夏服のおはなし「すまない。この制服は生徒用のものではないのか?オレが着るものでは……」
ベレトは目の前に広げられた夏服を手に取り、戸惑いの色を隠せなかった。その薄手の布地は涼しげだが、彼にとってはどこか頼りない印象を与えた。
「いえいえ、先生も兼用の制服なんですよ。」
後ろで笑顔を浮かべるシルヴァンが軽やかに答える。
「そうか……それにしても守りが薄い……心許ないな」
生地の軽さを確かめるようにベレトは裾をつまんだ。真剣な表情に込み上げる笑いを堪えながらシルヴァンは小さく肩をすくめた。
「そりゃまあ…ただの制服ですから。」
「そうだな、それは制服であって戦闘用の装束ではない」
その一言に、ベレトは納得したのか、着替えてくると言うと部屋から出て行った。
程なくして姿を現したディミトリは、ベレトの制服姿に一瞬言葉を失った。夏の爽やかな制服に包まれたベレトの姿は、どこか新鮮で――不意に何故かディミトリの頬が熱を帯びる。
「先生…うん、とてもよく似合っている。」
ディミトリが不意に呟いた言葉に、ベレトは困惑したように眉を寄せる。
「そうか……なら良いが。」
そう言いながら、ベレトはそわそわと襟元を整える。その姿を見ていたシルヴァンが、背後で抑えきれずに笑い出した。
「いやあ、ほんといい、いいもの見させてもらいました。」
背後から聞こえるシルヴァンの軽口に、ディミトリの眉間に深い皺が寄った。
「シルヴァン、お前は黙れ。」
低く威厳のある声でそう言うと、シルヴァンは軽く手を挙げて降参の意を示した。しかし、その目元の笑みは一向に消えず、おもしろそうにベレトとディミトリを見つめていた。
「ところで、お前たちは着替えないのか?」
訝しげに問いかけるベレトの言葉に、シルヴァンはまたも笑いを堪えきれず、肩を揺らした。
「先生、俺たちのはこれですよ。制服なんてもう着てます。」
「いつもの服じゃないか……。」
ベレトは少し首を傾げて考える素振りを見せたが、その後、シルヴァンにからかわれたことに気づき、静かに眉を寄せた。
「じゃあ教師用の制服というのも……」
「すみません、それは嘘です。ハンネマン先生がその服着ると思いますか?…まあ、先生は俺たちとそんなに変わらないから似合うと思ってつい。」
シルヴァンの軽い謝罪を聞き、深く息をついたベレトは短く「……そうか。」とだけ答えると、ちらりとディミトリに視線を送った。その視線に気づいたディミトリは、微かに目を伏せた。
「先生、その……すみません。俺も早めに止めればよかったのだが……その……なんていうか、…新鮮で、その姿も結構いいと思います。」
ディミトリが謝罪とも賞賛ともつかない言葉を口にすると、ベレトもよくわからないまま微かに頷いた。その様子を見ていたシルヴァンは、したり顔で言葉を挟む。
「でもさ、殿下も結構興味ありげに見てましたもんね。」
「……お前、本当に黙れと言っただろう。」
ディミトリが低く呟くと、シルヴァンは「おお、怖い怖い」と言いながら軽やかにその場を離れていった。
その場に静けさが戻ると、ベレトは制服の裾を直しながらぽつりと言った。
「……今回はもう仕方ないが……あまりからかわないでくれ。」
その控えめな抗議がどこか子どもじみていて、思わずディミトリは口元に微笑みを浮かべた。
「もちろんだ、先生。シルヴァンにはあとでしっかり言い聞かせておく。」
その低く穏やかな声に、ベレトは一瞬目を伏せた後、静かに頷いた。