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    出会い編
    少し加筆修正してます

    ガタガタと窓全体が唸るように揺れる。
    ノボリはその音を聞き心配そうな表情を浮かべてはカーテンを少し開けて、外の様子を伺っていた。
    予報ではもうそろそろ、ここ一帯が暴風域に入る。この時期の台風なんて珍しくもないが、それでも何も無く平穏に過ぎ去って欲しいと願うのは、人間の性質なのだろう。
    「今日は早く寝ましょう。明日になれば落ち着いていると思いますし」
    天気予報通りなら夜中には収まるはず、と室内の電気を消す。誰に向けてもいない独り言を呟き、横になるためにベッドへと向かおうとした時、視界の端を何かが横切った。白い鳥の形に似た、何かが。
    それを認識した瞬間、わたくしは玄関に置きっぱなしにしていた雨具を掴み、遮二無二外に飛び出していた。
    あれは多分ポケモンだ。しかも落ち方からして、翼を怪我しているに違いない。
    わたくしは雨具の帽子部分が裏返ろうが、顔が水でびしょ濡れになろうが、お構いなしに走った。そうしてそのポケモンが落ちたであろうと推測する場所--そこは地元の人でも滅多に近寄らない藪の中だ--に足を踏み入れた瞬間、激しい怒りの感情が全身を襲い足がすくんでしまった。
    怖い。殺される。
    本能が警鐘を鳴らすが、わたくしは奥に進んだ。そして目の前に現れたポケモンに、今度こそ腰が抜けそうになってしまった。
    何故なら。墜落した時の衝撃で倒れたであろう藪の上には、ジョウト地方で海の神と呼ばれている、ルギアが横たわりこちらを睨みつけていたから。
    普通のトレーナーなら、こんなにも弱ったルギアを見たら捕獲したいと思うかもしれない。
    でもわたくしはそんなことよりも、彼の翼に視線が向いていた。白い翼に微かに滲む血と、背中に生え揃っているはずの気流を読むために必要な小さな翼がいくつか無くなっていたのだ。加えて、彼は普通のルギアよりも幾分か小柄だった。
    (もしかしたら、ナワバリ争いに負けて、ここまで逃げてきたのかもしれない)
    とにかく怪我の手当を、と手を伸ばせば鋭い鳴き声で威嚇された。それでも引くことなんて出来なかった。
    「申し訳ありません。怖い、ですよね。わたくしが。でも怪我の手当てだけはさせてくださいまし」
    雨具と一緒に持ってきた持ち運びできる簡易的な救急ポーチの中から消毒液と包帯を取り出して、再び翼に触れようとした時。
    腕に鈍い痛みが走った。
    熱を持ち始める部位にそっと視線をずらせば、ルギアの鋭い牙が雨具の薄い布を貫通して、わたくしの腕に刺さっているのが見える。
    しかし。そんな攻撃的な態度を取られても、わたくしは尚も優しい言葉をかけ続けた。
    「びっくりしちゃいましたよね。すぐ終わりますから」
    ちょうど肩の位置にある、つるりとした彼の頭部を撫でる。近くで見ると、薄く光り輝く鱗が綺麗に敷き詰められていて。わたくしは痛みも忘れて見入っていた。
    生命の危険に晒されているのに、自らよりも圧倒的な存在に生殺与奪の権を握られているのに。
    わたくしはこの世のものでは無いような美しいそれを眺めて、無意識のうちに包帯を巻き終えて治療を終えると、そのまま気を失った。

    暖かい体温がそばにある。
    規則正しい呼吸音が聞こえる。
    懐かしい唄声が聞こえる。
    わたくしの意識が浮上した時、身体の節々が訴える痛みを認知するよりも先に、「お母様」と声に出していた。
    徐々にはっきりとする視界の中で、しかし、そこに母の姿はなかった。わたくしを抱き込むようにして横たわっていたのは、ルギアだ。
    そうして漸く、ここに至るまでの記憶が蘇ってきた。
    慌てて飛び起きようとすれば、噛みつかれた腕と冷え切った体が痛みを訴えて再び地面へ逆戻りしてしまった。
    『まだ、じっとしてて。いやしのはどうで、傷は塞がったけど、完治はしてないから』
    脳内に響く少し幼さが残る声に、これはルギアのテレパシーだとわかった。
    「どうして、わたくしを助けたのですか? あなたにとって、人間は天敵のはず」
    『なんでだろう。ぼくもよく分からないけど、どうしてかあなたは、助けなきゃいけないって思ったの』
    いつの間にか嵐は過ぎ去っていた。空を見上げると、雲の割れ目から満点の星空がよく見える。
    『ねぇ、あなたの名前を教えて』
    青い鱗に覆われた瞳が、わたくしの間近に迫る。そして導かれるように、言葉を紡いだ。
    「わたくしの名前は、ノボリと申します」
    『……ノボリ。ぼくの名前はクダリ』
    それだけ呟いてルギア--クダリは、わたくしの腰に吊り下がっていた空のモンスターボールのスイッチを押して、流れるように姿を消した。
    何が起きたのか理解出来ない自身を置き去りに、数度揺れた後カチリと鳴ったモンスターボールだけが、真実を如実に述べていた。
    そしてこれこそが、わたくしとクダリの出会いだった。

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