【飯P】2000リットルの恋心 「ピッコロさん、次の日曜、ピクニックに行くんです。一緒にどうですか?」
悟飯がそう誘うのは、もう何度目だろうか。ブルマが主催し、悟天はじめ子供たちは毎回、前夜眠れぬほど楽しみにしている。
「……おれはいい」
「えーっ、高原、気持いいですよ。菜の花畑がすごく綺麗だって。行かない?」
「行かん」
「そうですか……じゃあ、水源でお水汲んで来たら、一緒に飲んでくれる?」
それくらいなら、と何気なく頷いたのが、そもそもの間違いだった。
日曜の夜、悟飯は500ミリリットルの水筒を提げて神殿を尋ねてきた。しっかり冷やされているそれを、上機嫌でピッコロに差し出す。
春の夜風は心地よく、悟飯がガーデンテーブルに飾った菜の花をかすかに揺らしていた。
「水源っていうか、湧き水みたいな感じでしたよ。規模は小さいけど綺麗で……水筒持ってる人、他にもたくさんいました」
冷たく澄んだ水は、確かにピッコロの喉にも快く感じられた。水を飲む様を、悟飯がじろじろとやけに凝視してくるのには閉口したが……。
「次の日曜もまた同じメンバーで行くんです! ピッコロさんも……」
「いや、おれはいい」
「……そう。じゃあ、またお水汲んで来ますから、一緒に飲みましょうね」
宣言の通り、悟飯は、ピクニックの度に水を汲んで帰ってきた。
「ピッコロさんも絶対気に入ります!」
2リットルの水筒。
「今日のは本当に美味しくて、大きい水筒にしちゃいました!」
4リットルの水筒。
「ここのお水、健康にもいいそうですよ!」
20リットルのウォーターサーバー。
「みんな『そんなに汲むの?』って驚いてました!」
40リットルのタンク。
そして初夏のある夜、神殿の前庭でピッコロはぎょっとした。穏やかに澄んだ夜空に、わけの分からないものが浮いている。明るいオレンジ色の、子供の背丈ほどもある四角い人工物……夜風に吹かれながら、神殿へ真っ直ぐに向かって来る。
「あっ、ピッコロさん! ちょうどよかった!」
「悟飯……何だそれは」
石畳に荷物を置いて、悟飯は満面の笑みを見せた。
「一緒に飲むための、お土産のお水です!」
「お前……程度を考えろ……」
「今までで一番美味しかったですよ、ここのお水! 絶対に気に入ります!」
呆れるピッコロを意にも介さず、悟飯は得意気に胸を張っている。やわらかい月光と、涼やかな夜風が混じり合う神殿の石畳に、オレンジのポリタンクは明らかに異質だった。タンクの真ん中には「災害用/200リットル」と大きく印字してある。こんなもの、一体どこで手に入れたのか……。
悟飯は紙コップを取り出し、水を注いでピッコロに差し出した。
「来週また、清流で有名な地域に行くんですけど……それまでにこれ、空になるかな?」
「やめろ、この容器は。こんな派手な色のもの、デンデが目を回す」
受け取った水を片手に、石畳の縁に二人で腰掛ける。街の明かりは爪先よりずいぶん下方に見えて、川底の小石がきらめくようだった。
「ハイスクールの側のマンションの上に、白の丸いタンクがあるんですよね。受水槽」
「……」
「2000リットル入るらしいです。あれ、どこで買えるのかなぁ」
ピッコロは深いため息をつき、とうとう観念した。
「悟飯」
「はい」
「……次はおれも行く。だから土産はもういい」
悟飯の目が大きく開かれ、ぱっと輝いた。
「本当ですか、やったぁ!」
頷くピッコロに、悟飯は少し声を潜めて続ける。
「……でも実は、こうして二人でお水飲むのも、贅沢な感じで好きでした。二人っきりで、ピクニックの延長戦してるみたいで」
その声音には、甘やかな熱がこもっている。隠す気のない好意が、言葉として投げかけられていた。
「だから……水源には、みんなから離れた時を狙って、二人で汲みに行きましょうね」
屈託のない笑顔を、真っ直ぐに見ていられず、ピッコロは無言で水に口をつけた。オレンジの災害用ポリタンクから出たとは思えない、清らかな高原の風情を残した水だ。どことなく甘さの感じられる水が、喉を潤す。
こういう水を飲ませたい一心で、悟飯の水筒が際限なく大きくなっていったのだと思うと、あまり叱る気にもなれない。上手く丸めこまれたような気もするが……来週、二人で飲む水は、きっともっと甘く感じられるだろうと、思われた。