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    mogumogu_oekaki

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    mogumogu_oekaki

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    あの世に行ったオクジ―とバデーニさんの話。
    突然終わる。

    星の路を逝く絞首台の足場が落ちる音と同時に夜空がぶれた。
     瞬間、落とし穴に落ちたような不快な浮遊感がオクジーを襲った。
     足が地面につく前に、首と胴体が千切れるほどの衝撃が走る。
    「ぐうっ」
     息がつまる。気道を広げる為に咳をしようにも息を吸うことも吐くこともできない。
     溜まった空気が頭に滞留し、鼓膜が破裂しそうになる。
     オクジーが認識できたのはそこまでで、ブツンと音がでそうな勢いで意識が遮断された。

     自分の頬をなんだか柔らかいものが撫でている。オクジ―が目を開くと目の前に満点の星空が広がっていた。
     すごい。ここが天国なのか。
     オクジ―は深く息を吸った。
     指で口端に触れると雑に縫われた縫い口がない。
     指先に伝わる皮膚の感触に、オクジ―はやはりここはこの世ではないと確信した。
     なんの障害もなく呼吸ができ、縄が首を締め上げる不快感もない。
     やはり最期に見た光景は天界の入り口だったんだ!
     晴れ晴れとした心でオクジ―は再び星空を見上げた。
     だが直ぐに奇妙な違和感に気づいた。

     西の空にオリオン座が降りようとしている。
     夜明け前の空だ。
     それは死ぬ直前に見た星空に酷似していた。
     
     オクジ―は起き上がって辺りを見渡した。
     一面の草原。オクジ―のくるぶしほどの丈の草や野花に覆われた場所がずっと地平線まで続いている。
    オクジ―の眼を凝らしてみても、草原がどこまで続くのか分からなかった。
     こんなにただ広い場所にいるのに、狭い牢に閉じ込められているような閉塞感。
     その思いを払拭するようにオクジ―は叫んだ。
    「あの、誰か……誰かいませんか!」
     星空と草原の境へ呼びかけた瞬間、オクジ―は声を押し戻すように口を抑えた。
     声の響きが違う。広がりもしない反響もしない。
     即座に訪れる静けさは、拷問をうけた審問室に似ていた。
    「……バデーニさん」
     オクジ―は呟くようにこの半年近く奇妙な共同生活を送った修道士の名前を呼んだ。
     おそらく、ほぼ同時に死んだであろう彼は、天界でも一緒だと思っていた。
     だからオクジ―は死への恐怖など全然感じずに逝けた。
     彼が希望だった。
     だけど、今は一人だ。
     オクジ―は天を仰いだ。相変わらず星々は輝いている。
     だが輝くばかりで、彼らの規則的で奇妙な動きは全くない。
    ――もしかしたらここは地獄なのかもしれない。
     今まで想像していた天国は、名前もついてないような雑多な草花に覆われてはいなかった。
     明るい陽の光に包まれ明るく楽しい音楽が鳴っている筈だった。
     しかし、今いる場所は風すら吹かない無音の世界。
    ――神様はしっかり見ておられたんだ……聖職者を三人も殺してしまったし……仕事とはいえたくさん殺したもんな。
     オクジ―はその処遇に不満はなかった。
     ただ独りぼっちなのが寂しいと思った。
    ――これからどうしよう。
     考えながら草原に寝転がり、腕を枕にして停止した星空を眺める。
     すると遠くのほうから草を踏みしめる音が聞こえる。
     オクジ―は起き上がり、目を凝らした。
     向こう側から誰か歩いてきている。
     悪魔が自分を地獄に迎えに来たのかもしれないと、よからぬ想像をしてオクジ―は唾を飲み込んだ。
     ただこのなにも変化しない世界にいるのも嫌だ。
     迎えに来たのならどうぞ連れて行って欲しい。そう思ってオクジ―は立ち上がった。
     だがオクジ―の眼が捉えたのは白黒のスカラプリオ。
     見覚えのある金色の髪。
     それらを視認した瞬間、オクジ―は走り出した。
    「バデーニさん」
     やはり彼もこの場所に来ていたんだ!
     オクジ―は勢いよく手を振りながら走った。
     あと少し、もう少しで彼がオクジ―を視認できる距離になる。
    「ちょっ……!?」
     だが、思いもよらないことがおこった。
     バデーニがくるっと振り返り、オクジ―から逃げるように走り出したのだ。
    「えー-!?な、何で逃げるんですかバデーニさんてばおーい!」
     思いかけず全速力で走るバデーニを追う形になった。
     死んでいる体の為、息切れはしないが、しんどい気持ちになってくる。
     おそらくこちらの声が聞こえる範疇まで追い詰めると、オクジ―は声を張り上げた。
    「バデーニさん!俺です!オクジ―です!止まって!」
     そんなオクジ―の大声が届いたのか、スカラプリオの後姿がぴたりと止まって振り返った。
    ――間違いない、バデーニさんだ!!
     追いついたオクジ―にバデーニが声をかける。
    「……本当にオクジ―君か?」
    「そ、そうですよ。なんで走っちゃったんですか?」
    「誰も居ないと思っていた矢先に、いきなり大男が走ってくるからな。悪魔かとおもって」
    「なんですかそれ……もぉ……ってあれ?」
     目の前に立っているバデーニの顔。その両目。
     見慣れた白濁を帯びた眼球が雪のように真っ白になり、瞳は夜の空気を吸ったような深い青になっている。
    ――バデーニさんが奇麗になっている!?
    「あの本当にあなた、バデーニさんですか」
    「はぁ?どうしたんだ?気が触れたのか」
    「だって、目が」
     オクジ―の指摘に、バデーニがああ……と気だるそうに自分の右目に触れる。
    「おそらく私達の死体は焼かれて灰になり消滅した。その時に体の傷も無くなったんだろう。オクジ―君の口の傷も無いだろう?」
    「確かにそうですけど……そういうもんなんですか?」
    「恐らくな。今ここに在るのは我々の魂だけということだ。……だが」
     バデーニは唇を裂く傷痕に触れる。
    「この傷が残るのはその理に反している。なぜだ?」
     顎に手をやって考え込む。
     バデーニは会話をするようにに独り言をいう癖がある。おそらく自問自答しているのだろう。
     この時に口を挟むと睨まれる時があるが、オクジ―は口を挟むことにした。
    「これ、俺が思ったことなんですけど」
     バデーニが続く言葉を促しているようにオクジ―を見る。
    「魂についた傷だからじゃないですか」
    「魂……か。なるほど」
     腑に落ちたようにバデーニが呟く。
    「あの今更なんですけど、それなんで付いた傷なんですか?」
    「これは昔、友人と決闘した時についたものだ」
    「決闘って……」
     バデーニの言葉に絶句するオクジ―。
     バデーニは続ける。
     昔からの友人に共同研究を盗まれたこと。逆上した友人に決闘を申し込まれたこと。
    そして生き残ってしまったこと――。
     オクジ―はそれを黙って聞いていた。
    「私は彼の命を奪った事を悔いてはいない。だが、彼には恨まれてはいるだろうなと今でも思っている。……そうか、魂についた傷か」
     バデーニは腕を汲んでオクジ―を見る。
    「君、私の顔の傷について何も聞いて来なかったもんな。他の人間は興味深そうに聞いてくるのに」
    「まぁ……職業柄、顔に傷がある人なんてたくさん見てきましたし……」
     ハハ……と笑いながら頭をかくオクジ―をバデーニは呆れたように横目で見た。
    「それにしても――」
    バデーニは静止した天を睨み上げる。
    「この場所に私の探求心を刺激するものなどない。私は動かない天など微塵も興味がないんだ。これは悪魔の業火に焼かれるより辛いぞ」
    バデーニははぁ……と溜息をつく。
    その姿をみてオクジ―はぽつりとつぶやくように語りかけた。
    「……じゃあ俺と話しませんか」
    オクジ―の言葉にバデーニの眼が不機嫌そうに歪んだ。
    「君と?なぜ?」
    「なんか、俺、生きてる間にあんまりバデーニさんと話さなかったなって……さっきの顔の傷の話もそうなんですけど。俺はさっきのバデーニさんの話聞いて驚いたから、俺の話を聞いてバデーニさんも驚くことがあることもあるかと……なんかすいません」
    最後は尻すぼみになってしまった。
    バデーニは不思議なものを見るような目でオクジ―を見ていたが、納得したような表情をした。
    「確かに、私の生きてきた人生と君の人生とは、天と地ほどの差があるだろうからな。相違点を明らかにすることで多少の暇つぶしにはなるだろう。ではオクジ―君、年は」
     バデーニがふふ、と笑った。
    「あの、なにか?」
    「いや、不思議だなと思って……私達は半年以上、処刑される程の秘密を共有してたのに……今さら年齢を聞くなんて……ハハ」
    自嘲気味に笑った。
    「そうですよね……俺たち全然お互いの事知らないのに、すごいことしちゃいましたね」
    「全くだな」
    「あ、あの俺の年は……」
    オクジ―が年齢を教えると、バデーニの鋭い目が少し丸くなった。
    「オクジ―君、意外と若かったんだな」
    「よく言われます、あ……言われてました。俺、体デカイから結構年上に見えるみたいで」
    「確かに、その年齢なら大学に行きたいと突飛のない事を言い出すのも頷けるな」
    バデーニの物言いにオクジ―は少しむっとした。
    「……そういうバデーニさんは何歳なんですか」
    「ん?私は……」
    バデーニが答える。
    「やっぱり俺より年上だったんですね……へぇ~~」
     オクジ―の表情をみてバデーニの顔が不機嫌になった。
    「オクジ―君、なんか言いたげだな」
    「いや……バデーニさんは思ってたより……その……」
    オクジ―はぽりぽりと照れくさそうに頭をかきながら言う。
    「結構、やんちゃだったんだな~~って」
    「はぁ」
    いつものあきれた時のバデーニの癖。
    両目のそろった美しい顔でそれをされるとかなりの凄味があり、オクジ―はたじろぐ。
    「ごめんなさい……」
    「ふん、まぁいい。……思い返せば、生前私は君の話を録に聞いてなかったな。君は、たくさん話してくれていたのに」
    「仕方ないですよ。バデーニさんは地球を動かしていたんですから」
    オクジ―の言葉に、バデーニは少し得意げな表情になった。
    「でも、俺の書いた本を残しておいて貰えて嬉しいです。燃やされた時はショックだったけど……。あれは俺の全部ですから」
    「証拠隠滅だ。仕方がない」
    バデーニはきっぱりと言い切る。
    「だが、オクジ―君」
    バデーニの両目がオクジ―を真っすぐ捉えた。

    「私は君の書いた本を読んで、感動したんだ」
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