【飯P】許されるのはただ一人 夕暮れ時、師弟は庭の一角で話し込んでいた。常緑樹の木立が晩夏の陽をやわらげ、吹き抜ける風も心地よい。
「すみませんピッコロさん、模様替えの手伝いなんて……」
「お前こそ、とうに一人暮らしなのに大変だな」
二人にとって、調度を動かすことなど大した作業ではなかった。ただ、チチの注文は細かく、それなりに気疲れしていた。
「嬉しいです。ピッコロさんがお母さんとも仲良くしてくれて」
「そうか?」
「うん……長く一緒に過ごすなら、お母さんと会うことも、多くなるしね」
身体を寄せて囁いた悟飯に、ピッコロは何か答えようとする。しかしその瞬間、甘やかになりかけた空気を蹴散らすように、二人分の足音が駆け込んできた。
「あっ、兄ちゃん!」
「悟天……お前が遊んでばかりいるから、僕が模様替えになんか呼ばれるんだぞ」
「ハイスクール、忙しいからさぁ」
舌を出して笑う悟天に続き、トランクスも駆け込んでくる。
「あれ、ピッコロさん久しぶり! ……なんか、見ない間に綺麗になったね」
「はぁ?」
思わぬ言動に、ピッコロは目を険しくした。トランクスはさり気無い仕草でピッコロの片手をとり、手の甲から爪の先端まで指先で静かに辿る。
「手も綺麗だよね……ほっそりしてて指も長いから、戦う手っていうより、女性の手みたい。爪も綺麗だし……何かケアしてる?」
「しない、さっきから何だ?」
「俺にこうされたら、嫌?」
両手でピッコロの手のひらを包みながら、トランクスが陶然と囁く。嫌かと訊かれれば、嫌がる程のことでもない。とはいえ、居心地が悪い。悟飯以外の誰かに、このようなことを言われ、情感を帯びた触れ方をされるなど……。
「……な、悟天、分かったか? こうやるんだよ、口説くって!」
「難しすぎ! 女の子にやるの無理だよ!」
「だから練習だよ。こうやってさ」
今度は真横に並んだトランクスが、ピッコロの腰に手を回し抱き寄せようとする。とはいえ、身長差のために、上手くいっているとは言いがたかった。悟天が声をたてて笑い、ピッコロを挟み反対側に立つ。
「ねぇ、ピッコロさん。ボクと遊ぼうよ、絶対ボクの方が楽しいよ!」
「ああ、お前はそっちの口説き方が合ってるかもな」
腰を抱き寄せたトランクスと違い、ほとんど全身で抱きつくように腕を絡めて来る。右のトランクスと左の悟天にまとわりつかれ、「口説く」練習台にされ、困り果てたピッコロは、悟飯を一瞥した。いつの間にか少し離れた樫にもたれ、助け船を出すどころか、微笑ましいものを見るように笑っている。
やがて二人は満足したのか、ピッコロの身体からぱっと離れた。
「ボクの部屋でゲームしよっ」
「悟飯さんピッコロさん、じゃあね!」
玄関が閉まると、ピッコロは深いため息をついた。悟飯につかつかと歩み寄り、気色ばんで口を開けた。
「なぜ止めなかった」
「そりゃ、本気で嫌がってたら止めますけど……前から言ってたでしょう、二人はすぐじゃれつくって。そんなに嫌でしたか?」
肩を竦めた悟飯は、本当に悪気もなさそうだ。確かに、二人がじゃれつくのは珍しくはないし、居心地は悪くとも本気で嫌がる程のことでもない。しかし……。
「……そういうことを、言ってるんじゃない」
「え?」
「目の前で、おれがベタベタされて……お前は何とも思わないのか、訊いているんだ」
吐き捨てたピッコロに、一瞬、悟飯は目を丸くした。樫から身体を起こし、ピッコロの腰に手を回し引き寄せる。そろそろ薄暗くなりはじめた小さな林で、大木の陰に身を隠すように、悟飯の瞳ははっきりと熱を帯びていた。
「嫉妬して欲しいってこと? かわいいなぁ」
なんだと、と噛みつくように言い返しかけたところへ悟飯の手が伸ばされ、首元へそっと触れる。喉をゆっくりと下り、両方の鎖骨を確かめるように……たちまち、ピッコロは抵抗の気力を削がれる。
「悟天たちがいくらピッコロさんに触れたって、口説く真似事をしたって……涙ぐむあなたを、寝起きのあなたを見られるのは僕だけ。それにこうして」
背中側へ悟飯の手がまわり、服の裾から入り込んでくる。背骨を確かめるよう這い上がり、同じ道筋で下ろされた手のひらは腰骨に触れる。
「ほら、服の中にまで触れられるのも僕だけ。そう思えば、嫉妬なんか湧かないですよ……でも」
悟飯は目を細め、静かに顔を近付ける。
「ピッコロさんがそうしてほしいなら、そうしますね」
軽く唇が重ねられ、腰の手が身体を引き寄せる。触れるだけだった口付けが深くなり、空いた手が、無抵抗のピッコロの手首を掴んだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ……」
「こんなところじゃ落ち着かない。僕の家にでも」
断られないと確信している悟飯の声色は、確かに、誰かに嫉妬する余地などないように聞こえた。