恋とは レージが見上げると、明かりを背にして逆光で暗く翳ったストロールの顔が見えた。しかしその顔は赤に染まってもいた。彼の白い肌は、緊張を隠せないのだろう。顔の横に置かれた手は、体を支えると同時にレージを逃さないようにしているのだろうが、指先が僅かに震えている。ゆっくりとストロールの整った顔が近付いてきて、レージは一つ瞬きをした。
「…」
瞳を覗き込まれて、口付けをされるかと思ったけれど、ストロールはそれはしなかった。唇が当てられたのは、首筋であった。服の上からでも、温かさとストロールの緊張が伝わってくる。
「レージ、……好きなんだ」
囁くような声は、それでもレージの耳元ではっきりと形を成した。これまで以上に鼓動が早くなる。ただ、レージには何と返せば良いのか、分からなかった。でも今のこの状況から逃げたいとは思わなかった。
「僕、は、」
ストロールのことを好ましく思っているのは嘘では無いけれど、恋愛かどうかは考えたことが無い。特命を抱え、人々の差別の中でここまで来て、誰かを『そう』見たことがレージには無かった。レージは恋を知らなかった。
「…ごめん、分からない…そんな風に言われるの、初めてだから」
素直にそう言えば、ストロールが身動ぎした。すまない、と囁いて体を起こす。温かな重みが体の上から無くなることに、レージは酷く喪失感を覚えた。気が付けば体が独りでに動いて、ストロールの腕を掴んでいた。そのまま引き寄せれば、どさ、とストロールの体が倒れ込んでくる。
「う、」
「っ、何するんだお前は!」
「だって、ストロールが離れようとするから」
「!そんなの、当たり前だろう」
「どうして?」
好きだと言いながら離れる理由が、レージには分からなかった。
「ど、うして、って…」
「僕のこと好きなのに離れるの?引っ付いてきたのはストロールだろ」
「っ、…好きだから、だよ」
「?」
レージはそれがどう言うことなのか、やっぱりわからなかった。ストロールが自分を好きなら離れなくていいのに。
「…お前がそうじゃないからだよ」
「嫌だ」
「…嫌って、お前、」
「恋愛かは分からないけど、離れなくて良いのにとか、何でキスしないんだろうって思うんだ。…ストロールの欲しい答えじゃないかも知れないけど」
レージがそう言うと、ストロールが目を見開いて固まった。そして赤い顔をさらに赤くして「…お前、それ、は…」と呟いた。少し泣きそうな顔を、レージは愛おしいと思った。
「……充分、俺の欲しい答えだよ」
こたえ。そうだね。レージは微笑んだ。それはレージにとっての『答え』でもあったから。
ストロールは目を閉じて、そっとレージに唇を寄せた。今度は首筋ではなく、その微笑んだ唇に触れる。レージの胸がぎゅうっと甘く締め付けられる。そんなのは初めてで、でもこれこそ恋なのだと、レージは気付いた。
唇が離れて目を開けると、照れたストロールの赤い肌がそばにあった。指先で触れてから、レージは手のひら全てで、その熱に触れた。そうしたいと、強く思った。
今度はレージから、ストロールに口付ける。何度か引っ付けて離して、と繰り返すと、ストロールが小さく息を吐いた。その吐息の音に、身体の裡側がぞくりと震えた。知らなかった感情が溢れて、零れていく。
恋とは、欲。レージはそれを知った。ストロールが自分を求めたのも、自分がストロールと離れたくないのも、全部。初めての様々な感情の波に攫われそうになりながら、気付けば夢中で、ストロールの唇に触れていた。
暫くそうしてから、レージは顔を離したストロールの瞳を、今度は自分から覗き込んだ。オッドアイに見つめられたストロールが、「…なぁ、」と囁く。その濡れた声に、レージは無意識に喉を鳴らした。
初めて知る欲が、また、ひとつ。