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    スタゼノSS小説 悪魔と天使パロ【BorderLine】最終話となります。
    ※後日①~⑧をまとめてpixivに掲載予定をしております。

    ⑧飛べなくなったふたり天界の限られたものしか入れない静寂の玉座に、ゼウスの威容が鎮座していた。

    天上の光をも凌駕する荘厳さに満ちた空間で、ゼノは一礼し、ひざまずいている。
    白銀の羽が、ひとしずくの黒を孕んでいるのを、ゼウスは見逃さなかった。

    「ゼノよ」
    威厳に満ちた低音が響く。
    「汝、天使の秩序を乱してはならぬと知っていながら、長きにわたり悪魔との交わりを持ったな」
    ゼノは口を開きかけたが、ゼウスのまなざしに言葉を呑み込む。

    「示しがつかぬのだ。我らは人間を見守る存在であり、己が感情に溺れる者ではない」
    「……」
    「このままでは、天上の理は崩れる。お前が潔白であれば、証明してみせよ」

    そう言って、傍らに控えた使いの天使が、一つの瓶を差し出した。
    濁った液体が、瓶の底でわずかに揺れる。
    「これは、悪魔の核を壊す毒。ひとたび喉を通れば、いかなる力も無力化する」

    ゼノはその液体をじっと見つめた。
    光を遮ることなく透けていた瓶の中で、その毒だけが異質な闇を帯びていた。

    「……お前に最後の機会を与える」
    明確な言葉を送られることはなかったが、言わんとすることは分かり、ゼノは下唇を嚙みしめた。



    地獄の誰もが避けるような煮えたぎる血の池を見下ろす玉座に、サタンは座っていた。
    漆黒の爪が玉座の肘掛けを叩くたび、周囲の空気が歪む。

    「……スタンリー」

    低く、ねっとりとした声で名を呼ばれ、彼は不快そうに眉をひそめた。

    「最近、下々がざわついている。混沌は地獄では日常茶飯事だが、お前の名を噂し、己が知ったかぶりの欺瞞を語り始めた」

    スタンリーは返事をしない。

    「悪魔にとってもっとも愚かなのは、“理想”だ。……貴様の行動がそれを焚きつけているのだと気づけ」
    「……俺が、どうしたって?」
    「天使など、害虫に過ぎぬ。交わることも、傍に立つことすら不要」

    サタンが手をひと振りすると、従者が小瓶を差し出す。
    中には、淡く青白く光る液体。花のような香りがわずかに立ち昇った。

    (……この匂い、覚えがあるな)
    スタンリーのまなざしが、わずかに鋭さを増す。
    それはあの日、ゼノの言っていた『天使だけに毒となる花』の香りだった。

    「貴様の手で仕留めろ。天使ゼノを、だ」
    「それができぬなら、いずれ奴は誰かに始末される。それが運命だ」

    スタンリーは小瓶を手に取り、重く視線を落とす。
    瓶の中身は、あの花から抽出された液体だ。天使のゼノが一度触れただけで、指先の皮膚が焼け爛れた。あの忌まわしい、天使にとっては純粋な「毒」。

    これをゼノに飲ませる。あるいは、かける。
    どちらにしても、彼は苦しむだろう。皮膚が崩れ、神経が焼かれ、あの時以上に、もっと深く、もっと長く。

    脳裏に浮かんだその光景に、スタンリーはゆっくりと目を閉じ、静かに奥歯を噛み締めた。





    崩れかけた鉄骨の隙間から、午後の陽光が傾いて差し込む。
    ひび割れた床に腰を下ろし、ゼノは風に揺れる埃の向こうをじっと見つめている。足元には、かつて研究資料を詰め込んでいた棚の残骸が転がっていた。

    ここは、かつて中立地帯と呼ばれていた場所。
    天使にも悪魔にも属さない人間たちが、静かに科学を学び、技術を育てた地。その面影はすでに瓦礫の中に消え、今はただ、過去の残響だけが風に乗ってささやいていた。

    「……よぉ」
    低く抑えた声が、風を切って届く。振り向かなくても、誰かはすでにわかっている。
    スタンリーがいた。
    彼もまた、屋上の端に立ち、しばらくゼノの背を眺めていたようだった。

    「天使様、今日もご機嫌麗しゅう?」
    「麗しかったら、こんな場所には来ないだろうね」

    ゼノは静かに返す。口の端がかすかに持ち上がるが、それは笑みというには遠すぎた。お互いの目元には、笑っていない影が宿っていた。
    スタンリーは懐から、小瓶を一つ取り出した。中には、淡く光を宿した澄んだ液体が静かに揺れている。
    「……どうせ、持ってんだろ?」
    ゼノは顔を動かさず、片眉だけをわずかに上げる。それだけで、意味は十分に伝わった。

    「ふ……やっぱりね」
    鼻で小さく笑うと、ゼノもまた、自身の袖の奥から同じような瓶を取り出してみせる。中には、どこか粘度のある深紅の液体がとろりと揺れていた。

    視線が交差する。
    ……やはり、そういうことだ。
    「お互い、頭の固い連中に囲まれてるよな」
    スタンリーは疲れたように言いながら、ゼノの隣に腰を下ろした。
    「本当さ。他人のことなんて気にしなければいいのに……誰かを殺してまで守る『秩序』に、どれほどの価値があるっていうんだろうね」

    風が吹き、二人の大きな羽が絡み合うように揺れる。
    白と黒。天使と悪魔。それぞれの羽は鮮やかな対比を描きながら、互いに重なり、そして静かにほどけていく。

    風が収まったころ、スタンリーがぽつりと口を開いた。
    「……死ぬつもりはねぇけど、殺されるならゼノがいい」
    その声音は冗談めいていたが、わずかに揺れる瞳が本音をにじませていた。

    ゼノも一瞬だけ目を伏せた後、静かに微笑みながら返す。
    「僕も……殺されるならキミに――スタン、がいいな」

    その言葉に、スタンリーは目を見開いた。
    「……今、俺のこと……呼んだ?」
    「嫌ならやめるが」
    「嫌じゃねぇ!……つーか、初めてだろ、名前で呼んでくれたの……!」

    不意に、スタンリーの顔が綻んだ。嬉しさと驚きとが混ざり、泣きそうになっているのに、必死に平静を装っているその様子は、悪魔らしからぬほど人間的だった。
    ゼノはそんなスタンリーの頬に、そっと手を伸ばそうとして……けれど、その指先が触れる前に、ふっと動きを止める。

    重なった羽根は、風に揺れては絡まり、そして確かに、傷つけあっていた。
    ゼノの白い羽は、まるで細胞の崩壊のように、腐食するように崩れていく。
    触れた部分から色が抜け、ひび割れ、繊維の一筋一筋が砂のように崩れ落ちていく。

    一方でスタンリーの黒い羽は、熱を帯びたようにゆっくりと焦げ付き、焼けるように形を失っていく。
    まるで静かな炎が内側からじわじわと燃やしているように、音もなく、ただ確実に、輪郭が歪んでいく。

    風がその断片をさらい、空へと舞い上げる。
    白と黒の羽は、腐り、焦げ、いずれも音もなく砕けて、空に溶けていった。

    どこまで行っても、触れ合うことすら赦されない存在同士。
    それでも、ここから動く気にはなれなかった。
    この場所でだけは、自分たちで決めると、そう思えたから。

    やがて、スタンリーがゆっくりと立ち上がる。
    掌の中には、かつてゼノが触れただけで手を爛れさせた、天使を殺す毒の小瓶。
    カチリ、と蓋をひねる音が、静かな屋上に微かに響いた。

    「……どうせなら、乾杯して飲もうぜ」
    皮肉めいた口調とは裏腹に、指の動きは慎重だった。

    ゼノはその意図を即座に悟り、小さくため息をつく。
    「こんな時でも、享楽主義者だね」
    「だって俺、悪魔だし?」

    けらけらと笑うスタンリーの横顔を、ゼノは見つめる。
    仕方ないとでも言うように肩をすくめ、ゼノもまた、悪魔を殺す毒の瓶の蓋を開けた。

    少しも楽しくないはずの乾杯。
    それなのに、気づけば二人とも、わずかに笑っていた。

    そして、互いの毒を、ゆっくりと口に含む。

    次の瞬間、唇が重なり合った。
    鋭く、そして深く。相手の唇を、舌を、噛み合いながら、毒を混ぜていく。

    痛みが、口内を焼く。
    粘膜が裂け、舌は爛れ、喉の奥が焼けつくようだった。
    それでも、決して離れなかった。

    混ざりきった毒を、飲み干す。
    すでに舌は痺れ、満足に声すら出せない。けれど、それでも確かに、笑っていた。

    「……こんな刺激的なキスを、ゼノとできるなんて思わなかったわ」
    「僕だって、こんな忘れられないキスをスタンとするなんて、考えたこともなかったよ」

    風が吹く。
    白と黒の羽が、最後のひとひらを散らすように舞い上がる。

    そしてその瞬間。二人の姿は、誰の目にも映らなくなった。

    彼らが最後に口づけを交わしたその瞬間、天界も、地獄も、同時にその様子を観測していた。

    空を割るほどの光と闇がぶつかり合い、やがて静寂へと還っていく。
    白と黒、二つの羽根がひとひらずつ散り、空へと溶けて消えたその場に、もう彼らの姿はなかった。

    天界の観測陣から、報告が上がる。

    「確認されていた二体、悪魔スタンリー、天使ゼノ、消滅を確認。魂痕すら残されておりません」
    「実に人力的に痛い損失ではありますが……面倒ごとはなくなりましたね」

    玉座の奥で沈黙していたゼウスが、静かに眉間を押さえる。
    「……やられたわ」
    その声に、部屋の空気が一瞬だけ揺らいだ。


    地獄でも同様の報告が上がっていた。

    「観測終了。該当個体の消滅を確認。地獄内の結界もすべて反応なし」
    「損害は出ましたが、これで上も下も静かになるでしょう。サタン様」

    だが、返ってきたのはどこか愉快そうなため息だった。
    「ほんと、やられたぜ……まったく、俺よりも狂ってやがる」
    サタンの声に呼応するように、地獄が少しだけ揺れた。



    突然だが、毒と毒を混ぜたら、どうなると思う?

    世の中には、二種の毒を混ぜることで全く異なる効果をもたらす例がある。
    例えば、タリウムと硫黄を合わせれば新たな結晶性の物質が生まれ、性質はまるで別物になる。
    単体では致死量でも、化学反応によって無害になったり、逆に薬理効果が現れたりすることすらある。

    スタンリーとゼノにとって、それぞれが互いにとっての明確な毒だった。
    なのに、混ぜ合わせた結果は、誰の予想も裏切った。





    「まさか、毒飲んだら人間になれるとは……やんじゃん、ゼノ」
    頭に片手を置いて、おかしそうにスタンリーが笑う。
    「むしろ、何も知らなくてやったスタンに驚きが隠せないんだが……」
    ゼノは呆れたようにため息を溢す。

    「ゼウス様に呼ばれる前に、以前採取した花について調べていたときにね。それらしい記述を見つけていたんだ。『魂に変化をもたらす毒』……って」
    「マジかよ……俺はほんとにそのまま死ぬ気だったぞ?」
    「知ってる。顔に書いてあったからね」

    二人は、今はもう人間の姿で、小さな木造の家に暮らしていた。
    村外れにある、誰も来ない場所。
    羽根も力も、もうないけれど……この世界の風の匂いは、妙に心地よかった。

    「なあゼノ、今夜は何作る?」
    「昨日の残りのラタトゥイユがあるから、それを温め直そう。パンも焼こうか」

    何でもない会話、ささやかな日常。
    でも、それこそが二人が願っていた、たった一つの“奇跡”だった。

    ゼノは台所で鍋に火を入れ、昨日のラタトゥイユを温め直していた。トマトとオリーブオイルの香りが部屋に広がっていく。

    そこへ、後ろからそっと腕が回される。
    「……なんだい」
    振り返らずに尋ねると、スタンリーの低く落ち着いた声が返ってきた。
    「いや……なんでもない。ただ、こうして触れられるのが、なんか……変な感じするだけだ」
    「ふふ、いまさらだろう。もう何日一緒に暮らしてると思ってるんだ」
    そう言いながらも、ゼノの口元にはやわらかな笑みが浮かんでいる。

    スタンリーはゼノの背に額を軽く預け、しばらく目を閉じていた。ぬくもりが、確かにそこにある。それだけで、胸の奥がやけに静かだった。
    やがて、ゼノが優しく肩越しに振り返る。

    「そろそろパンを焼こうか。冷凍してたバゲットがあったはずだよ」
    「了解。じゃあオーブンの準備は俺がやる」

    どちらからともなく腕をほどき、再び穏やかな日常の営みに戻っていく。
    何も特別ではない、それでも確かな幸福。
    窓の外では、夕焼けに染まった空を、白と黒の鳥が仲良く並んで飛んでいった。


    -おわり-
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