのだが、あいにくオレが作った貧しい飯しかない。味噌汁も作り置きの温め直しである。このままではオウミ様が病気になってしまうかもしれない。ケーキがまだ残っていることを伝えたが、米と汁物とおかずがあるから十分だと断られてしまった。
     その週末、みつうろこさんからメッセージが来ていた。バイトの休み中に気づいた。
     見れば、先日オレがオウミ様に渡したカードについていろいろと聞きたいらしい。バイト終わりなら時間は十分にあるので、夕方に電話をこちらから掛ける、とメッセージを返した。
     みつうろこさんというのは結構行動する人だ。だからオレのバイト先の裏口の場所も知っており、何度も帰りに待ち伏せされるのだった。電話をかけ直すと言ったはずの今日もわざわざやって来た。
     みつうろこさんを見るのは久しぶりだった。気楽そうにヘラヘラと笑っているこの人を見ているととてもうんざりする。早くどこか公園にでも移動したい。
    「最近元気してた?」
    「あはい。おかげさまで」
    「ホント?飯食ってんの?」
    「はい」
     道中ではいかにも他愛無い会話をする。会話自体もあまり続かない。
     みつうろこさんは濃い灰色のTシャツを着ていていかにもラフだが、半袖から伸びる腕は意外にも長く逞しい。楽なことが好きそうなこの人が鍛えているとは思わなかった。そういえばさっぱり切っている紺色の髪の毛も清潔感があるといえばそうなんだろう。スーツを着るサラリーマンなだけはある。
     公園にはまだ人がおり、男子高校生と成人男性が座って話すのは憚られる雰囲気だった。みつうろこさんはオウミ様の家に行こうと言った。
     家に着いたらまず客に飲み物を出し、諸々の片付けをする。ひと段落ついて居間の座卓に着く。先に寛いでいたみつうろこさんはスマートフォンをいじっていたが、オレが座ると端末を置いた。
    「上げてもらっちゃって悪いね」
    「いえ。そういえば、あの金のリング。オウミ様によくお似合いでした。オウミ様も気に入られているようです」
    「そんなら良かった」
     それでさ、と切り出されるまでに少し時間がかかった。みつうろこさんは伸ばしていた脚を胡座に直し、改めたようにこちらに向き直る。ただし寛いでいる体は崩さず、両腕も卓上に投げ出していた。その節張った手に装飾品は一つもない。だが家にしまってあるだけかもしれない。
    「さっき、従業員のおばちゃんから聞いたんだけど、ケーキ買ってたんだって?誕生日用に」
    「それがどうかしましたか?オウミ様の誕生日プレゼントの話をしにきたとしかうかがっていませんが」
    「食べれたの?二人で」
    「食べましたよ」
     この人は会うたびにいつも余計なお節介を焼くのだ。だから会うのは嫌だった。無駄話をするくらいなら追い出してしまいたい。
     それができないのは、相手がこちらに非を探すように睨みつけてくるからである。薄灰色の目が鋭く光っている。こちらの思い過ごしではなく、本当に冷凍されたケーキを探しているのかもしれない。
    「まあいいか。んでサービスのギフト券の方なんだけど」
     みつうろこさんの空気が緩む。置いていた端末を持ち上げて操作を始める。
    「これ結構いい値段すんだな。社会人でもある程度格のある場か、よほど仲のいい人にしか使わない金額じゃん。俺がケチなだけかもしんないけど。でもさあ、ラブネ君にしたら結構な出費だったんじゃないの」
     冗長な話を垂れ流していたみつうろこさんは端末の画面を見せてきた。そこにはオレが買ったカードと同じものが表示されている。買い物用のページらしく、価格もしっかりと表示されていた。
     積み上げられ続けていた怒りが一気に膨らんだが、そこはオウミ様の世話役として耐える。
    「バイト二日分ですから、大したことありません」
    「あんまり無茶ばかりしてっと、どんづまりになんぞ。って言いにきたんだよ。人のために行動すんのは素晴らしいけど」
     あまりに侮った言葉に喉が震えて声が出ない。コイツの真意を量るために、憐んだような凪いだ顔を睨みつけるが、一層哀憫の色が強くなるだけだった。ここまで馬鹿にされる筋合いは無い。
    「帰ってください。迷惑です」
    「空回った労力って逆に迷惑になるの分かんない?もし今回無理した分を取り戻そうとしてさらに無理を重ねて、その時お前が倒れたら迷惑を被るのは誰だ?そこまで考えてんのか?」
    「無駄だったということですか。むしろオレは何もしない方がまだマシだったわけですね」
    「この程度の注意で自暴自棄になんなら、確かにお前無能だわ。向こうでもそう言われてだんだろな」
     相手は軽蔑を表すように顔を顰め、わざとらしくため息を吐いた。それから顔を眺めて、再び口を開く。
    「だから同じ無能な三男坊のとこに送り込んで、共々くたばれってことなのかも」
    「黙れ!」
     オウミ様を貶されることだけは許せない。特にこの男の口から出たことがひどく腹立たしい。反射的に声を出した後、金のリングを握り込んで顔を赤らめたオウミ様の姿が浮かぶ。ひたすらに悲しい。
    「即刻出て行け。もう二度とオウミ様に関わるな」
    「へえ。このまま俺帰ったら、オウミ迎えに行ってまたお泊まりさせちゃうけど」
    「殺してやるから問題は無い」
     こちらの言葉を聞いた男は口角を上げた。子供の戯言だと思っているのだろう。相手は緊張する素振りすら見せない。せいぜい今のうちにみくびっておけと思う。
     男は腰を浮かせ、近くまで寄ってきた。この場で手を出してくるならやり返すまでである。
     しかしその時、違和感を覚えた。原因が分からないまま男に声をかけられる。
    「殺すってどんなふうにすんの?殺しちゃった後はオウミにどう説明する?その後のオウミを支えられる?」
     間近に迫ってきた男はとても平坦で重い声を出す。一切怯まず、かといって油断している様子もない。どうしてか恐ろしく感じる。
     そうだ、先程男が動いた際に音がしなかったのだ。嫌な汗が噴き出る。コイツに対して隙をつくことはできる。しかしその後逃げ続けられるだろうか?白い瞳の中の瞳孔が大きく開いているからか、捉えられてしまうような気がしてならない。
    「聞いてる?答えろよ」
    「うるさい。オウミ様は、弄ばれていい存在じゃない」
    「何?それ。つかさ、俺自身はオウミのこと騙したりも陰で馬鹿にしたりもしてねーし。あんまり殺すとか言わない方がいいよ」
     御託を抜かすな、と言えたか分からない。こちらの一挙一動が捉えられている。顔を逸らしたら負けだが、耳を塞いで逃げたい。
    「お前が行動しようとするたびにオウミまで窮地に追い詰められるの、なんか面白いな。分かるか?俺が話し始めてからお前は良い行動ができたか?」
     みつうろこさんはいよいよ明確に怒りを滲ませてきた。オレはと言えば口の中が渇ききっている。指を動かすのも酷く恐ろしい。
     ここまで言われないと納得できないオレはやっぱり無能なんだろう。ショックだし、今の状況も怖いから早く終わってほしい。眼前の脅威を対処するべき時なのに思考が逃避を始める。
     そうだ、罪に対して罰は必ず与えられるものだから謝らなくてはならないんだ。
    「オレが、確かにまちがえていました。もうしわけありません」
     みつうろこさんは睨みつけたまま無言だ。急いで頭と手を床につけて謝る。
    「ワタクシは、ケ、ケーキ、オウミ様のお誕生日にかこつけて身の丈に合わない無駄遣いをしました。その上、ご助言をくださったみつうろこさんに対し、不躾な態度を」
    「それどのくらい続けんの?」
    「こ、言葉だけでお許しいただけるとは思っておりません。いかなる罰も受ける所存にございます」
    「くだらな。罰されれば気が晴れるからってことか?」
     人の顔を見て話を聞け、と言葉をいただいて顔を上げる。みつうろこさんは怠そうに座卓に肘をかけていた。
    「とりあえず行動で見せるもんだろ。罰なんかで強制したって、こんなんすぐ治るもんでもねえし」
     みつうろこさんはそう言って端末を取り、ポケットにしまって立ち上がる。外もだいぶ暗くなりかけている。オウミ様が退勤される時間も近づいていた。
    「あ、あの、すみません。オウミ様にご飯、食べさせてください。ここ最近はまた忙しく過ごされて、疲れておいででした。なので…」
    「お前も来んじゃないの?」
    「いえ、いいえ、すみません。今日はとてもオウミ様に顔合わせできません。それに明日早いので」
    「……そうか。今日は悪かった」
     オレは情け無いことに、もうみつうろこさんの顔を見上げられなかった。みつうろこさんは部屋に電気を点けてから帰っていった。

     冷凍庫を漁り、ケーキを取り出す。これで残るはあと2つだ。ケーキを固いまま齧る。
     このお菓子だってオレにこんな食べ方をされるために作られたわけじゃない。作った人も食べる人のことを考えて丹精込めて作っただろう。オレが全て無駄にしている。このケーキに詰まっている全てのものが哀れだった。粘ついた口内と塩では味が分からない。オレはいつも余計なことをしている。

     部屋の掃除を終え、筋トレをしている。これが終わったらもう布団を敷いて横になろうと思う。いつもよりずっと早い就寝になるが、今日はもうやるべきタスクは無いから目を瞑ってほしい。
     無心で体に負荷をかけていると、外からオウミさまの足音によく似た音が聞こえてくる。不審に思っていると扉の鍵が回った。静かに居間の扉付近に隠れて待機する。
     玄関から聞き馴染みのある声と共に入ってきたのはオウミ様だった。部屋の電気がついているのにオレが返事をしないので困惑なさってしまわれた様子であったが、直ぐに居間へお進みになりこちらを探し当てなさる。
    「タカラブネ、いるなら返事をしろ」
    「お、お帰りなさいませ。なぜお戻りに。今日はみつうろこさんの家に泊まるはずでは」
     訝しむままのオウミ様は、肩に鞄をかけ手提げ袋を持ったままであった。その状態でしばらくこちらをお見つめになる。早く荷物を預からねばと思うのに、体も声も臆病になって動きも出もしない。
     そうこうしているとオウミ様は持っているもの全てを床に下ろし、こちらへ近づいてこられた。そしてなぜかオレは抱きしめられた。すっぽりと暖かい暗さは、まごうことなくオウミ様の腕と胸だ。
    「無理をさせた。タカラブネ。お前は頑張りすぎる」
     頭を撫でられながら勿体ないお言葉をいただいた。オレなんかが受け取っていい言葉ではない。
    「オウミ様、オレはいつも手が届く範囲のことしかしておりません」
    「みつうろこから話を聞いた」
     みつうろこさんの名前が出て、思わず体が反応してしまった。するとオウミ様の腕に力がこもり、密着が強くなる。大したことではないと伝えたくても言葉がまとまらず、結局そのまま抱擁されたままだ。
     やがて腕の力が緩み距離が開くと、オウミ様はこちらを顔を見た。
    「みつうろこが申し訳ないと言っていた。キツく叱ってしまったと。今は少し離れた駐車場にいる」
    「オレは大丈夫ですよ。こんなことのために戻らせてしまって申し訳ございません」
     落胆している自分に驚く。なぜそんな気持ちになっているのか見当もつかないが、とても浅ましいことは分かる。しかしそれよりも落ち着いて言葉を続けるのが大変で、思考を巡らせる余裕がない。
     そんなオレにオウミ様の腕が伸ばされ、こちらの頬に手を当てられた。心配そうなお顔までされているから、早く真相をお話して安心していただかなければいけない。
     でも先に口を開いたのはオウミ様の方だった。
    「タカラブネ、下手な笑顔だ。何を取り繕おうとしている?」
    「え」
    「さっきも言ったが、お前は俺のために頑張りすぎるんだ。それで体調を崩されたら、俺も辛いぞ」
     頭の中が真っ白になった。問題は何も起きていないと伝えなければならないのに、さっきから言うとこを聞かない口はついに震えだしまでした。
     今喋れば変な声になる。だがオレにかまけてもらう時間は本来あってはならないものだ。いい加減言うべきことを伝えろ。
    「なにも、なにもないのですよ、オウミ様。早くみつうろこさんの、ところへ」
    「こんな状態のお前を連れて行けるわけがなかろう。そら、涙が落ちた」
     頬を何かの粒か転がる感覚があった。それからさらに粒が落ち、視界が歪んで鼻が詰まる。オウミ様は優しい笑顔を浮かべてオレを撫でる。
    「これほどまでに我慢をさせていたのだな。もっとお前と話す時間を作ればよかった。ケーキを出された時に想像を巡らせてみればよかった」
    「ちが、ちがいますっ、すべて、オレが勝手にやったことです!オウミ様が幸せになれるなら、なんでもいいんです!オレはいま、とてもしあわせなのでっ」
    「そういう妙な忠誠心がよくない。タカラブネ、己の心に嘘をつくな」
     一度決壊するとなかなか止めるのは難しい。ただの世話係であり、今この場にいる唯一の護衛として感情を操ることができないのは、死をもってして償うべき失態だ。だがオウミ様がそれを望まないのも知っている。どうするのが最善なのか分からない。
     オウミ様がオレを抱き寄せて胸に導く。温かい懐に顔を押し付けるとまたゆっくりと頭を撫でられた。甘えさせられるほどに涙が溢れ出る。もう一人前として扱われる年齢だというのに、オウミ様はこんな未熟者に付き合ってくださるのである。
     そしてやっと嗚咽が収まってくると、オウミ様は静かに語りかけてくださる。
    「俺も以前は我慢しなければならないことが多かったな。ここに来てからしばらくも、染みついたクセは抜けずにいらん苦労をしていた。もちろんお前のしてくれたことが無駄だとは思ってない。ただなあ、意固地なところは同じかもしれんな」
    「オウミ様は、立場上お辛いことも多いでしょう。私とでは意味合いが違います」
    「さっきからそれだと言っておろう。甘える時はしっかり甘えるのだ。でなければ」
     オウミ様の言葉が止まる。顔を上げて見ると、床か壁か遠くを見つめていらっしゃる。どこか寂しそうな表情だ。だがそれは一瞬のことで、すぐに言葉は続く。
    「でなければな、心を壊してもう二度と笑えなくなる。お前までそうなってしまうのは嫌だ」
    「オウミ様」
    「だから俺たちは辛いことを分かち合おう。幸い、ここでは二人だけだし、みつうろこもいる」
     そう言われてしまうと、オレはそう行動をせざるを得ない。思いっきりオウミ様に抱きついた。
     誰かの温かい胸の中で泣くことを望んだ日を思い出す。未就学児くらいの頃の記憶だろうか。転んで泣いただけの子供が慰められているのが、羨ましくてしかたなかったのだ。年月を経て未熟ゆえの愚かな欲望だと思えるようになっていたのに、この歳になって再び湧き上がるとは。
     しかしオウミ様も同じようなお気持ちを抱えておられた。それもきっとオレよりも孤独に戦ってきたのである。
     だからオレはずっとこのお方をお守りしたいと思っていし、世話係に任命されたときは本当に嬉しかった。逆にオレなんかに務まりきるかも不安なほどだ。
    「オウミ様。オレはオウミ様をお慕いしております。ですからこのタカラブネを、ずっとお側においてください」
    「うむ。俺も来てくれたのがお前で良かった。これからもよろしく頼む」
     オウミ様に背中を撫でられる。とても嬉しくて頬擦りをすると、楽しそうな笑い声が返ってきた。

     二人で家を出て、少し遠くの駐車場に向かうと見慣れたみつうろこさんの車があった。この人は車で来ていたらしい。
     中で待っていたみつうろこさんはオレに謝ったが、全て心配してくれた上でのことなので感謝こそすれ謝られることはない。オレが謝り返して感謝を述べると、このお節介な人は穏やかな笑みを浮かべた。
     みつうろこさんの家に上げてもらい、オウミ様が先にお風呂に入っている間に晩御飯の支度を手伝う。
     今夜の献立は刺身に兜焼きなど魚ばかりだ。特に魚のカシラを焼いたやつはオレの好物なので、お二人の気遣いを感じる。汁物はあら汁とかではなくシンプルな味噌汁だった。小骨の苦手なオウミ様に配慮してのことだろう。皆んなが美味しく食べられるのが一番だとみつうろこさんはいつも言う。
     それから全員が風呂に入り終えて、カシラを焼きつつ刺身から食べ始めた。
     アジの刺身はみつうろこさんに教えてもらいながら捌いたものだ。小骨が入ってしまったが、初めにしては上出来だと言ってはもらえた。あとはブリにカツオ。こちらはほとんどオウミ様の分である。歯応えのあるブリは甘くて好きだ。カツオの方はみつうろこさんを真似て生姜やネギをたくさん乗せて食べてみると、薬味が辛く苦く大人の味であった。大人しく生姜と醤油で食べる。
     焼けた魚の頭は、骨を取り除かれた頬の部分がオウミ様に取り分けられ、残りをオレたちで突いていく。一尾を丸ごと焼いたものも好きだが、今回みたいな兜焼きはもっと美味しいと思う。身が柔らかいからだろうか。塊だから水分が抜けにくいのだろうか。または焼き加減か。まだ目玉や皮は食べるのに勇気がいるが、美味しいのは知っているからそのうちちゃんと食べられるようになりたい。
     食事が終わり食卓の上が片付くと、オウミ様が冷蔵庫からデザートとおっしゃって何かを取り出された。なんとそれはオレが買ってしまったケーキの残り二個であった。歪なケーキのピースは二つともラップを剥がれた状態で皿に乗せられた。いつの間に自宅の冷凍庫から持ち出されていたのだろう。みつうろこさんも興味深そうに見ている。
     気配を消しつつ別室に移動しようと後ずさってみるが、お二人揃ってオレの方を見てきた。笑顔を作って小首を傾げれば、つられてくれたのはみつうろこさんだけでオウミ様は「早く来い」と言った。大人しく叱られるしかないようだ。
     オウミ様はもう一つラップの包みを持っていた。ケーキよりはだいぶ小さく、手のひらに収まっている包みを見てオウミ様は微笑まれている。
    「みつうろこ、これがコイツが買ってくれていたケーキだ。プレートもあるのだぞ」
    「ホールケーキなんてよくやるわ」
     オウミ様が持っていたのは誕生日のメッセージが入ったホワイトチョコだったようだ。オレが食べるのも捨ててしまうのも申し訳なくて冷凍庫の隅に転がしておいたものなのに、これも回収されてしまうとは思わなかった。宙に放り出された心地だ。
    「タカラブネはもうさんざん食べたよな?これしか見つからなかった」
    「はい。食べました」
    「じゃあ俺が食っていいってことか?うれしーい!ありがとー!」
     みつうろこさんはケーキが乗った皿とチョコレートの写真を撮ってから台所に向かい、オウミ様は食卓の椅子に座る。立ちんぼのオレも座るように促される。
     二人で座って待っていると、みつうろこさんが重ねた湯呑みと湯気が上がっている鉄瓶
    、さらにフォーク二本も持ってきた。湯呑みは三個あり、一番上にほうじ茶のティーパックが放り入れてある。みつうろこさんが冷蔵庫に向かっている間にお茶を淹れる。すぐに戻ってきたみつうろこさんにお礼を言われ、さらに大きめなどら焼きをもらった。
    「これは」
    「非常食用に常備してんの。ラブネ君粒あん平気?」
    「好きですが……」
     オレが呆然としているのをよそにみつうろこさんとオウミ様はケーキを食べ始める。「美味しい」と言う感想に「そうだろ?」と妙に堂々とした返事がされている。
    「オウミ様とみつうろこさん、あのう、一応言っておきますが、それは無駄遣いで買ったもので、クリスマスのノリで買ってしまったものなので」
    「こんなプレートを作っておいてか」
     オウミ様が指した板チョコにはお決まりの文句が書いてある。
    「『オウミ様、お誕生日おめでとうございます』かあ。クリスマスも誕生日だっけ?」
    「ど、独占するためです!オウミ様のお誕生日はきっとみつうろこさんと過ごされると思ったので、この日に注文して一人で食べるつもりでした!だから、それは、そのっ」
    「ならなぜ当日食べ切らなかった。あの時点でケーキはまだいくつも冷凍庫にあったぞ。それに一人で食べるつもりだったなら、バイト先でもらったと嘘をついてまで俺に食べさせたのも不思議だな」
    「食べきれなかったのと、罪悪感からです」
     オレは真っ直ぐ言いきった。しかしオウミ様も力強い目線で見返してくる。みつうろこさんはケーキを食べている。
     オウミ様はわずかに目を細め、口を開けた。肩が上がったなと思っていると真っ青な目が見開かれ、よく通る声が発せられる。
    「往生際が悪い。俺への贈り物とその行動を卑下してくれるな!本人だからこそ許されんのだぞ!」
    「ここ賃貸」
    「オウミ様……」
     今までの申し訳なさとは別の申し訳なさが込み上げる。それと励まされたときの前向きな気持ちだ。だからたまらず言葉が口をつく。
    「オウミ様、ありがとうございます!」
    「それはコイツにも言ってやれ。ギフトカードの相談をした時点で心配していたし、しばらく顔も見ていないともな。ケーキの話をした時も」
    「オウミ、やめろ」
     得意げなオウミ様から話が飛んできたみつうろこさんは嫌そうな顔をしていたが、それがなんだか笑えてしまった。この人もオウミ様を守ろうとしているし、オレのことも気にかけてくれている。
    「とりあえず二人はできなかったお誕生日会の相談でもしてれば。これについては俺も悪かったんだけどさ」
    「え、これがそうなんじゃないんですか?」
    「俺も、だからケーキを持ってきていたのだが」
     みつうろこさんはなぜか呆れたような、慄いたような顔をしている。ケーキは食べ終わっているらしい。
     オウミ様はホワイトチョコのプレートを持ってまた眺める。一齧りして欠けた板をまた嬉しそうに見る。それから「俺は今年、二人からも祝われたのだなあ」と独り言のようにおっしゃられてからまた板を齧った。
     季節はもう梅雨が来る頃だろう。初夏の終わりを告げる長雨はきっと草木を慈しむ。そんな気配があった。


    終わり!
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