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    Rhea_season

    @Rhea_season

    短文練習場and長文の呟き置き場
    現在、風花雪月ディミレト多めのレト推し
    先生の予後を見守りたい人。
    ほぼ捏造なので、なんでも許せる方向け
    のんびり穏やかな作風を好み、ハピエン厨
    R18はあまりありませんがご注意ください。

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    Rhea_season

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    2025年新年ディミレト
    幼馴染もチラホラ
    今年もよろしくお願いします

    #風花雪月
    wind,FlowerAndSnow
    #ディミレト
    dimSum

    HAPPY NEW YEARな一日のはじまり 夜の帳が静かに降りたフェルディアの街並みは、冬の硬質な空気を柔らかくほどくように、うっすらと降り始めた雪を淡く照らしていた。街路に並ぶ灯火が白い夜のシルエットを浮かび上がらせ、凛とした冷たさの中に、どこか幻想的な温もりを漂わせている。

     新年の祝いに沸き立っていた昼間の喧噪は、今は静寂を取り戻していた。王宮の深い回廊を抜け、客間へと続く扉を開けば、暖炉の火が照らす部屋がある。普段は儀礼や謁見が繰り広げられる厳かな空気も、この夜ばかりはどこか和やかだった。
     テーブルには簡素な食事と、彩り豊かな菓子が並べられていた。豪華絢爛というよりも、家族や大切な仲間内だけが集う内輪の宴といった風情だ。誰からともなく注がれる酒が、少しずつ杯を満たし、やがて微かな酔いの空気が場を包み始める。
     この宴の参加者は、国王ディミトリを筆頭に、イングリット、フェリクス、そしてシルヴァンの幼馴染に加え、昨夜の礼拝を終えそのままフェルディアに滞在していたベレトだった。
     恩師であり、大司教となった彼を、こうして身内だけの祝宴に迎えるのは不思議な感慨を誘うが、それだけではない――シルヴァンが時折見せる意味深な笑顔が、その“特別”な空気をいっそうあおっていた。
     シルヴァンはワイングラスを片手に、部屋の隅で静かに腰掛けていたベレトのもとへとすり寄っていく。その瞳には、わずかに悪ふざけを企んでいる様子が感じられた。

    「先生、もっとこっちに来なよ。こんなにしんとしちゃって、今日は無礼講ですよ?」

    その言葉に、ベレトは苦笑いを浮かべた。シルヴァンの手招きに困惑しつつも、彼の真っ直ぐな好意が憎めない。
     祭服を脱ぎ、馴染み深い平服に身を包んだベレトの姿は、自然と士官学校時代の記憶を呼び覚ました。その佇まいも、落ち着いた微笑みも、あの頃となんら変わらない。
     かつて彼らの教師として堂々と学級を導いていたベレトが、今ではどこか一番年下のように見えるのだから、不思議なものだ。当時と変わらぬ容姿が、むしろ一層その印象を際立たせる。どれほど頼りがいがあり、尊敬の念を集めていた恩師が、今となっては妙な庇護欲を引き出す存在になっている。そう感じているのは、きっと自分だけではないだろう。
     さらに、士官学校時代は酒を交わすどころか、そんな余裕さえなかった。あの厳しい日々を思い返せば、シルヴァンが半ば強引に酒を勧めてしまうのも無理はない。
     シルヴァンはベレトの前にワイングラスを差し出した。最初こそ戸惑いを滲ませていたベレトだが、やがて遠慮がちに笑みを浮かべた。
     
    「先生、この新年くらいは肩の力を抜いてくれないと、俺たちも張り合いがないですよ」

     シルヴァンが再度軽やかに笑いかけると、ベレトは少し首を傾げながら、まるで何かを思い出すように目を伏せた。

    「酒は苦手なんだ。父からも『飲み過ぎるな』と言われていて……」

     言いかけたところで、シルヴァンの手が間髪入れずに伸び、ベレトのグラスへと赤ワインが注がれていく。注がれた液体はろうそくの灯りを受けて深い色彩を帯び、揺らめくように光を宿した。

    「大丈夫大丈夫、そんなに強いお酒じゃありません。ファーガスのワインは香りが良くて飲みやすいんです。ね、先生だって、たまには“楽しむ”ってことを覚えましょ?」

     その無邪気な笑顔を見ていると、断るのが悪い気にもなってしまうのだろう。ベレトは困り果てた様子を浮かべながら、小さく息を吐いた。

    「じゃあ…一杯、だけ……」

     その返事を聞いた瞬間、シルヴァンは「よっしゃ」とばかりに笑顔を弾けさせる。向こうでは、イングリットが呆れたようにため息をつくのが見えたが、シルヴァンはまったく気にしていない。

    「こういう無礼講の場くらいですよ。先生がお酒を嗜めるのは。それになにかあったら、陛下がどうにかしてくれますし」

    「お前だけが楽しんでいるのではないか?」

     フェリクスが腕を組みながら低く呟いた。彼の声には苛立ちが滲むが、シルヴァンはまったく意に介さず、得意げな笑みを絶やさない。

    「フェリクス、お前だって内心はちょっと興味あるだろ? 先生が酔ったらどうなるか――ね?」

    「くだらん。興味などない」

     フェリクスは吐き捨てるように言い、シルヴァンの顔から視線を外す。だが、その不機嫌そうな横顔に隠された感情がどんなものであれ、幼馴染のシルヴァンにはお見通しだろう。
     一方、少し離れたところではイングリットがディミトリに向かって苦言を呈していた。

    「陛下、シルヴァンを少しは止めないと。先生が困っています」

     その声に、ディミトリは静かに息をつきながら、ベレトの様子をチラリと確認する。とはいえ、ベレト自身もすこし、ワインに興味がありそうな様子を醸している。勧め方はさておき、それだからこそ、すぐに制止することができなかった。

    「そうだな……。先生が嫌がっているなら止めるべきだが、なによりも先生の意志が最優先だ。しばらく様子を見ておく。」

     ディミトリの言葉に、イングリットはわずかに肩の力を抜いた。

    「わかりました。ただ、先生が本格的に酔いつぶれる前に、陛下が取りなしてくださいますようお願いします」



     その後、シルヴァンの甘い勧めに押されて、ベレトは口当たりの良い赤ワインを数口だけ味わうことになった。
     最初にグラスを傾けたときのベレトの表情は、ほんのりと驚いたようだった。アルコールの刺激を想定して身構えていたのに、舌を包むのは果実の優しい甘みと仄かな酸味。まるで果実のような柔らかさを、ベレトは静かに受け止めていた。

    「どうです? ファーガス産のワインってけっこうイケるでしょう?」

     シルヴァンが勢いよく顔を寄せると、ベレトは緩やかに笑んで頷いた。

    「悪くないな……もう少しだけ……」

     それを見逃すはずがないシルヴァンは、喜々として次の一口を勧め始めた。近くで見ていたディミトリとイングリットは、ほとほと呆れた表情を浮かべたが、とりあえずはベレトの様子を見守ることにした。
     そして――案の定、というべきか。

    「ディミトリ……これ、結構……美味しい……」

     いつもは落ち着いた眼差しのベレトが、とろんと潤んだような視線でディミトリを見つめている。その頬は白い雪のように淡いのに、今はほんのり桜色だ。
     その姿が視界に飛び込んだ瞬間、ディミトリは眉をひそめながらも、小さくため息をついた。

    「先生、酔っているようだ。そこまで強いワインでもないのに……やはり普段飲まない人にはきついのか」

    「ふふ……ディミトリは……優しいな……」

     言いながら、ベレトは体を傾け、ディミトリの肩に寄りかかる。おそらく本人は何気なくそうしたつもりかもしれない。だが、周囲で見ている者からすれば、それはあまりに親しげな距離感だった。
     気づけばシルヴァンが口元を押さえて吹き出しそうになっていた。フェリクスは一瞬だけ視線をそらして腕を組み直し、イングリットはわかりやすく咳払いをして誤魔化している。

    「これ以上はやめておいたほうがいい。先生、ほら、水を飲んで」

     ディミトリはテーブルに置いてあった水の入ったカラフェを取り、グラスに注ぎベレトへ差し出す。ところがベレトは、ワイングラスと間違えているのか、何も言わずに水をあおろうとする。

    「おい、落ち着け。これはただの水だ」

    「ん……」

     まどろむような瞳でディミトリを見つめるベレト。そのまま彼は水をひと口飲むと、まるでホッとしたように薄く笑みを作った。

    「……寝そうだ」

    「先生、少し横になって休め。酔いには慣れていないだろう」

     ディミトリが落ち着いた声で言うと、ベレトは抵抗することもなく素直に頷き、ふわりとディミトリの外套に包み込まれる。ディミトリはそっと彼の肩を支え、その頭を自分の胸元に寄せる。

    (まったく……)

     その姿には、傭兵時代の面影は欠片もない。かつて『灰色の悪魔』として戦場で恐れられ、教師としても感情を多く語らなかったベレトが、今こうして縋るように身をゆだねている。ディミトリは周りの目を意識しながらも、微妙に頬を染めつつ、静かにベレトの頭を撫でた。
     隣から聞こえるシルヴァンのくすくす笑いが耳障りだが、何も言い返す気になれない。それよりも、ベレトの体温がこうして近くにある事実に、ディミトリは不思議な安堵を感じていた。



     それからしばらくして、部屋の空気はさらに和やかに変わっていった。飲める者は飲み、口数の少ない者はそれなりに過ごす。無礼講という言葉のもとに緩む心が、却って一人一人の素顔を浮き彫りにした。
     けれど、徐々に皆の意識が、ディミトリとベレトの姿へと向かっていることは確かだった。なぜなら、ディミトリが時折グラスを置いてはベレトの頭を撫で、水を飲ませ、彼の手をやんわりと握り甲斐甲斐しくお世話をしているからにほかならない。そんなに心配するほどでもない酔いだと思うのだが、ディミトリは終始、隣のベレトを気遣ってやまないのだ。
     シルヴァンはそれが面白くて仕方ない様子で、ことあるごとにイングリットやフェリクスに囁きかける。

    「なあ、あの二人、隠してる気ある?」

    「どうでしょう」

     イングリットはあからさまにため息をつき、グラスの中の液体を揺らした。

    「まあ、あれで隠してると思ってる時点で無理があるのよ。」

    「まったく、くだらない」

     フェリクスは短くそう呟くものの、彼の視線はどこかしらディミトリたちを黙って見届けようとする眼差しが向けられていた。

    「まあさ、陛下だって色々大変なんだろう。王としての立場と、ああいう個人的な気持ちと。無理に隠そうとするんだろうけど、傍目から見ればバレバレだしもう大半の人が気づいていることなのにね」

     シルヴァンの声には、どこかからかうような響きとともに、ほんの少し優しさが混じる。

    「それに、'"先生"が"ベレト"になるまでだっていろいろあったんだよ。こうして祝宴で肩寄せ合えるだけでも、あの頃から考えると奇跡みたいなもんだ」

     その言葉に、イングリットは少しだけ目を細めた。確かに、二人が共に歩んできた道のりを思えば、この穏やかな時間こそが奇跡かもしれない。
     フェリクスも黙って酒を口にするだけだったが、内心ではシルヴァンの言い分に反論する気はないだろう。

    「早く宣言して楽になれば良いのに」



     一方、ディミトリの外套に包まれたベレトは、ほとんど意識が半分ほど夢の中にいるようだった。アルコールに慣れない体が、少しばかりのワインでくるりと浮き上がってしまったのだろう。ときどきディミトリの腕の中で小さく身じろぎしながら、耳元でかすれた声を漏らす。

    「ディミトリ……ちゃんと……起きてるから……」

    「はいはい、起きてるね。無理せず少し休もう。新年早々体を壊したら、セテス殿に叱られるぞ」

    「……そうだな……」

     ベレトの瞼は伏せたまま。あたたかい炉の火の音が、微かにパチパチと燃える薪の音を立てている。そんな静かなぬくもりの中に、ベレトは完全に身を委ねていた。ディミトリは時折、自分の肩にもたれかかるベレトの髪に触れながら、視線を周囲へ移す。
     かつては幼馴染たちと賑やかに語り合うことすら難しい時期があった。王国の有事や戦乱の中、剣を取り生き残るために足掻くしかできなかったあの日々。今こうして、同じ部屋で笑い合えることがどんなに尊く、奇跡的か。ディミトリは胸の奥に、ひたひたと感慨の波を感じた。
     ふと、シルヴァンの視線を見つけ、彼がニヤリと笑ってウインクしてくるのがわかった。ディミトリは軽く視線をそらすが、隣のベレトを見れば、眠りかけている姿はまだ完全に意識が飛びきってはいないようで、どこか恥ずかしげに口元を緩めている。

    (……ばれていないと思っていたんだが…)

     と、内心で呟くものの、自分とベレトの関係がすでに周囲に筒抜けであることは、流石にディミトリだって気づいていた。とはいえ、王としては、あまりおおっぴらに私情を漏らすわけにはいかない。それでも、誰の目も気にすることなく彼の肩を抱き寄せたい。そんな矛盾めいた願いが、胸の中で渦巻いた。
     まあ、この夜ばかりは幼馴染だけのささやかな集まりだ。周りが何を思おうとも、もう少しだけ、このままでもいい。ディミトリはそう思いながら、ベレトの体を少しだけ自分のほうへ引き寄せた。



     夜が更けるにつれ、外の雪はいっそう激しさを増していた。窓の外には、ハラハラと舞い散る綿雪が街を白く染めている。その光景を目で追いながら、イングリットがぽつりと呟いた。

    「明日もまた冷え込みそうね。フェルディアって本当に寒さが厳しいわ。戦乱がないだけ、だいぶ気は楽だけど」

     戦が終わった今、こうして穏やかに新年を迎えられる幸福。その言葉がふいに胸を温める。隣でフェリクスがグラスを置きながら、いつになくしみじみとした声で呟く。

    「戦場よりは、はるかにマシだ。……ただ、そのぶんやることが増えている陛下を見ると、どちらが楽かはわからんがな」

     ディミトリが領地の復興や民衆の安定に奔走しているのは、皆も知るところだ。領主として、国王としての責任を果たしながら、こうした時間を作るのも、決してたやすいことではない。
     けれど、その努力の結晶が今夜の柔らかな灯火の中にある――そう言わんばかりに、シルヴァンはグラスを高く掲げた。

    「だからこそ、こういうときこそパーッと楽しまなきゃ! 陛下の酒代って考えてもらってもいいですよね?」

    「それはいいが、お前はすでに飲み過ぎだ。いい加減にしろ」

     ディミトリが軽くたしなめると、シルヴァンは「へいへい」と気のない返事をしつつ、グラスをまた傾ける。
     一方で、抱きかかえられるようにして休んでいたベレトは、時折うっすら瞼を開いては、ディミトリの方へ向かってかすかな微笑みを浮かべている。

    「ディミトリ……俺、眠く……ないぞ……」

    「はいはい、わかった。少し外の空気を吸ってから休むか?」

    「……そうだな」

     もっとも、ほとんど意識はぼんやりしているようで、まともに歩けそうにはない。ディミトリは静かに立ち上がり、肩を貸すようにしてベレトを起こすと、そっと背中を支える。
    「俺たち、少し散歩してくる。戻りが遅かったら皆は先に休んでくれ」

    「はーい、行ってらっしゃい。先生が転ばないようにねー」

     シルヴァンは軽妙な口調で手を振るが、その瞳にはどこか優しい光がある。イングリットは心配そうな顔を見せつつも、「陛下がいれば大丈夫でしょう」と小声で呟き、フェリクスは気だるげに視線をそらしただけだった。



     王宮の廊下は、夜の静寂に包まれている。正面の大きな窓の外には雪が舞い降り、街灯の先で白く溶けていく。
     ディミトリはベレトの肩をしっかり抱き寄せながら、時折「足元に気をつけろ」と声をかけた。ようやく風の当たらないバルコニーの片隅まで来ると、冷たい空気が肌を刺すように感じられる。

    「冷えるな。……平気か?」

     問うディミトリに、ベレトは少し空を仰ぎ見ながら、白い吐息を静かにこぼす。吹き抜ける夜風に、酔いがいくらか冷まされたのか、その瞳には先ほどより理性の色が戻ってきていた。

    「うん。ありがとう、ディミトリ……」

     それはまるで、二人きりの時間がうれしくてたまらない、と言わんばかりの、穏やかな微笑みだった。王宮の遠くからは、まだ祝宴の名残が届いてくる。笑い声や時折聞こえる乾杯の声が、かすかな反響となって夜に溶けていく。
     ディミトリはベレトの体を自分の方へ少し回転させ、向き合う形で支え直した。彼の頬はほんのり赤い。服の襟元から覗く肌に、夜の冷気が当たって白く霞んでいるのが見えた。

    「先生……いや、ベレト。大丈夫か? 寒くないか?」

    「平気。それより……。ありがとう」

    「何が?」

    「――こうして、新年を迎えられたのがうれしいんだ。お前と、みんなと……当たり前のように笑っていられることが、本当に幸せで……」

     その言葉は、まるで涙とともに落ちてくるのではないか、と思うほど柔らかく響いた。自分だけでなくベレトも戦乱の中で数えきれないほど多くの別れと悲しみを見てきた。大切な人を失い、あるいは守りたい人を守りきれず、それでも剣を握り締めていた日々。
     平和になった今、この穏やかな日常が信じられないほど尊くて、それを一番近くで分かち合いたいのがディミトリなのだろう。

    「……こちらこそ、感謝している。お前がここにいてくれること。それだけで俺は……」

     言葉を続けようとしたとき、ベレトが不意にディミトリの胸へと顔を埋め、ぎゅっと抱きついた。まるで先ほどと同じように甘える仕草だが、今は意識もはっきりしているからこそ、その腕に込められた力がやけに切実に伝わってくる。

    「……もう少し、こうしていたい」

    「ああ……」

     ディミトリはやわらかく答え、少し腰を落としてベレトを包むように両腕を回した。無音に近い夜のバルコニー。吐く息だけが白く、互いの体温が確かにそこにあることを示している。
     誰も見ていないのをいいことに、ディミトリはベレトの髪に静かに口づけた。ほんの短い一瞬。それだけでも、この夜のすべてが報われるような気がした。

    「ワイン美味しかった…あれは…危険な飲み物だ」
    「ああ、ジェラルト殿が禁止していた意味はよくわかったけどな」

    酒に酔ってふわふわと揺れるベレトを思い出して、ディミトリは肩を揺らして笑った。

    「俺がいないときは酒は禁止だ」

    「のまない、のまない、なにしろオレは大司教だからな」


     
     温かな吐息が混ざり合う。どこからか聞こえる遠い鐘の音が、夜の深まりを告げている。

    「……戻るか。体を冷やしてはいけない。風邪を引かせたら、俺が皆に叱られる」

     ディミトリがそう言うと、ベレトは名残惜しそうに体をほどいた。まだほんの少しだけ酔いの残る顔に、照れの色が差している。

    「うん、わかったよ……」



     二人が部屋に戻ってくると、宴の賑わいはある意味落ち着きを取り戻していた。すでにシルヴァンは酔いが回りすぎてテーブルに突っ伏し、イングリットが困り果てた様子でその背中をさすっている。フェリクスは一人で静かに考え事でもしているのか、グラスを片手に窓辺に立っていた。
     戻ってきた二人の姿を見ると、イングリットが心配そうに振り返る。

    「大丈夫ですか? 先生、随分顔色が良くなったようですが……」

    「外の空気を吸ってきたら、少し酔いがさめたみたいだ」

     ディミトリが答えると、イングリットは安堵の息をつきながら微笑んだ。そしてベレトの方を見て、

    「本当によかった。……でも、お酒の量は考えてくださいね。シルヴァンの強引さは昔からだから」

     何度言ったって聞かないのよ、と呆れ顔のイングリットに、ベレトは申し訳なさそうに笑う。

    「心配をかけてすまない。自分としても試してみたい気持ちもあって……いつも皆が楽しそうに飲んでいたから……」

     その言葉にイングリットは優しい表情で首を振った。

    「いいんですよ。先生とただの“先生”じゃなくて、一人の友人として楽しめるなら、私たちはうれしいんです」

     そのやり取りを聞きながら、フェリクスがふと窓辺から視線を外し、テーブルに戻ってきた。

    「…ずっと教師面をされるよりは、よほど気楽だ」

     そう言いながらも、その声の調子は決して冷たくはない。いつものように淡々としたなかに優しさが滲む言い方だった。



    ――気づけば夜はさらに深まっていた。
    部屋の暖炉は残りわずかとなった薪を燃やし、ワインと酒の瓶はすっかり空になった。
     シルヴァンはイングリットの注意を受けてやっと起き上がり、「ふぁー」と大きな欠伸を噛み殺す。

    「さすがに眠くなってきたな……もう朝か?」

    「まだそこまでではないが、明け方も近い。明日は通常業務もあるし、無理は禁物だ」

     ディミトリの言葉に、シルヴァンは素直に頷いて見せる。

    「はいはい。じゃあ俺もそろそろ部屋に戻るとするか。……いや、しかし、足元ふらつくな」

     本人が気づいていなかっただけで、けっこう酔っているらしい。そんなシルヴァンを半ば呆れ顔のイングリットが支えるようにして立ち上がる。

    「まったく、あなたは……。フェリクス、悪いけどちょっと手伝って」

    「なんで俺が……仕方ないな」

     こうして騒がしかった三人は、ディミトリとベレトに軽く会釈して部屋を出て行った。最後に扉が閉まると、そこにはディミトリとベレトだけが残された。
     部屋に漂う灯火は随分弱まっていて、外の夜空は相変わらず降りしきる雪を映しだしている。ほのかに冷え込む空気に触れながら、ディミトリは静かに口を開いた。

    「……もう少し、ここにいるか?」

     ベレトはさっきより随分意識がはっきりしているようで、少し笑みをこぼした。

    「そうだな。あと少しだけ……」

     この穏やかな時間を名残惜しむように、ディミトリは椅子を少し引き寄せ、暖炉のそばへ座り直す。そこへ遠慮がちに腰かけたベレトを、自分の外套ごと包み込むようにそっと寄せた。
     こんな光景をほかの人に見られたら、と考えると少しだけ胸がざわめくが、今はそれより、この静けさが愛おしい。

     ディミトリはベレトの髪にそっと手を乗せ、優しく撫でた。彼はまぶたを閉じ、心地よさそうに息をつく。暖炉の火が語るように揺れて、わずかな時間が永遠のように感じられる。

     外では新たな年の祝福を受けた雪が、しんしんと降り続いている。明日が来たら、それぞれまた責任ある仕事に追われるだろう。けれど、それでもいい。たとえほんの短い瞬間でも、こうして寄り添う時間が、ディミトリとベレトにとっての新年の大切な記憶になるのだから。

    そして――。
     こぼれ落ちた小さな幸せを抱えるように、二人は静かに目を閉じた。冬の凛とした冷えと、暖炉の揺らぎ。それらを感じながら、始まったばかりの新しい年に、小さな祈りを捧げる。

    いつまでも続きますように。

     声にならない願いとともに、やがて夜は白んでいく。
     新年を迎えたこの一日が、二人の未来を祝福してくれることを信じて――。


    ----
    あけましておめでとうございます
    今年度もセンセ最推しで好き勝手妄想したいと思います。
    よろしければお付き合いください。

     
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