あなたの隣で我が儘を色鮮やかなプレゼント箱、真っ白な雪のようなクリームがたくさん乗ったホールケーキ。誕生日といえば年に一度しかない、その人が生まれた特別な日。もちろん祝う側もうれしいけれど、祝われる側の、所謂本日の主役が一番うれしく目立つ存在だろう。だが世の中には例外というものが存在する。せっかく来ている恋人に背を向け、パソコンやら資料やらとめっこをしている、今日の主役こと青葉つむぎもその例外に含まれているのだろう。
「なんで今日の主役が事務作業なんてやっているのかナァ……。」
あきれ顔でそう呟く。普段ならしっかりと夏目の方を見て何かしらの反応をくれるはずなのに、つむぎはこちらを見るどころか返事すらしてくれない。
「ねぇ、聞いてるノ?」
少しせかしてみると、画面と向き合ったままようやく反応をくれた。
「聞いてますよ。急ぎの仕事じゃないんですけど、なんだか溜めておくのもスッキリしないと思って……せっかく夏目くんは半休を取ったんですし、どこかへお買い物とか、遊びに行ったらどうですか?」
それはつまり直訳すると「帰れ」ということだろうか。せっかくの誕生日なのに一緒に過ごせなくてさみしい、なんて素直に言えるはずもなく、夏目はいつものように少しだけ意地悪なことを言った。
「一人で遊びに行くのが嫌だからいるだけだヨ。だからって、ボクが友達のいない可哀想な子だと勘違いしないでほしいけどネ。」
そんな風にしゃべっていると、少しだけいいことを思いついた。プレゼントとして願いをかなえる、もしつむぎが本当に夏目のことが好きなら、デートを要求してくれて一緒に過ごせるのでは。そんな淡い期待をしつつ、夏目はつむぎに聞いた。
「そうだ、センパイは何か願い事とかあル?今日はせっかくの誕生日なんだからボクがかなえてあげるヨ」
少しだけ甘えた声で囁いた。普段のつむぎなら、頬を赤らめて何でも言うことを聞いてくれる。するとくるりと椅子を回転させて、普段と何一つ変わらない様子で答えた。
「願いごとと言われても……俺は夏目くんと一緒にいるだけで充分幸せですよ?」
恋人に言うセリフとしてはこの上なく正解のはずなのに、夏目はどこかイラっとした。いや、うれしかったけれど求めていた答えとは違った、という方が正しいだろう。またしてもうれしいということが素直に口に出せない夏目は、いつものように言った。
「アイドルとしてはよくできている答えだけド、そのモジャモジャしたビジュアルで言われてもネ。だからそれは却下。」
またいつものか、とでもいうようにつむぎは困ったような顔をして返答する。
「アイドルとして、とかじゃなく本心からそう言ったんですけどね……。そして今俺の髪形について触れる必要ありました!?」
普段と何ら変わらない返答をするつむぎに、またいつもと同じ調子で夏目が返す。
「はいはイ、モジャモジャうるさいヨ。そんなこと言っている暇があったら次の提案をしなヨ。」
そう言われ少しだけ考えるそぶりを見せた後、つむぎは次の提案をした。
「じゃあ、書類の整理をお願いできませんか?難しい作業とかはせずにファイリングしてくれるだけでいいので……痛いっ?!」
あまりにも夢やロマンがないから、夏目は気に食わない様子で足元に蹴りを入れた。
「もう、なんなんですか……君の望む答えがわかりません。」
そこでやっと夏目は自分の犯した間違いに気が付いた。デートがしたい、一緒に過ごしたいというのはあくまで夏目自身の願いであり、つむぎの願いではない。そんな単純なことに気が付けなかったのと、己の自分勝手さにショックとも悲しさとも違う何とも言えない感情が沸いた。突然黙りこくってしまった夏目が心配だったのか、つむぎは心配そうに夏目を見つめた。
「もしかして願いごとなんて建前で、俺とやりたいことでもありましたか?……違ったら恥ずかしいし申し訳ないんですけど、夏目くんのやりたいことならちゃんと付き合いますから。」
真剣な目で、目と目をそらすことも許さないようにそう問いかけてくる。まるで悪いことをしたのを自白する子供ように、夏目は答えた。
「本当は、センパイと一緒にデートしたかった。……これで満足?」
言った後に少し恥ずかしかったけれど、よくつむぎのことを見た。なぜかみるみるうちに顔が赤くなっている。
「えっと、つまり……俺と誕生日デートをするために、わざわざ半休を取ってくれたってことですよね?」
頬を赤らめて目をそらすつむぎを見て、なぜだか夏目まで恥ずかしくなってきて互いに視線をそらした。
「そういうことにしたいなラ、そうすれバ。」
何とも言えない空気がしばらく続いた後、つむぎは何かを思い出したように書類を片付け始めた。
「ちょっと待っていてくださいね。すぐ片付けちゃうので。終わったら、すぐに出かけましょうね。」
結局素直になれずにわがままに付き合ってもらうことになった夏目は、せめてものお詫びにと、つむぎの横に立って片づけを手伝い始めた。
「センパイ。」
そう呼んでつむぎと向かい合った瞬間、夏目はつむぎの唇にやさしく自分の唇を重ねた。軽く触れた唇が離れた後、慌てて周りを見るつむぎを安心させるようにささやいた。
「誰もいないヨ。ボクが確認を怠るわけないでショ。」
小悪魔のような笑みで余裕ぶる夏目の唇を、今度はつむぎが奪った。さっきよりも少し長い口づけをした後、普段は見せないような少しだけ意地悪な表情を見せながら言う。
「俺にちょっかいかけるのもいいですけど、片付けが長引くとその分デートの時間減っちゃいますからね?」
どの口が言ってるんだと夏目は思いながらも、二人でクスクスと笑いあってちょっかいをかけながら片づけを終わらせ、結局8月7日の日をまたぐまで二人で過ごした。また来年もこうして隣に並んで祝いたいと夏目は心の中で願いながら、愛する人の隣で眠りについた。