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注意:エージェント(男)が喋ります。
ラウンジの開店準備前。颯、宗雲、浄の三人がカウンター前でいつものように雑談をしていた。
「この間常連さんとランチに行ったのだけれど、とても見映えのいい料理だったんだ」
浄はそう言い、スマフォの画面を見せる。しかし、画面に映っているのは浄と女性との親しげな自撮り写真。どう見ても料理の写真ではない。
「……料理の写真では無いが」
宗雲が至極当然な指摘をすると、浄はわざとらしい声をあげた。
「ああ、間違えた。別のレディとのデートの写真を見せてしまった」
「絶対ワザとでしょ。宗雲怒っていいよ」
わざと宗雲に女性との写真を最初から見せる気であったろう浄に、呆れた視線を投げつつ、口をとがらせて宗雲へ言葉を投げる。
「この程度では怒らないが」
しかし、宗雲は気にしていない様子で、颯に言葉を返す。浄が女性達と親しいのはいつものことである。当たり前だが、自分もラウンジで働いているので女性を相手にするし、なんてことは無い。
「いや、いくら仲良いからって距離近すぎだよ~」
「あった、こっちだ」
颯の苦言を無視し、スマフォの画面をまた二人の方へ向ける。向けられた画面にはきちんと料理が映っていた。いくつか画面をスライドしていくと、凝られていて可愛らしい飾りがあったり、盛り付けにも工夫がされているイタリアン料理の写真が何枚かあった。花のアレジメントのような盛り付け方のされたバーニャカウダなどは、とても目を引く。
「えー美味しそう!後で皇紀さんにも見せてあげてよ!」
画面を見た颯のそこに呆れた顔はなく、キラキラと目を輝かせていた。自分の知らない美味しそうな料理の写真は心が踊る。
颯はポケットからスマフォを取りだし、カメラロールを表示した。
「僕も対抗しよっかな~最近なにか面白かった写真あるかな」
宗雲は他に見せてない写真はあるかどうか確認している浄と、色々撮ったんだよね、とカメラロールを見直している颯を交互に見る。
「...お前達はよく写真を撮るんだな」
「そうかな?普通くらいじゃない?宗雲は最近何か撮ったものないの?」
問われた宗雲は自身のスマフォを取りだしてカメラロールを見直す。
「……」
「すごいな。カメラロールが花ばっかりじゃないか」
「お店の花だね!えーもっとなんか撮りなよ~!ってか撮ろうよ!」
宗雲のカメラロールはラウンジに飾ってある花、自身の家庭菜園の記録として撮った草花や野菜など、花で溢れていた。他人と遊んだ時の写真や自撮りや料理の写真など、たくさんのものを撮っている浄と颯とは対称的である。
「ふむ」
もっとなにか撮れ、と言われても、何を?と疑問に思っていると、皇紀が出勤してきた。
「騒がしいな」
「あ!皇紀さん来た!浄、さっきの写真!」
スマフォ貸して、と手を差し出す颯に浄は「ああ、」と返し、カメラロールをイタリアン料理の写真に戻してスマフォを渡す。スマフォを受け取った颯は見てみて!と皇紀の元へ駆け寄り、画面を見せた。
「見て、この間浄が食べた料理だって」「料理?...へえ、悪くない」そんな会話をしている二人をよそに、宗雲へ視線をなげる。
「さっきの、妬いた?」
やはりさっきの写真はわざと間違えて見せたのだ。いたずらをするような楽しげな表情で問う浄に、首を横に振る。
「妬かないな。」
「じゃあ、一緒に写真撮りたくなった?」
「?別に思わないが」
思ってもいなかった言葉に少し驚くが、問われて思ったことをそのまま口にした。何故、自分と浄が写真を撮るのか。
「はは、つれないな」
まあ、言うと思ったけどね、と浄は笑った。
「へーうさぎ抱っこしてる浄!絶対かわいいじゃん。僕も見たかったな」
浄はこの日、開店準備前の雑談で先代エージェントが撮った写真が出てきた話をした。
「じゃあ、代わりにこの間出掛けた時の写真を見せてあげよう」
さっとスマフォを取り出し、目的の写真を探す。
「お客さんとのデートの写真ならこの間見てせもらったよ」
「違うよ。ほら、パンケーキ食べてる宗雲だ」
見せたのは、間違いなくチョコやベリーソースなどで可愛らしくデコレーションされているフルーツの乗ったパンケーキを頬張っている宗雲の姿だった。若者向けに新しいメニューが出たらしい、とあれやこれや口車に乗せて二人で食べに行った店の話である。
「待て、いつ撮った?」
颯と浄から少し離れて書類に目を通していた宗雲は、自分の名前が出されると思わなかった為、少し慌てて画面を確認しに二人の方へ体を伸ばす。間違いなく自分の写真である。恨めしそうに浄を見ると、
「お前が食べるのに夢中な時に、かな」
と、いたずらが成功した子どものようにウィンクして笑ってみせた。本当に気付かなかった。確かにパンケーキは美味ではあったが、浄に撮られているのにも気付かないとは、夢中になり過ぎていたようだ。
「えー美味しそう!いいなあ~宗雲は浄のこと撮ってないの?あとは自撮りとか!」
過去の己に少しばかり恥じていると、颯が聞き慣れない単語を出した。
「地鶏……?」
今どき自撮りを地鶏と勘違いするなんて宗雲くらいではないだろうか。そう思いつつ、颯はスマフォのカメラを起動し、自分たちを映してみせた。
「こうやってインカメで自分を撮るんだよ。出かけた時に綺麗な場所で撮るといいよ!」
「撮ってどうするんだ」
「今日楽しかったな〜って後で見返すでしょ!まあ、自撮りはちょっとテクニックいるけど!」
「ああ、宗雲に自撮りは難しいかもな」
自撮りというものは前方四十五度の角度くらいが良くて、顎はちょっと引く、そしてポーズがどうの、撮る場所は屋内と屋外では、と色んなことを浄と颯が話し始めたが、よく分からないので宗雲は話を打ち切ることにした。時間的にもちょうどいい。開店準備だ。
「はーい」と素直に答えた颯がスマフォを仕舞ってバーカウンターから離れた。
数日後、宗雲は仮面カフェに休憩に訪れた。
そういえばこの間、浄の写真の話をしたな、と思い出し、話題をエージェントに振った。すると、エージェントは「ああ!」と思い出したようだった。
「浄さんのあの写真、いい写真でしたよ。宗雲さんは日頃からなにか撮ってたりしますか?」
「ウィズダムに飾る花の写真ならある。」
浄と颯にカメラロールに花しかない、と驚かれたのは記憶に新しい。
「日によって違いますもんね。それ以外に誰かと撮ったものはないんですか?」
「いや、ないな。情報収集のために必要なものは写真に収めているが」
「ウィズダムの人たちとの写真とか」
「颯のスマフォにはあるかもしれないが、俺のにはないな」
「景色とか、動物とか」
「ないな」
「……昔の思い出とか」
「過去に関するものはもちろん残っていない」
「そう、ですよね……」
何かあるだろうと軽く思っていたものが次々と否定され、最後の苦し紛れの問いも冷静に否定され、宗雲のカメラロールには本当に花しかないのだということが少しの会話でエージェントに察せられた。
「ウィズダムシンクスとして活動するにあたり、記録として残せるものには写真で残す価値はあると思うが、個人的なものか……」
「価値ってそんな難しいことを!価値ならあります!今の宗雲さんは今しかないんですから!一瞬一瞬が大事ですよ!為士くんも制作に勤しんでます!」
エージェントは為士くんを思い出してください、と声高々に熱く宗雲に語りかける。
「いや、俺はあそこまで自分の顔に陶酔しているわけではないからな……」
俺は美しい、と日々自画像制作に勤しみ、自分の美しさに関連することしか喋らない青年を思い浮かべ、さすがに自分はあの青年ほどでは無い、とエージェントの言葉を否定する。
「カメラに写りたくない、とか嫌な気持ちありますか?」
「そういうのは無いが、不得手ではある。」
いかにも楽しい、とアピールするようなポーズをとるのは自分に似合わない。じゃあポーズをとらないならどう映るのか。棒立ちである。他に思いつかない。映りたくないとは思わないが、誰かと撮った経験値が少ないので、どう映ったらいいのか正解が分からない。
「写真は慣れですよ。宗雲さんも未来の自分のために思い出を残してみませんか?」
花だけのカメラロールでは寂しい。写真に嫌な気持ちもなく、苦手というだけなら、もったいない。エージェントがそう思っての提案であった。
「……未来の自分?」
エージェントから想像していなかった言葉が出てくる。未来の自分のために写真を撮るというのだ。エージェントは楽しそうに頷いた。
「はい!写真撮って、疲れた時に楽しかった思い出を見返すと、とても元気が出るので!僕はみんなとの思い出に救われています。宗雲さんも疲れた時に見返す為にどうでしょう?元気の出る自分だけのお宝アルバムです」
「お宝アルバム……」
「はい。僕だけのとっておきのアルバムです。盛れた写真も、盛れてない写真も、ブレてしまった写真も、全部大事な思い出です。それに...撮りたい時に撮っとかないと、あとで思い出がなくて後悔することもあるので...」
そう言うとエージェントの表情が少し曇った。先代エージェントであった父親とのことであろう。彼とは思い出がほとんどないのだ。父親がエージェントであったことすら彼は知らなかったのだ。これについては深く追求はしまい。
「……そうだな」
自分にも過去にお宝アルバムがあった。今ではそのアルバムがあった痕跡すら無くなっただろうけども。それについてはどうも思わない。とうに捨てたものだったからだ。今はなくとも、これからの未来がある。未来で後悔をしないために、何ができるのか。仮面カフェを退店し、帰路に着く中で宗雲は考え事に耽った。
「おや、クリスマスも近いからか、可愛らしい装飾がされているな。」
用事で浄と外出していた帰り、ほんの数日前までそこになったものに気付いた。
クリスマスが近い。街路樹に装飾が施され、花壇にもサンタクロースやトナカイなどのインテリアが置いてあり、街全体が華やかにイルミネーションで彩られている。
「そうだな」
宗雲はそう言って上着のポケットからスマフォを取りだした。
「写真に撮るのか?」
「ああ、自撮りとやらを撮ろうかと思って。こういう「映える」ものと一緒に撮るのが定石なのだろう?」
インカメラに変え、自分と浄が映るようにする。たしか角度がどうとか言っていた。どの辺から映すのがいいのか。スマフォを上げたり下げたりしてポジションで悩む。
「貸してごらん。それからもっとこちらに寄って」
見かねた浄にスマフォを渡す。ぐっと肩を引き寄せられ、浄との距離が一気に縮まる。
「撮れたよ。」
二回ほど撮影音がして、スマフォを返される。実にスマートだ。撮れた写真を確認すると、自分と浄、そしてイルミネーションが綺麗に映っていた。カメラの角度も光源の位置も完璧だった。
「やはり慣れているな」
「まあね」
後で写真送って、と言う浄は、理由は分からないが少し上機嫌そうだった。
ある日、宗雲は厨房にいる皇紀に話しかけた。
「皇紀。新メニュー開発の調子はどうだ」
皇紀は宗雲には目線も向けず、手を動かし続ける。
「もうすぐ一つ試作が出来上がる。少し待て」
「ああ。出来上がったら写真も撮っていいか」
「写真?」
宗雲から出ると思わなかった単語に思わず眉尻が上がる。普段花しか写真撮らない男が、料理の写真を撮りたいと言うのだ。
「お前の料理は盛り付けが見事だからな。それに、写真を撮るお客様も多い。撮った時の見映えも大事だろう」
記録として料理の写真を撮るのも悪くない、お客様に満足のいく料理を提供するためでもある、などともっともらしいことを言い並べている。宗雲はお世辞を言わないから本当のことも言っているのであろうが、彼が写真を獲りたいだけなのも少しはあるのだろう。
「好きにしろ」
特に追及する意味もない。好きにさせることにしよう。
あいからわず目線を宗雲に向けることはなく皇紀は手を動かし続けた。
ある日、颯が周りに誰もいないことを確認して近づいてくる。
「宗雲見て。皇紀さんの可愛い寝顔」
見せられた画面には天使のような寝顔をした皇紀がいた。普段の言動からは想像のつかないあどけない寝顔であった。
「……よく気付かれずに撮れたな」
皇紀さんが写真に撮らせてくれない、と嘆いているのはよく聞いてきた。気配に敏感でもあり、こっそり撮ろうと思ってもなかなか撮れないのだ。そんな皇紀に気付かれずついに寝顔を撮影してみせた颯に素直に驚嘆した。
「すっごい慎重~に息を止めて撮った!寝顔可愛くて。あっでも内緒にしてね?」
「ああ。良い写真だな」
しー、と人差し指を立てる颯に微笑ましく思った。
恋人の寝顔はかわいいものだ。そういえば浄の寝顔を撮ったことなかったな。しかし、お前の寝顔を撮らせてくれ、と言っても断られるだけだろう。浄も気配に敏感で、こっそり撮るのは難しいが、挑戦してみる価値はある。
その機会は案外すぐに訪れた。
情事を終えた深い夜のこと。
宗雲はベッドの上でヘッドボードに体を預け、座って本を読んでいた。泊まりに来た浄は隣で寝っ転がっており、腕は座った宗雲の腰に巻きついている。
「.....」
本から浄へ視線をずらす。穏やかな呼吸で上下している体は、とてもリラックスしており、寝ているのがわかる。ナイトテーブルに置いておいたスマフォを取り、カメラを起動する。カシャ、と静かな部屋に撮影音が響く。写真を確認していると、寝ているはずの浄の手がスマフォを持つ手を掴む。
「こら」
その声音はいたずらをした猫に話しかけるような甘さだった。
「まだ起きていたのか」
「起きてるよ。なんで撮ったんだい?」
体を起こして気だるげにヘッドボードへ体を預け、宗雲を見つめる。
「甘えたなお前を残そうと思った」
「……宗雲は最近よく写真を撮るようになったな。カメラロールはほとんど花だけだったのに」
あのイルミネーションの写真を撮った日から、宗雲は色んなものを撮るようになった。花だけのカメラロールは、人物や料理、動物や建物など、様々な写真が増えていった。
「ああ。お宝アルバムをまた作ってみるのも悪くないと思って、花以外もな。」
「お宝アルバム?」
宗雲の口からは聞きなれない単語に浄が聞くと、宗雲は頷いた。
「エージェントが言っていた。疲れた時用のお宝アルバムを作らないかと。……昔持っていたものは失った。それから作らずに過ごしてきたが....」
「考えが変わった?」
「ああ。俺は遠い過去には振り返らない。これからも現在の先の未来を往く。……だが、俺がもし、ふと立ち止まって思い出を振り返った時、最初に見るのはお前たちの、...お前の写真ならいいと思った。良き思い出は疲れた俺を癒すだろう。」
そう言い、カメラロールの写真を眺めている宗雲はいつになく穏やかな表情をしていた。
浄はその表情を見てふ、と笑った。写真を滅多に撮らない男が少しの間で随分変わったものだ。
「なら俺もお宝アルバムを作ってみようかな」
「お前なら、とても色とりどりの花のような華やかなアルバムになるだろう」
お前は色々な人と交流があり、色んな場所に行くからな。
浄は苦笑いをした。
「お前も俺の色とりどりの花の中の一つだよ」
「俺が?」
浄の言葉に間の抜けた声が出てしまった。自分がまさかその中にいるとは純粋に思っていなかったからだ。
「ああ...先代が撮った写真を見た時、なんて間の抜けた写真だろうと笑ってしまったよ。だが、同時に懐かしさも覚えた。あれは悪くない気分だった。きっとお前との思い出も未来で振り返った時、とても良い気分でいられるだろう」
浄はそう言うとヘッドボードに預けていた体を動かし、宗雲の肩に甘えるように頭を預けた。
「お前の思い出の中に俺が入るのか?」
浄はおいおい、と笑いながら顔を上げて目線を合わせ、宗雲をじっとり見つめる。
「ここまで来て随分つれないことを言うじゃないか。でもそうだな。……俺の中に入れるなら、入ってみせて?」
甘く口説くような言い方をする浄に呆れた視線を返した。いちいちめんどくさいことを言う。そんなあからさまな煽りには乗ってやらない。入ってほしいなら入ってくれと言え。あと別に言われなくてもお前の思い出の中に入るつもりである。
「あはは!」
そんな宗雲の表情を見て浄は満足気に、上機嫌で楽しそうに笑うと、宗雲の体をぎゅっと強く抱きしめた。