危険な男 目が覚めると頬を撫でる冷たい指先が心地よかった。
「エヴァン……?」
かなり仕事で疲れていたのか夕食の片付けを済ませたあと、ソファで眠っていたようだ。
寝ぼけてぼんやりとしながら、彼の手に掌を重ねる。
指先で頬をすりすりと撫でられてくすぐったくて思わず笑みが漏れる。
目を瞑ったまま、その優しい触れ合いに身を預けていた。
最近、からかうように触れ合う事が多く、困惑しつつも悪い気はしなかった。関係に名前をつけたいのは山々だけれど、一緒にいられるひとときを彼と楽しめるだけでも今は満足だった。
ふっと近くに体温を感じる。
吐息がかかりすぐ側に顔を寄せられたのだとわかった。
「んふ、エヴァン……」
薄く目をあけて彼の頬に触れる。
このまま唇が触れ合ってしまいそうな距離に、気恥ずかしくてまた目を閉じた。
彼に触れた手をするりと下げて、彼の顎を撫で下ろしていく。
すると、手にざらりとした感触があった。
「ん……?」
再度撫でるとぼんやりとした違和感は確信に変わった。ちょうど顎のあたり、髭のような感触が指に触れる。
ただ、エヴァンはしっかり剃っていてつるつるのはずだ。
不審に思って、もう一度目をあける。
すぐ間近に迫った彼の瞳は深い青色ではなく、オリーブのような柔らかな緑色。
「わ、ちょっと……っ!」
そこでやっと、眼の前に居るのがエヴァンではないとわかり、慌てて彼の身体に手を付き引き離した。
思いっきりエヴァンだと思い込んで油断していた。
びっくりしすぎて心臓が早鐘を打っていた。
おかしそうに、くすくす笑っているヴィンセントを睨めつけた。
「おっしいなぁ、もうちょっとだったのに」
「もうちょっとって、もう! な、なにするんですか!」
あと一息で唇が触れ合いそうだった光景が頭にちらつき、顔が熱くなった。
「ふふ、レオの寝顔がかわいくてつい、ね?」
つい、ね? じゃない!
寝込みを襲うなんて、なんて油断ならない男だろう。
俺も俺で、ヴィンセントが先程までエヴァンの部屋で話し込んでいたから、つい気が抜けていた。
「エヴァンには、あーんなとろんとした油断たっぷりな表情を見せるんだねぇ。羨ましい限りで」
「わ~~、言わないでくださいよ!」
エヴァンだと勘違いしてしまった俺に、追い打ちをかけるような言葉に顔から火が出そうだった。
とろんと、なんて言われても自分ではわからないけれど、相当緩んだ顔をしていたのは間違いない。
「あんなかわいらしい顔で誘われたら、理性吹っ飛んじゃいそう」
わざと色っぽく囁くように言われる。
「もう……からかうのやめてくださいよ!」
「えー? からかうなんて心外だなぁ」
ヴィンセントはくすくす笑いながら身体を寄せてきて、耳元で更に続けた。
「僕、レオみたいな子、けっこう好きなんだけどな」
耳にかかる吐息や低く掠れた声についドキドキさせられる。
「……っ! だ、誰にでも言ってるんじゃないですか?」
こうも軟派で軽い雰囲気でも、ヴィンセントは顔立ちがかなり整っていて俳優さんのようだし、声もかっこいい。それだけで許せてしまうところもあるからずるい。
けして好きとかどうかなりたいなんて想像はしないけれど、いい男なのは間違いなく、条件反射でどぎまぎしてしまう。
「誰にでもじゃなく、レオだけだよって言ったら、……どう?」
こういうやりとり自体を楽しんでるタイプなんだろうと頭ではわかっている。頭では。
ソファの端に追いやられ首元に顔を寄せられた。
彼の胸元に手をつくと、見た目から想像していたよりも逞しい肉体がそこにあるのがわかる。
「や、やめてください……っ、お、俺は」
顔が熱くて、うるさいくらい心臓が鳴っていた。
それでも、嫌なものは嫌で、こんなことされても困ってしまう。
「ふふ、ほんとかわいい」
ヴィンセントは俺の反応に満足そうに微笑むと、頬にキスを落として身体を離した。
まだばくばくと心臓が高鳴っている。
「ヴィンセント」
ちょうど部屋から顔を覗かせたエヴァンの声がする。
「はーい、今行くよ」
ずるずるとソファに横たわりながら、混乱でいっぱいだった。
心臓がいくらあってももたない。
ヴィンセント、油断ならない男だ。