【練習】ダージリンティーゼリー【従兄弟組】幼い頃波に飲まれ、海の底へ沈んだ事がある。吐く息が泡となり消え、吸う水は辛く腑を満たした。
しかし、その時の苦しみよりも鮮明に覚えている事がある。
海底の煌びやかなサンゴ、その隙間に見えた深淵。
自分を誘う、吸い込まれそうな──
「ワグナス、王都の城へ上がるらしいな」
「スービエか…ああ。私のような未熟者が…恐れ多いよ」
「ふ、よく言う」
スービエは祝いの品である海鮮籠をテーブルに置きながら笑う。代々王に仕える一族でも特に優秀なワグナス。そんな彼が未熟者などと思う輩は居ない事は本人だって分かりきっている事だ。真面目な彼がそんな冗談を言えるのは心置けないスービエだけ。その事に少しだけの優越感と一抹の寂しさをスービエは感じた。
「…もう俺からは会いに行けんな」
従兄弟だとしても城の重臣となれば会う事は難しくなる。
スービエは黙るワグナスに手を伸ばし、長い髪に触れた。
「好きだったんだがな、お前の……この黒髪。綺麗で吸い込まれそうで、水底を思い出す」
刹那的に生きる事を信条とするスービエが言葉に詰まる。
逆だ。海底の深淵の闇を見ると思い出す。だから、自分は海が好きなのだ。
ワグナスを抱き締めるように感じるから。
「会いに行く、私から」
穏やかな波のような声と共にワグナスがスービエの前髪を撫でた。
「私も好きだ。君の、君の髪は大空を思い出す。私の好きな晴れ渡った青空だ」
二人の目線が合う。しばし見つめ合った後、同時に笑った。
「では待とう、お前が会いに来るのを」
「ああ、必ず会いに行く」
スービエは振り返らずワグナスの元を離れ、馴染みある海へと帰ってきた。
波は穏やかにうっている。
澄んだ波間は時折黒を映し出す。
スービエはその鮮やかな黒を満足気に眺めた。
おしまい