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    syoppai__ne

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    9月新刊予定の作品の序章部分「……ん、てん……"貂"ってば!」
    「……ん?」

    真っ暗だった。頬が触れている感触が硬い。机か何かに突っ伏している。顔を上げると、眠っていたからか視界が霞んでいたので何度か瞬きしてから目を擦る。目の前にいる人物はもうすっかり見慣れた顔だった。サラサラと綺麗な赤毛が顔の左側から吹いてくる爽やかな風に揺れて顔に少し張り付いている。

    「……練牙さん?」

    まず視界に入って来たもののその名を口にする。でも、段々周りが見えて来て、何かがおかしいことに気づく。目の前の練牙さんはなぜかブレザーの学生服を着ている。――あす高の制服じゃないな。どこのだ?オレたちなんかドラマとか撮影してたっけ。学生服を着た練牙さんは椅子の横に足を投げ出すようにして横向きに座って、オレを振り向いている。

    「…なんだよ、"練牙さん"って!オレは練牙じゃなくてレン!いつも"レン"って呼んでくれてるだろ?寝ぼけてるのか?」

    (……こいつは何を言っているんだ?)

    「いや、寝ぼけてるのそっちじゃないんですか…?オレはいつも練牙さんって……」
    「…?本当に大丈夫か…?練牙は"オレの兄"の方だろ?」
    「…は?」

    頭が痛くなってきた。いったいどういうことだ?
    こいつもしかして練牙さんじゃないのか?――いや、仕草とか挙動でその人が偽物かどうかの区別はできる。こいつは間違いなく、"オレの知ってる方の"練牙さんだ。じゃあ、なんで――
    周りをよく見たらみんな同じ制服を着ていて、一定間隔に並べられた席に座っている。ここは学校の教室のようだ。

    「あ、先生きた!」

    練牙さんを始め、ガヤガヤと色んな方向を向いて談笑していた学生たちが一斉に静かになって前へ向き直る。担任教師が入ってくる。――あれは、朔次郎さん?

    「えっ、朔次郎さん…?」
    「皆さん、お揃いですね。」

    朔次郎さんはオレと練牙さんの制服姿を見ても何も反応しない。それが当たり前の風景みたいな様子だった。

    (これもしかして夢か…?いやいや、いったいどういう夢だよ…)

    「それでは出席確認をしますよ。呼ばれた方は元気よく返事をすること!―――秋山薫さん」

    朔次郎さんが順番に生徒の名前を呼ぶ。この席はおそらく五十音順だ。でも、だとしたら西園の後ろが叢雲って真ん中相当抜けてんな。

    「西園レンさん」
    「はいッ!」

    ピカピカの小学一年生かってくらいの元気なハリのある声を出して、練牙さんはわざわざ挙手もする。周りがクスクス笑っている。オレこんなのと友だちなの恥ずかしいんだけど。
    ――ていうか今、"西園レン"って言ったか?

    「二曲輪貂さん」
    「―――!」

    ――ちょっと待て。どうして"そっち"の名前なんだ。ドキリと心臓を突然鷲掴みされたような心地だ。
    そんなの練牙さんに聞かれたら――

    「貂……?どうした、返事しないのか?」
    「え、いやだって、オレは……」
    「あはは!今日のお前なんかおかしいな!お前は、二曲輪貂だろ?」

    練牙さんの口からオレの本当の名前が紡がれると、ひどく居心地が悪い。練牙さんがオレの本当の名前を知るわけない。これは夢だ。絶対に。

    「二曲輪さん?」
    「…はーい。」

    まぁ、夢だとわかれば焦ることもないだろう。そういう設定なら終わるまで合わせてやろうじゃないか。オレの名前が二曲輪の方なら、練牙さんの後ろの席なのも納得だ。

    「貂と最後の学年同じクラスになれたのめちゃくちゃ嬉しいよ。しかも出席番号前後だし!一年の時は間に西野がいたからな〜」
    「そだね。オレも嬉しいよ…えっと…レン、さん?」
    「えッ……なんだよ、さんなんか付けないじゃんか、いつも。オレたち同い年なんだしさ!」
    「えっ……」

    まじかよ。いや、同じクラスで出席取られてんだからそうか。歳のことまで全然思考が回ってなかった。オレ、レンって呼び捨てしてる設定なの?キツすぎるだろ。

    (……なるべく呼ばないようにしよ。)

    「それより、貂!今日は始業式だからお前のダンス部もお休みだろ?このままお昼で終わりだし、今日も練牙と礼光が迎えにきてくれるみたいだから、一緒にお昼食べて帰ろうぜ!」

    練牙さんが朔次郎さんに聞こえないようにこっそり声を顰めてオレに話しかけ続けてくる。今の練牙さんの言葉に結構情報が詰まっていた。紐解いてみるか。
    まず、今日は三年生の始業式。次にオレはダンス部所属。――「練牙と礼光が迎えにくる」ってなんだ?でも今日「も」って言ってるから初めてのことではない。てか2人とも他校ってこと?――ここを探ってもまた不審がられるだけだ。着いていってみるか。

    「うん、いーよ。オレもこの後予定ないし。」
    「よし!決まりだな!じゃあこの後一緒に正門の方行こうな!」


    ――それから、始業式が終わった後、礼光さんたちが来るって言うからオレたちは教室で2人が来るのを窓の外を見ながら待っていた。
    驚くほどの快晴、校庭を囲う満開の桜。オレたちの教室の窓辺にも背の高い桜がすぐ近くに見える。だから、時折春疾風が吹いてはちらちらと教室の中に薄い半透明のカーテンが桜の花弁を招いている。こんな100点満点の始業式日和、現役でも経験したことない。だいたい、桜はもう散った後で出涸らしみたいなのしか残ってないか、曇ってるか雨降ってるか。
    夢だからなのかね。
    まぁ、オレたち以外はとっくにみんな帰っちゃったこの教室にはそんな風の音と桜の枝のざわつきしか入ってこないから、眠くなるくらい心地が良くて悪くない気分だけど。

    「あ。来た。」

    机から顔を上げたら、完全にこちら側に体を向けて座っていた練牙さんが立ち上がって、窓側に向かって歩いて行った。
    それと同じタイミングくらいで、窓の外から黄色い声がチラホラと上がった。練牙さんが「ほら」と手招きするので応じて立ち上がってやる。
    正門に、二つの人影。オレたちの着ているのと違う制服を着ているし、どちらも目立つ容姿をしているからすぐに気づいた。
    礼光さんと―――あれが、噂のキバさんか。
    まさか初めて直接見るのが夢の中だとは。いつもみたいに気難しそうな表情を斜め下に俯かせている礼光さんは長いアッシュ系の髪の毛を、ここでは頭の高い位置でひとつに結っている。あの礼光さんもこの練牙さんのことを"レン"だとか呼ぶんだろうか。もう1人くらい自分と同じ立場の人間がいればいいのにさ。
    じっと見すぎていたのか、キバさんの方がこちらに気づいて笑顔で手を振ってきた。無反応でいるわけにもいかなくて、少し目を泳がせてから会釈した。練牙さんは窓から身を乗り出す勢いで窓の縁を掴んで手を大きく振っていた。
    その大きな動作に気づいた礼光さんも、こちらの方へ視線を向けてフッと優しく微笑んだ。どうやら礼光さんもこの夢の中の人間のようだ。


    ―――


    「今年も見事に咲いたな。高校最後の年の門出として最高の景色だな。」

    そう話しながら桜の花弁を手のひらで受けようとするキバさんは、桜の枝の間から漏れる日の光に目を細める。その所作ひとつひとつが優雅で、同じ顔をしていても表情や一挙手一投足が違うだけでこうも印象が違うものかと隣で顔を輝かせてくるくる上を見ながら回っている練牙さんへ半分哀れみの目を向けた。

    「レンと貂は同じクラスだったのか?」

    自転車を手で押しながらオレの方を振り向く礼光さんのその言葉に一瞬顔が引き攣った。"貂"だって。しかもこんなお優しい表情を向けちゃって。ちょっと、いやかなり気持ち悪いかも。
    そういえば、この世界のオレはキバさんと礼光さんのことをなんて呼んでるんだろうか。

    「うん!同じクラスだった!2年の時は違かったから3年こそはって思ってたんだけどほんとによかったよなぁ」
    「嬉しそうだね、レン。」
    「当たり前だろ!なぁ貂!」
    「…そうですねえ。」

    オレの代わりに元気よく練牙さんが答える。
    鼻にピタッと花弁が舞い降りてくっ付いて、くしゃみしてて、ほんとに犬みたい。
    前を行くキバさんと礼光さんは楽しそうに談笑している。2人の背中に木漏れ日の影が映って揺らめく。時折吹く風に笑い声が乗って攫っていく。平和過ぎて拍子抜け。この夢、長いな。

    「貂!貂はお昼何食べたい?」
    「え?ああ…みんなに合わせますよ。好き嫌いとか特にないし。」
    「お前はいつもそれだよなぁ。じゃあ…ずっと行ってみたかった豚骨ラーメン屋さんがあるんだ!そこにしないか?」
    「ああ、あの駅前に新しくできた?いいよ。そこにしようか。」

    キバさんが振り向いて練牙さんに和かに微笑む。練牙さんはパァッと効果音が聞こえてきそうなほど表情を明るくさせたと思ったら、オレの手首をギュッと掴んできた。

    「じゃあそこまで競争だ!ビリの人が奢りな!よーいどん!」
    「えっちょ、ちょっと」

    戸惑うオレを気にも留めず、練牙さんはオレの手を引いて走り出した。

    「あはは!ずるいぞ、レン!よし、礼光号も出発だ!」
    「おい…!くだらないことに巻き込むな、練牙。」
    「でも奢りは嫌だろ。」
    「……チッ。まったく…」

    ザリザリと細いタイヤが桜の絨毯を踏む音が近づいてくる。
    それはあっという間にオレの隣にまで来て、礼光さんの自転車の後ろに乗ったキバさんが「お先!」と悪戯っぽく通り過ぎ際にオレに笑いかけてきた。

    「あーーっ!練牙ズルだぞー!」
    「あはは!そっちが先だろ〜!」

    とは言いつつも、礼光さんとキバさんはそこまで距離を離さないで走っている。オレの目の前で息を切らしながら走っている練牙さんと、バカみたいな競争をしている礼光さんとキバさんをぼんやり視界に捉えたままオレもされるがままに走る。

    なんか、そこまで嫌な感じがしない自分がいて、不思議だった。
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